ルナの決意
数刻後——。
「うう……」
小さくうめきながらルナは目覚めた。
そこは一面の大草原だった。
仄かな草いきれが鼻腔を衝き、柔らかい風が赤紫色の髪を揺らす。
気がつけば、体にそっと〝精霊の羽衣〟が掛けられていた。
羽衣による神秘の治癒力なのだろうか──四肢の感覚は戻っている。
白く凍り付いていたはずの手足は、血の流れを取り戻して自由に動き、何の損傷も苦もなく身を起こすことができた。
——ここは……どこ?
状況を整理することができず、ルナは周囲を見回した。
見覚えもない場所だが、感覚として掴める地──そこは、果てしなく広がるデュアール平原だった。
──そっか……あたし、リッチに殺されかけたんだった。
現状を少しずつ認識していくと同時に、辛い記憶がどっと脳裏に流れ込んでくる。少女は再び脱力して、体をあおむけに横たえた。
──そっか……母上も父上も、あの野郎に殺されたんだった!
赤い瞳に苦い涙が溜まっていく。
それを右手の甲で抑える少女の喉から、締め付けられたような嗚咽が漏れていく。
悔しさと哀しさがいっしょになって、少女の感情をいっぱいに塗りつぶしていく。
ひっく、ひっくと、しばらく彼女は天を仰いですすり泣いていた。ルスタリア王女として絶対誰にも見せられない姿だったが、今はすべてがどうでもいいように思えた。
だがやがて、そのむせび泣きも意思の力で抑えると、彼女は立ち上がった。
西のはるか彼方に、エルシエラの街並みが現存している。並みの人間には捉えることのできぬ、芥子粒ほどの景観である。
しかし、超視力を備える少女の赤い瞳は、その映像をさらに明瞭に網膜上に浮かび上がらせる。
──あたしのお城はどうなったの?
視線を注いだ先から目に飛び込んできたのは、明らかに様変わりしたクレティアル城だった。
最初に気づかされたのは旗だった。
城の尖塔に立つレミナレス王家の旗が見当たらぬ。変わりに忌まわしいラムド家の紋章が刻まれたいびつな旗が翻っていた。
そして、城のあちらこちらに立つ守衛の者たちもいない。
否──彼らは皆、見るも無惨な屍と変わり果て地に串刺しにされて、あちらこちらにその姿をさらしているではないか。
さらに城下に目を向ければ、華々しいエルシエラの街も大きく破壊されて、力なき人々がアンデッドたちに次から次へと惨殺されていくのが見えた。
そこにあるのはもう、滅びゆく定めの王国の残影──。
「うっ」
ルナは思わず喉を鳴らして、目を背けた。
溢れ出る涙が顔に当てた掌の隙間から、またとめどなく流れ続ける。
これは現実なのだろうか?ほんの半日前まで平和な日常であったのだ。世界一の大国ルスタリアが……栄華を誇ったエルシエラの街が……わずか一晩で本当に滅び尽きるのだろうか?悪い夢を見ているのではないだろうか?目を覚ませば何不自由ない王女としての一日がまた始まって、優しい父と母に会えるのではないだろうか?早くこんな嫌な夢から覚めないだろうか。でも……でも……父も母も確かに目の前で殺されたのだ……不死王リッチの手によって!ルスタリアは滅亡したのだ……魔女王ラドーシャの大軍勢によって!
ルナはだらりと両手を下げると、その場にへたり込んだ。
——あたしは……あたしは無力だ!
哀しさと悔しさに胸が押し潰されそうになり、少女は全身を震わせて号泣した。
——母上……父上……。
いつまでも、いつまでも、彼女はひとり泣き続けた。泣いて……泣いて……泣き尽くして……。
そのうち涙が枯れると、疲れ切って指に嵌めている紅い宝石の付いた指輪をじっと見つめる。
彼女だけの秘密の思い出のある、〝約束の指輪〟だった。
やがて少女は、ひとつの決意を固めて立ち上がった。
──行こう。あの人のところへ……。
ルナは勁い想いの宿る目で、東の空を向いた。
──この世界で唯一魔女王を倒し得る、あの男のところへ!
ルナは、託された羽衣を握りしめると、しっかりと歩き出した。
ルスタリアの王女として、いつか必ず皆の仇を取るまでは、もう泣かない……と彼女は決めた。




