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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第五章 竜剣士ルナ
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双頭守護神の誓い 

 城の外は(ゆる)い風が吹いていた。


 夜明け前の東の空は赤みを帯びて明るみ始め、薄明(はくめい)が星々のまどろみを消し去っていく。


 ベテルギウスは、北の空を見つめて静かに立っていた。ルナも、それに(なら)って同じ空をながめている。


「百年──ったのですね」


 ややおいて賢者が感慨(かんがい)深く呟いた。


 彼の言葉におうするように乾いた風が吹き抜けて、大地の上の草花をざわざわとでていった。


「どんな感じだったの?百年間光の中にいた時は──」


 ルナは愛らしい表情にさくの色を浮かべて、男の方を(うかが)い見た。


「そうですね」


 ベテルギウスは視線を消えかかる星々に注いだまま、ふうっと息を吐き出した。


「言葉ではうまく表現できませんが、目覚めていながら眠っている。あるいは、眠りながら目覚めている、と言えばいいでしょうか……光に包まれながら神のそばにいる長い至高の時でした。ただ、幸せな……そして、地上に起こるすべての出来事も常に見えていましたよ。そう。まさに神の見る目で……」


 ここでベテルギウスは、ようやくその涼し気な目線をルナの方に傾けた。


「だから、あなたの危機を察知して目覚めることもできた」


「そうだったの。ありがとう……」


 いまいち意味が解らないままも、ルナは少しだけ照れた感じにはにかんだ。


「信じられないね。まさか教科書の中の伝説の賢者に会えるなんて……」


 ごまかすように言った少女の言葉だが、そこはかとなく心に染み入る響きがあった。


 ベテルギウスは遠い血縁にあたる。もしも、自分に頼りになる兄がいれば、このような懐かしい気持ちになるのだろうか……そんな考えが、頭をふっと(かす)めた。


 そこでハッと我に返り、ルナはようやく肝心(かんじん)なことに思い至る。


「つか……さっきからあたしたち、ここで何をしてるの?」


 ベテルギウスは公爵であり、身分としては王女であるルナの方が上にはなる。


 しかし、ルスタリアの伝説に語られる高名な賢者であり、加えて歴史換算すれば自分より遥かに年長者ともなる者に対して払うべき敬意が、ルナの口数を少なくしていた。


 つまり、ベテルギウスの意味不明な行動に先程さきほどから黙って従いつき、疑問を覚えながらも、伝説の偉大な賢者に対して余計な口を(はさ)めないままでいたのだ。


 そんなルナの問いかけに、ベテルギウスはもう一度、銀の瞳をうっすらと白み始めた空に向けながらこたえた。


「双頭守護神──我らは、そう呼ばれていました。私たちは常にルスタリアを守るため、共に戦ってきたのです」


「え!?それって……」


「はい。彼ももう目覚めて、まもなくここに来るのです」


「双頭守護神のもうひとり……黄金の闘神ライガルのこと!?」


 思わず動揺どうようしたルナの言葉が終わらぬ内に、薄明かりに照らされた地平のずっと向こう側に、空を飛行する点のような影がよぎった。


 それは遥かな距離がある為、本来ならその影を視認することは不可能である。

 しかし、超視力を持つルナの網膜もうまくは、その姿をおぼろにだが認識していた。


 恐ろしいほどの速度で、それは真っ直ぐこちらに向かってくる。


 八本もの足を持つ見事なまでの巨馬──〝スレイプニル〟が、不可思議な力で滑るように大空を滑空(かっくう)している。


 黄金色に輝く神秘の馬体には、背にも同じように黄金色のオーラで包まれた尋常ではない何者かが打ち(またが)っている。


 遠目にもそうと分かる、規格外の大男であった。


 数十キロもの距離をみるみるうちにめ、次第に男の姿がはっきりとしてくる。


 戦いの神が人の姿を()(しろ)に降臨したが如き、圧倒的なオーラを放つ巨漢である。


 三メートルに近い背丈がそなえる大木のごとき豪腕は、もしも振るえば数十人の兵士でも一度に吹き飛ばされるのではないかと思わせるほどの、信じ難い力強さに満ち(あふ)れている。はちきれんばかりの筋肉の鎧に全身を包まれているが、均整の取れた体格には無駄な肉など一片も付いてはおらぬ。


