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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第五章 竜剣士ルナ
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不死の王リッチ 

——あたしが、この〝精霊の羽衣〟を……。


 ルナが羽衣を手に取った、その時——突如として大広間の扉が乱暴に開け放たれた。同時に黒い大量の霧が容赦(ようしゃ)のない勢いで流れ込み、たちまちのうちに屋内を満たす。


 開かれた大扉の向こうに、(むくろ)のごとき化け物の姿があった。


 そいつは並外れて巨大な(たい)()を有している。

 二メートルを大きく上回るであろうか。ズタズタに裂けたぼろを全身に(まと)う、負の威厳に満ちた骸骨(がいこつ)の化け物であった。


 恐怖に色めき立つ人々は、だが動くこともかなわず倒れていった。

 流れ込んできた黒い大量の(きり)を吸い込んだ時点で、ほとんどの人々は即死に近い状態となっていたのだ。


 黒い(きり)骸骨(がいこつ)の体内から(しょう)()として放たれる、強烈な毒素のようなものだった。


 その影響を受けず立っていられたのは、レミナレス王家の三人だけであった。


「ふーむ……私の(しょう)()を受けても死なぬとは……ひ弱な人間であろうとも竜の王家の血筋という訳か」


 王と王妃——そしてルナに視線を定めながら、(よど)んだ声を発して巨大な骸骨(がいこつ)が歩み寄ってくる。


 死に()せっている者たちを(へい)(ぜん)()みつけながら、そいつは黒いぼろと(きり)を揺らめかせ、異様なまでの自信を放ちながら堂々と近づいてくる。


「レミナレス王家の者どもだな?私は魔女王様配下・六魔導のひとり不死王リッチ……()(しょう)ながら、お前たちの命を喰らいに来てやったわ」


 言った瞬間ぼろの(すそ)がめくれ上がり、(むし)(しょっ)(かく)を思わせる細く(えい)()な骨が、目にも留まらぬ速度で伸び切った。


「ぐはっ!!」


 喉から声を(しぼ)り出すようにして、頑健(がんけん)な王が片膝(かたひざ)を崩していた。

 不死王の攻撃に、王の胸が()(つらぬ)かれたのだった。


 リッチの骨は、鋼鉄もかくやという強度を誇っていた。

 ()(とつ)として利用すれば(きた)()かれた槍にも(まさ)る直接攻撃を可能とし、数センチもの厚みのある鉄板を容易に(かん)(つう)()るほどの、恐るべき威力を秘めている。


「父上!!」


「あなた!!」


 骨の攻撃で心臓をもろに(つらぬ)かれて、国王はふたりの前で血反吐(ちへど)()きながら(くず)れ落ちていく。


「おのれ!!」


 剣を構えて立ち向かおうとする娘の腕を、父王が弱々しく、しかし精一杯の(つよ)さで(つか)んだ。


「に、逃げろ……ルナ……王妃……」


 娘を想う気持ちと死にゆく者の()(そう)さを混ぜ合わせた表情で、王は短く(ささや)いた。


「ルナ。おまえが勝てる相手ではない……私のことは、いいから逃げろ」


 息も()え絶えに言い切るとあっけなく力尽き、王はがくりと(こうべ)を垂れた。


「父上!!」


 全身を震わせて絶叫するルナのもとに、ズカズカと不死の王が迫ってくる。


 ふしゅーっ!


 気味の悪い呼気が響き渡った。


 不死の怪物が少女を(つか)み殺そうと、突き出した左掌を〝ぐわっ〟と広げて()(ぞう)()に詰め寄ってきたのだ。


「母上!あたしの後ろに下がってて!!早く!!」


 胸を焦がされるような哀しみを瞬時に闘志に変え、叫ぶが早いかルナは剣を正眼(せいがん)に構え直した。


 慎重に相手を見据(みす)えながら、じりっじりっと半歩ずつ横に移動する。

 よろめく王妃が安全圏に下がった瞬間——ルナは(しっ)(ぷう)のごとく不死王に()りかかった。並の人間では反応することもできぬ、神速の踏み込みであった。


 すでに先ほどのリッチの攻撃は目に焼き付けている。まだ他にも能力を隠しているであろうが、これまでの怪物の動きから、速さと技においては自分に分があると踏んでいた。


「てやぁーっ!!」


 躍動(やくどう)する気合いとともに、少女の剣が一閃(いっせん)した。


 がつーん!!


