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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第二章 修道女プシュケ
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明かせぬ秘密

「……さま……リュネシス様……」


 華奢(きゃしゃ)てのひら()さぶられ、唐突に魔王は目を覚ました。


 そこは、だだっ広く豪勢(ごうせい)な魔王の寝室であった。

 (ぜい)(きわ)め数々の豪奢(ごうしゃ)そうしょくひん)(いろど)られた、きょ(しょく)表徴(ひょうちょう)のごとき部屋である。


 そんな場所には似つかわしくない(すい)(いろ)の瞳が、(いつく)しみに満ちた眼差しで魔王を正面から見つめている。

 

 まるで清々(すがすが)しい緑の香りを(ふく)んだ風に浄化されたかのように、魔王の内側に満ちていた毒気が、(おだ)やかに抜かれていくのを感じる。


「ああ……おまえかプシュケ」


 魔王は(かす)かに荒い息を残しながら上半身を起こすと、目の前にいる少女を切れ長の眼で流し見て低く(つぶや)いた。


「大丈夫ですか?とても苦しそうに、うなされていました」


 心配そうに隣で見守る少女の──プシュケの、清らかな星を宿す瞳に当てられて、辛そうに額を右てのひらで抑えていた魔王の──リュネシスの乱れた呼吸が、安らいだ()(いき)に変わっていく。


「夢だよ……ずっと昔の……おまえまで起こしてしまったか」


 魔王らしからぬびの込もったリュネシスの言いように、プシュケは柔らかく首を振り、聖母を思わせる笑みを浮かべた。


「リュネシス様でも、怖い夢を見ることがあるのですね」


 その(まぶ)しい微笑みを受け、リュネシスは(さと)された少年がするように、あどけなく苦笑する。


「おまえは意外と、はっきりものを言うんだな」


「すみません。でも……本当に苦しそうでした」


「そうか——」


 そっけなく返してリュネシスは少女に背を向けると、そのまま体をゆっくりと寝具の中に横たえていった。常にかかえている深い苦悩に、また再び、ひとり沈み込んでいくかの如く——。


「りゅ、リュネシス様……?」


 端麗(たんれい)な顔を動揺どうようの赤い色でわずかに染めて、づかうふうにプシュケは問う。もしかして、さっきの言葉で彼を怒らせてしまったのか、という少しばかりの焦りがあった。


「リュネシス様……」


 やはり何も応えずリュネシスは、静かに眠ろうとしている。そこに気を悪くした雰囲気はまったく感じられなかったので、少女は安心しつつも、若者の背中にためらいがちに身を寄せていき、もう一度(こた)えをうながした。


「なぜ最近ずっと、わたしをおそばにおいてくださるのですか?」


 背中ごしに、両手を〝ぎゅっ〟と握りしめている少女の切ない吐息を感じる。リュネシスは、密かに目を開いていた。


「わたしなんかより、()(れい)な方はたくさんいます」


 そんなプシュケの問いかけをこれ以上無視できず、魔王は()(かた)なく振り返ると、彼女をそっと抱き寄せながら、今しがたの冷たい態度を埋め合わせるかのように甘い声で(ささや)いた。


「この城にいる女たちは、そろいもそろって皆、馬鹿(ばか)か欲の深い女たちばかりだ。アカーシャ以外——」


「……」


「頭が痛いことばかりで夢見も悪くなる。だが、おまえといるときだけは、なぜかほとんど嫌な夢を見なくなった。さっきみたいに嫌な夢を……以前はよく見ていたのにな……」


 魔王は、乙女の柔らかい(ほお)にてのひらを当てながら、()みきった翠玉(エメラルド)の瞳を(のぞ)きこんだ。


「おまえの目は、誰よりも()(れい)だな」


 プシュケは〝どきり〟と息を止めて、()(ぼう)の魔王に見入る。


「リュネシス様の方が……とても()(れい)な目………」


 自分に何の疑いも持たずに羨望せんぼうの眼差しを向けてくる少女に、リュネシスはただ、(あい)(しゅう)(にじ)ませた()みで返した。氷の中に見えない秘密を宿(やど)しているかのように。


 そして、悩ましいまでの()(みょう)な沈黙の後に彼は問う。今までどんな宮女にも、(たず)ねたことすらなかったことを——。


「私も()きたい——」


「はい」


「おまえはなぜ、こんな所に来た?金や地位を求めてのことではないだろう」


「それは……」


 プシュケは、気まずそうに視線を()らした。


「まあ(だい)(たい)(さっ)しはつくが……ふん。テュルゴも必死だな。おまえのような娘を使ってでも、私を動かそうという(わけ)だ」


「いいえ」


 プシュケは言葉に強い意志を込めて、リュネシスを(ちょく)()した。


「テュルゴ様に、けして強要された訳ではありません」


 乙女の翠玉(エメラルド)の瞳に、(せつ)ない色の光が宿(やど)る。


「幼い頃に、リュネシス様に()ったことがあるからです」


「私に——?」


「はい。()ったというよりは、街でリュネシス様が、わたしの前を通り過ぎただけですけど……リュネシス様が、家来の方々をたくさん()れて、とても大きな白馬に乗られていて。わたしはお母さんに……母に、絶対に魔王様を見てはいけないと言われていたのに——皆がとても(おそ)れてひれ()していたのに——どうしても気になって、リュネシス様を見てしまいました」


 (うれ)えるように少女は笑う。誰にも話せない何かしらの秘密が、そこには含まれているようだった。


「あのとき少しだけ、リュネシス様と目が合ったんですよ?」


「ほお?」


「覚えてません、よね……?」


「ああ。さすがにそれは——」


 また、地上すべての者を恐れさせる魔王らしからぬ態度をとってしまい、リュネシスはそれを自覚しながらも、いかにもバツが悪そうに応えている。


 そんな彼を、乙女の温もりが母のように包み込む。


「でも、わたしは覚えてます。わたしの、わたしだけの……とても大切な想い出………」


「そうか……」


 プシュケの(ささや)きには不思議な穏やかさが満ちていて、なぜか魔王を、安らかな眠りにいざなう。

 彼は乙女の、光を()()んだかのように(ほの)かに輝く亜麻(あま)(いろ)の髪を、そっと()でた。ふわりと微かに甘い香りが()(こう)をくすぐる。


 リュネシスは、優しい笑みを(ほほ)に浮かべた。それは、最近の彼が無意識の内に、彼女にだけ見せるようになっていた(ほほ)()みだった。


「寝よう。またおまえの話を()かせろ。プシュケ……」


「はい。おやすみなさい——」


 プシュケも幸福そうに(ほほ)()んだ。


 そして、ふたりは身を寄せ合って、静かに眠りについた。







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