 まさに「拳士」としての最終極致を体現した肉体を誇るおとこであった。


 夜明けの空に輝かんばかりの金の短髪が、針のごとく逆立つ。眉も瞳も同じく(まばゆ)映いまでの黄金色で、それがこのおとこ精悍(せいかん)さを、なお一層(きわ)()たせている。引き締まった口元も同じように意思の強さを表しているが、それはけしていびつなものではない。むしろ高潔な人格と、人知れず積み重ねた善行から(にじ)み出る、孤高の聖者のかもし出す面持ちがそこにはあった。


「彼が……闘神ライガル……」


 ルナは息を呑みながら小さく呟いていた。


 歴史の授業で学んだ双頭守護神の伝説──それは史実として語り伝えられるも、どこか現実離れしたおとぎ話のように思えていた。


 だが、〝白銀の賢者ベテルギウス〟──そして、〝黄金の闘神ライガル〟。


 たったふたりで、あの魔王軍と互角に戦ったと言われる「双頭守護神」たちが今、目の前に姿を表している。ルスタリアを守るために再び──予言を(じょう)(じゅ)するために遥かなる時代を超えて──。


──伝説は、本当だったんだ。


 ルナの目に、ライガルの姿がうっすらと(にじ)んで見える。


──ルスタリアを……この世界を守るために、きっと神様が使えてくれたんだ。


 こみ上げる熱い想いが、今になって涙となり(あふ)れそうになった。


 無惨にも魔物たちに殺された人々──抵抗(むなし)しくも散っていった兵士たち──破壊されていく街並み──そして、自分をかばうように死んだ父と母──抑えようとしていたあらゆる想念が一時に流れ込んできて、それが、目の前のふたりのおとこたちの姿に変わってはじけそうになる。


 すでにライガルが馬を着地させ、ゆっくりと大股で歩み寄っていた。

 内に秘めた威厳を全身から放ちながら、しかし、誰もが思わず魅了されそうになる温かい眼差しで──。


 少女はぎりぎりのところで涙をこらえ、それを気取られないように、あえて明るい声を発した。


「百年前のルスタリア王子ライガル・ゼクバ・レミナレス殿──ですね。あたしは、現ルスタリアの王女ルナ・ユースティ・レミナレス」


 そこまでが、感極まった王女にできる精一杯の言い回しだった。

 だがもし、もう一言でも言葉を発すれば、彼女は涙を止めることができなかったであろう。


 そんなルナを()(づか)ったのか、あるいは生来(せいらい)備える()(もく)な気質ゆえのことなのか、ライガルは何もこたえようとはしなかった。

 ただ、つつしみ深いとも言える沈黙を保ったまま、丁重に片膝を突こうとする。


「?」


 伝説の闘神の思いがけぬ対応に理解が追いつかず、まどうルナの横から、唐突にベテルギウスが進み出た。

 彼はさも親しげに古き友に微笑みかけると、その横に並び同じように王女に向かって膝を突く。


 まるで、申し合わせたかに見えるふたりの動きであった。


「ルナ姫」


 ここでベテルギウスが、げんしゅくな面持ちで切り出した。


「我ら双頭守護神──今このときより神の意思に従い、あなたをお守りすることを誓います」


 突然の宣言に面食らい、泣きそうになっていたことも忘れて、ルナの声がひっくり返る。


「えっと……どういうこと?解るように言って」


 ベテルギウスは少女を見つめながらしばらく間を置き、そして慎重に言葉を選ぶ。


「光の中で、我らに下された神託があったのです。赤き星に付き従い、白き子羊を守れ、と──」


 銀色のおとこは真剣な眼差しのまま、ルナの反応をうかがうように続けた。


「レミナレス王家を守護するは、竜の(けん)(ぞく)である我らの使命。そして、その赤き星とは、まぎれもなく現ルスタリア王女。この世界において赤き瞳と赤き髪、そして魔を(めっ)し得る竜の力を持つ者は、ルナ・ユースティ・レミナレス。あなたをおいて他にない。ともに戦いましょう。世界と──我らが故国ルスタリア王国復興のためにも」


 確信的に言い放ったベテルギウスと、真横に居並ぶライガルの瞳が、動かぬ決意を秘めて銀と金の光を揺らめかせていた。

 





いつもエテルネルをご覧いただきありがとうございます。

最近17時半に投稿して、翌朝に改稿するパターンが多いです。

投稿してから初めて文章の不具合に気づくことができるのですが、早朝の頭が冴えた状態だと最もいい状態に改稿できるからです。

よろしければぜひ、17時半の投稿後の翌朝7時頃に、またご覧いただければ幸いです(^^)


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