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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第五章 竜剣士ルナ
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幻夢城 

 どれほど歩いたことだろうか。


 暮れようとする赤い太陽を背に、ルナは進み続けていた。


 ひとり旅は初めてであるが、さして不安はない。

 どこまでも続く緑の海——デュアール平原の遥か彼方に想いを()せて、赤紫マゼンタ色の髪の少女は大地の海原を渡り歩いていた。


 辺りが、そろそろ暗くなろうとしている。


 ルナは肩で息をした。

 人並み以上の体力はあるが、すでに長時間休まず歩き続けて来たのだ。


 眠気を伴う疲労と空腹感が体を重くしていた。道中の合間に出くわした湧き水を飲んで喉の渇きを(うるお)してきたが、昨夜から丸一日、彼女は何も口にしていない。


 さりとて食べる物もなく、休む気にもならず、ルナはほとんど小走りの勢いで相当の距離をここまで進んできた。


 だが夜の(とばり)が下りる頃には、さすがに若さの勢いだけで突き進む訳にもいかなくなった。どこか適当な場所で休息が必要だと感じている。


——もう、どこまで来たの?まだまだルスタリアの国境は先だと思うけど……できれば野宿はしたくないな。それに、何か食べたいな……。


 ルナはため息をついて、せめて隠れ場所になりそうな岩山ぐらいはないものか、と目を()らしながら歩いていた。


 その彼女の視線が(くら)(けい)(かん)の向こうに、単調な平原にはないはずの人工物らしき影を(かす)かに(とら)えた。


「ん!?」


 ルナはもう一度、しっかりそこを注視する。


「……あれは?」


 目に映ったのは、小高い丘の上に(そび)え立つ白い(じょう)(さい)であった。


 それは、奇妙な特徴を備えていた。


 東西南北に四つの円塔を備え、四囲は不可解な古代文字の刻まれた城壁に囲まれている。

 城そのものの造りは小ぶりながら品格があり、それでいて人の住んでいる気配が全くない。


 超感覚を持つルナには遠目ではあっても、なんびとも容易に立ち入ることを許されぬような、神聖な雰囲気が肌で感じ取れた。


——あれは、もしかすると……。


 ルナはルスタリアの歴史として、かつて学んだ、ある伝説の賢者の記憶を思い起こした。


 それは百年前のエルシエラ大戦において(きゅう)()(おちい)ったルスタリアを救い、その後、歴史の(はざ)()に消え去った〝白銀の賢者〟の異名を持つ男——。


——ベテルギウス・レムリアルの城!?


 ルナは思わず足を速めた。見れば城壁に刻まれた魔文字の所々の意味に、はっきりと思い当たりがある。

 それはレムリアル家の魔術にしばしば用いられた印であり、ルナが学校で習った知識の片隅(かたすみ)にも断片的に存在している。


 印には土着の神の霊的加護が示され、悪しき者たちからの魔法攻撃をほとんど受け付けず、また、それに()(ずい)する耐久性も表現させている。

 そして、城そのものが異次元への関与を意味する、高度な古代文字と古代神も描かれている。


 そのために迷信深い者たちの間では、未だ失われた賢者の城として、デュアール平原に幻のように現存していると言われていた。

 

 信じる者の目の前にだけ、(しん)()(ろう)の如く現れるという賢者の城の噂話。そして平原での放浪の末、奇跡的にそこに足を踏み入れた者の体験談などが、まことしやかに言い伝えられて、それを真実であると確信する者たちから、いつしかその城は、偉大な賢者への敬意も込めてこう呼ばれるようになっていた。


──ベテルギウスの〝幻夢城〟だ!ラッキー!!ここなら聖域だから、魔物たちも寄ってこないよね。確かこの城はデュアール平原の……ええっと……?


 ルナは学校の地理の授業で習った、まれに城が現れると言われる地図上の緯度・経度を思い出そうとした。それが解れば、うろ覚えのクレティアル城の経緯度と照らし合わせ、今いる位置を把握することができるかも知れない。


 しかし思い出そうにも、(かすみ)のかかったような答えが記憶の奥にたゆたうだけで、知識として呼び起こすことはできなかった。

 おせじにも優秀な生徒とはいえぬ彼女にとって、退屈な授業は睡魔との闘いに費やすだけの(そのうえ、勝てることはほとんどない)不毛な時間でしかない。


——ま、場所なんか分からなくていいか……休めたらなんでもいいや。


〝幻夢城〟の入り口は閉ざされていたが、手をかけると少女を受け入れるかのように、苦も無く開いた。


 中は、やはりがらんとしており、静まり返った空間が広がっている。

 だが不思議なことに、百年も放置されていたはずの城の中は屋根壁の()(そん)一つなく、また(ほこり)すらかぶってはいない。


 ルナには読み取れなかった古代文字の効力である。


 外壁の魔法文字は不可思議な結界の意味合いも込めており、侵入する者を選ぶだけでなく、同時に城内の様々な劣化をも食い止めていたのだ。


 しかしながら、ルナにはそのような(まじな)いの力は知るよしもない。


——よく分からないけど、さすが〝幻夢城〟……そうだ、この調子だと食べ物ぐらいはあるかも!?


 (ちゅう)(ぼう)に行って探ってみると、パンやチーズ、そして干し肉や牛乳などがふんだんにあった。それらにも全く腐食している様子はなかった。

 たっぷりの食料を手にしたルナの口元が無邪気にほころぶ。空腹感が限界にまで来ていたからだ。


──ごめんなさい。勝手にいただきます!


 簡単に食前の祈りを済ませると、ルナはその場で何も考えず大量の食べ物をかきこんだ。


 仮にも王家に生まれた者として、こんな品の無い食べ方をしたことはなかったが、今は気にもならない。

 むしろ、これぐらい自由な食べ方もたまにはいいと彼女は思った。

 それに、あまりに色々な体験があって平静さを失っているせいなのか、人目のない状況でまで行儀よく振る舞う余裕もない。


 食事が済むと、どっと疲れが湧き上がり急激な眠気に襲われた。


 ルナは、ぼんやりとしてきた頭を抱えて、よろりと寝室を探しだした。

 

 階下の突き当たりに見つけたのは、全体的に白で統一された落ち着きのある部屋であった。

 ルナはそこに遠慮なく踏み込むと、そのままベッドに横たわり間もなく——彼女は泥のように眠り込んだ。


 動きを見せる者のいなくなった夜に、もう一度、(りん)とした静けさが広がっていく。






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