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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第五章 竜剣士ルナ
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人ならざる者たち 

 (ふつ)(ぎょう)が、ルスタリアの東端(とうたん)に訪れる頃──。


 竜族の三戦士をその背に乗せた神秘の巨馬が、アルゴスに向かって力強く駆け出そうとしていた。


 ブハア!


 眠った百年の月日を取り戻すかのように、名馬スレイプニルは湯けむりの如き大量の息を吐き出していななく。

 そしてわずかに巨体を(かが)めたかと思うと、八本の(あし)に溜め込んだ力を一息に開放して、またたく間に空高く駆け上った。風を切る物凄い速度で、ぐんぐんと上昇していく。


「うわぁ、気持ちいい。本当に空を飛んでるんだね」


 歓喜の声を上げて、ルナは辺りを見回した。


 デュアール平原の無限の緑が(じゅう)(たん)のように広げられ、その彼方には見事なまでの(せっ)(かん)を抱いた、目指すべき巨大な山々が連なっている。


「あれがマトレイ山脈?すごい、こんなにはっきりと見たのは初めて!うわぁ!!」


 先頭に(またが)るルナの赤紫(マゼンタ)色の髪が、向かい風にばさばさと(なび)いている。辛い出来事を今だけは忘れようと、少女は楽しげにはしゃいでいた。


 そんなルナを後ろでしっかりと支えながら肉親のように見守って、ライガルは固く結ばれた口元の端を穏やかに緩めていた。


 そして、ベテルギウスは──。


──我らが真に守るべき白い子羊……誰のことだ?


 ひとり(まゆ)()を寄せて、密かな思索にふけっている。


 賢者の広汎(こうはん)な知識でもってしても、該当(がいとう)すると思われる人物には、まるで心当たりがない。ましてや光の中──三昧(ざんまい)(きょう)にあったときには、この世界で今後必要となる知識や出来事のほぼすべてを(もう)()している。


 百年前、当代随一の賢者であったベテルギウスの知力・魔力は、今まさに歴代の高名なる賢者をも上回り、至高の域にまでたどり着いているのだ。


 そんな大賢者ベテルギウスにすら探し出す手がかりもない、神託に告げられた、この戦いの(かなめ)となるであろう最重要人物──。


──鍵を握るのは、やはり魔王リュネシスか……そして、姫が密かに薬指に()めているあの指輪はいったい……?


 賢者は止めどない考察(こうさつ)を繰り返しながら、その目を巨大な(りゅう)()の迫る前方に向けた。


 やがてスレイプニルは、国境を(へだ)てる白銀に染まったマトレイ山脈を悠々(ゆうゆう)と飛び越えていった。三者三様の想いを運んで、東へ──。



 ―――― § ――――



「フフ……」


 水晶玉に映るそれを見て、女が微笑んだ。


 全身を黒一色の高貴なドレスで包んだ、この上なく妖美な姿。謎めいた笑みを絶えず浮かべる唇は燃えたぎる血のように紅く、対象的な肌の色はまるで汚れのない白雪を想起させる。


 炎の魔女アカーシャであった。


 魔王軍総帥にして、絶対的幻術をも(あやつ)る紅い魔眼を備えた永劫の美少女──その漆黒の魔少女が、大切な何かを()でるような視線を、掌をかざした大きな水晶玉に向けて送り続けていた。


 そこは太陽の光の差し込まぬ、広い暗い空間であった。


 何らかの超常的な働きによって、創造された神秘的亜空間──その聖域に幾人かの人ならざる者たちが集まり、静かに(たわむ)れていた。中心には、頑丈な(なら)の木材で(しつら)えられた円卓を配置させている。


 卓上には見事なまでに磨き抜かれた水晶玉が、呪的文様をびっしりと刻みこんだ黒曜石(こくようせき)の台座に支えられ(ちん)()していた。本来、光のないはずの空間を(ほの)かに明るくしているのは、この水晶玉が照らし出す発光現象によるものであった。


 大水晶は無音で、スレイプニルに(またが)(いち)()アルゴスを目指す三人の戦士たちの姿を、ありありと映し出している。


 唐突にアカーシャが、しなやかな白い掌を水晶の表面を撫でるように、すっと横切らせた。

 すると水晶玉の映像が、竜剣士ルナのまだ、あどけなく愛らしい顔をくっきりと拡大させる。


「あの小さかった子が……こんなにも大きくなったのね」


 アカーシャの唇に、懐かしむような笑みが浮かび上がった。


「人間にしては、とても(めずら)しいですね。赤い瞳に赤い髪……それに本当に可愛い子」


 向かい合うひとりの女も球の内側で揺れ動く少女を、興味深げに見つめて微笑んだ。


 アカーシャとは似て異なるタイプの女だった。


 遮光(しゃこう)された空間の中、その女の顔の部分だけが絶妙に暗がりに(おお)い隠されている。


 しかしどこまでも澄み切った声と、(かげ)りの中、見え隠れする色香の(ただよ)()(たい)から、とてつもなく魅惑的な女であろうことを想像させる。


 水晶の光を囲ってもうひとり──こちらは照り返しに当てられて、その全身をくまなく(さら)している。

 腰に嘘のようなサイズの巨大な黒い(もろ)()の剣──大地の剣と呼ばれる聖剣──を下げた、並外れて(たくま)しい大男である。身長は二メートルほどはあろうか。


 頭髪は、このささやかな光しかない空間によく()えるダークブロンド。豪快に切り込まれた髪は燃えるほどに逆立って、男の気質の一端をよく表している。その下からぎらつくような双眸(そうぼう)(のぞ)く。()(はく)(いろ)の瞳を宿し軽く吊り上がった、いかにも好戦的な目であった。


 そしてこの目元には、さらに凄まじいまでの特徴があった。

 正確には左の目の周囲から首筋にかけて、鮮やかな竜の入れ墨が(ほどこ)されているのである。それはまるで生きているかの(ごと)く、今にも暴れて動きだしそうな迫力に満ちていた。


 だが男の少し上向いた鼻筋と、薄い唇は意外なまでに整っており、見方によっては美男子の類に該当(がいとう)する。年齢もまだ十八ほどで、それらを合わせると〝野性的美男〟と呼ぶにふさわしい印象が(かも)し出されていた。


「よお。どうすんだよ?リュネシス」


 入れ墨の青年が、座ったままの姿勢で顔をさも大げさに()()らせると、神妙な気配の(ただよ)う背後の闇に声をかける。


 そこから笛の音が流れていた。聞く者の胸に染み入るような……心に響くような旋律(せんりつ)が、集まった三人の邪魔にならぬよう静謐(せいひつ)で物哀しいまでの想いをのせて──。


「こいつら、もうすぐ来んじゃねえの?おめえに会いによう!」


 陽気に声をかける大男に返答はなかった。


 ただ、暗闇には七色の光がほんの微かに(きら)めいている。

 その(ほの)かな光彩(こうさい)は、いつまでも流れる美しい旋律せんりつとともに、人ならざる者たちの住まう暗がりを切なくはかな(いろど)っていた。






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