 嫌な金属音が鳴り響き、だが次の瞬間、ルナの体は振り抜いた剣ごと見えない(しょう)(へき)に弾き返されていた。


 不死の王が〝にたり〟と笑む。


 肉の無い(どく)()(かお)であっても(わら)ったと感じ取れるほど、気味の悪い笑顔だった。


「私はかつて、ルスタリア随一(ずいいち)死霊魔術師(ネクロマンサー)だった……」


 リッチはおもむろに(そう)(しょく)(ほどこ)された右腕を(かか)げた。

 そこに()められていたのは、(どく)()()(よう)が刻まれた黄金の腕輪であった。


 それはルスタリアでは誰もが知る、悪名高き〝ラムド伯爵家〟の(もん)(しょう)だった。

 その昔ラムド家は、強大な魔力で(もっ)てレミナレス王家を乗っ取ろうと(かく)(さく)し、()(すい)に終わり滅びた一族なのだ。


「私は生前、最強の魔術師であったがゆえに強度の魔法障壁を(まと)っている。お前のような小娘程度の攻撃では、蚊に刺されたほどのダメージも受けぬわ。むしろ我に(いど)んだ者の肉体が、我が暗黒魔力に(おか)され()ちるのみよ……」


「く!?」


 リッチの言葉に、思わずルナの口元が引きつった。

 手足の感覚がない——見れば、四肢(しし)が完全に白く凍り付いている。


(もろ)い、(もろ)いのぉ。これがレミナレス王家の力か……ぬははははは!」


 不死王の勝ち誇った笑い声が響いた。


「私の体は負の魔力により、(ちょう)(てい)(おん)(たも)たれた永久生命体なのだ。お前たち人間は我に触れるだけで、()てつき死にゆくのみ。さあ、泣け……(わめ)け……叫ぶがいい!!」


 立ち上がることもできぬ少女を冷たく見下して、リッチは嘲笑(あざわら)った。


——体が……体が動かない……()られる……。


 自由の効かないルナの体に、絶望という感情がずしりと重くのしかかった。


──ああ……力の差がありすぎる……母上を守れない!


 産まれたての小鹿同然の無力な少女の元に、残忍な笑みを浮かべて、不死の怪物が近づいてくる。


「ルナ!!」


 だが王妃が、涙に()らした目で叫びながら、(どく)()の怪物と娘の間に両手を広げて立ち(ふさ)がった。


「邪魔だ——」


 しゅごーっ!

 殺気の(かたまり)()き出しながら、リッチは左手でがしっと王妃の頭部を鷲掴(わしづか)みにする。軽く女の頭ぐらいは握りつぶしてしまうであろう、あまりに巨大で力強い掌であった。


「死ね」


 肉の無い()(れつ)が、にやーっと(ゆが)んだ。


 不死王の手に(つか)まれた王妃の上半身から、白い陽炎(かげろう)のようなものが浮かび上がる。

 それは王妃の命のエネルギーが具現化したものであった。物質化したエネルギーが立ち昇り、リッチの掌に勢いよく吸い込まれていく。


 みるみるうちに美しい王妃の顔が、老いさらばえていった。

 まるで一秒ごとに数年が経過したかのように、白い張りのある皮膚が(みにく)(しわ)に刻まれて老いを加速させていく。目は(くぼ)み、肉は干からび、髪は(またた)く間に白く変色する。


 不死王の最も忌まわしき異能——生きる者の命を()(しゃく)する能力の発現である。(たやす)易く王妃の頭を砕く力を持ちながら、彼はあえて最も残酷な殺し方を楽しんでいるのだ。


「は……母上―っ!!」


 目の前の見るに()えぬ(さん)(げき)に、ルナは蒼白(そうはく)となった顔を幼子のように(ゆが)めて泣き叫んだ。


「やめて!!お願い!!!」


「ぐはははは!!二百年前の我がラムド家のレミナレス王家への恨み!今こそ晴らしてくれようぞ!!」


 まるで聞く耳を持たぬ不死者が、どす黒い(こう)(しょう)を響かせながら、母の命の残り火を()りっ(たけ)まで(かす)め取ろうとする。

 それは、死にゆく者の尊厳までも喰らい尽くす、残虐極まりない行為であった。


 もう誰の目にも、(おう)()が助からないことは明白である。


 だが、命の(みなもと)(しぼ)り取られる直前——それでも母は、精一杯美しく笑いかけてくれたのを少女は見た。


——生きてね、ルナ……私たちの分まで……。


「う、うう……」


 泣きじゃくる涙を(ぬぐ)うこともできぬまま、ルナは悪夢を振り払うように頭を振った。

 だが、悪夢は消えない。この地上に不死王リッチが存在している限り……絶望の闇がこの世界を支配している。魔女王ラドーシャと六魔導たちが君臨している限り……。


──もう、何もしてあげられないいけど……どうか幸せになってね……ル……ナ……。


 消え入りそうな願いと共に、母の最期の命の(ともし)()が無惨にも消し去られた。


「い、いやーっ!!!」


 身を裂かれたような、ルナの泣き叫び声が響き渡った。


 だが、その時──。

 ルナの指に()めている紅い宝石の指輪が光り輝いた。未知なる何者かを呼び覚ましたかのような、不可思議な発光現象であった。


 直後、それは巨大な(ほむら)となって、激しくのたうちながら()(くう)に現出する。


「むうっ!?」


 王妃の遺体を放り投げたリッチが、嫌がるように()(がい)(まも)る形で両手をかざした。


 (ほのお)(たけ)(くる)う巨鳥の姿を形作っていた。

 その火の鳥は〝ゴゥ〟と(うな)りを上げてリッチに襲い掛かる動きを見せる。


 だが一瞬後、宙を大きく(ひるがえ)ってルナの身と〝精霊の羽衣〟を包み込むと、猛烈(もうれつ)(いきお)いでテラスから飛び去って行った。







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