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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第五章 竜剣士ルナ
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破滅の足音 

 (めい)()(そこ)からもたらされるような、不気味な呼吸音が響いていた。


 生きている者の呼吸では、ない。


 異様な響きであった。


 まるで、()(てつ)もない邪悪が闇から生まれ出で、呪わしくわだかまっているかのような──それとも〝死″そのものを暗示する(あえ)ぎ、と(たと)えるべきであろうか。


 その者は、辺りの寂静(じゃくじょう)に奇妙に同化しているが、闇の中むせかえるような濃密な気配となって存在していた。


 ()(よい)は、うだるように暑い。


 熱のこもった気流が(から)み合い、人の耳には聞こえぬ禍々しい鳴動となり、大地のあちらこちらに溶け落ちている。

 それは、世界が激変するほどの巨大な災厄の兆し──あるいは、もっと別の尋常でない何か──であろうか。


 その応えを示すように、遥か天空を荒れた風が流れ、薄月(うすつき)(さえぎ)っていた雲が吹き散らされた。

 唐突に月明かりが、大地の闇を薄く照らし上げる。


 青みがかった光の中、姿を現したのは波打つ黒いぼろを全身に(まと)い、頭までもフードで覆う痩身の男であった。


 その貌には肉がない。


 (がん)()にも瞳が無く、鼻は()げ落ち二つの穴だけが残っている。

 男の貌は、朽ち果てた(どく)()であったのだ。

 並の人間ならばそれを見ただけで、恐怖に気を喪失してしまいかねぬ(きょう)(がん)──その者は命なきはずの(むくろ)が永劫の生を得ることによって、現世に生み落とされた存在であった。


〝不死王リッチ〟——それが、この男の魔名(まな)であった。


 魔女王ラド―シャ配下において、最強と称される六人の大悪魔の一人であり、「六魔道」の称号(しょうごう)(たた)えられる最凶最悪の魔人である。


 ふしゅーっ!


 盛大な呼気とともに、不死王リッチの右腕が高く(かか)げられた。

 忌み深き一瞬に、時の流れまでが静止したかに思われた。

 直後、大地を震撼させるほどの無数の邪悪な気配が、周囲の闇の中から(いっ)(せい)()き上がる。


 それはリッチの背後に(ひか)えていた、数え切れぬ死者の群れであった。

 ゾンビやスケルトンと言われる「アンデッド」の怪物を主力にした、死ぬことなき魔物たちの大軍勢——見るもおぞましきそれらが月影(げつえい)の下、凶悪なる害意をもって王都エルシエラに進軍を開始する。


 魔王リュネシスと炎の魔女アカーシャが歴史の表舞台から消え去り、しかし、ふたりの暗躍が開始されてから八年後のことであった。

 人類は今まさに(げき)(どう)()(らん)、そして滅亡の(とき)を迎えようとしていた。


 その夜、長く地上で栄華を誇っていたルスタリアの王都エルシエラは、列国最強と言われる兵士たちの奮闘(ふんとう)(むな)しく破滅することになる。


 だが、それこそが、この地上においてこれから始まる──最強無比の魔王リュネシスと、悪逆非道なる魔女王ラドーシャとの壮絶な戦いの序章でもあったのだ。



 ―――― § ――――



 ルナは何度も寝返りを打っては、ため息を吐いていた。


 暑さのせいなのか、()(よい)は嫌に寝苦しい。

 普段は聞こえぬ時計の針の音が、部屋の重い静けさを逆に引き立てて(わずら)わしく耳を打つ。


 その音は上品に洗練された、レミナレス王女の寝室に見えない緊張感となって(ただよ)っていた。


──なぜだろう……とても嫌な感じがする……。


 また、大きく息を吐いて寝返りを打った少女の感覚が、水を差されたように唐突に覚醒した──。


 がばっと跳ね起きて、赤紫マゼンタ色の(つや)やかな髪を(ひるがえ)えす。


 同時に噪音(そうおん)振動(しんどう)がわずかに(とどろ)いた。それは、並みの人間ならば感知することもできぬであろう(かす)かな響きであったが、鋭敏(えいびん)な彼女の知覚は、「迫りくる災厄」として確実に耳に(とら)えていた。


 ルナは急いで窓に()()った。


 遠くに、ざわざわと(うごめ)く無数の気配を感じる。

 まるで一つの穴から(あふ)れ返る、解き放たれた黒い(むし)()れのような──ルナは息を呑んで、闇が(ざわ)めく一点に赤い瞳を()らした。むろんそこには闇一色の景観(けいかん)しかない。


 しかし、正統な竜の血を受け継ぐ少女には、秘められた力としての超感覚が(そな)わっている。

 日常では不要な力として発揮されることがないものの、彼女の必要に応じて、赤い瞳は闇夜に落ちた針をも見分ける、「上位魔導士」の魔眼に匹敵する(ちょう)()(りょく)(はつ)(げん)する。


 注がれた視線の先には、(がん)(きょう)(ほこ)る城下の街門が破壊され、明らかに魔物と(おぼ)しき者たちがなだれ込んでくる光景が(とら)えられた。


 それは、忌まわしい死者の群れであった。


 白く(にご)った目と、骨の見える(ほほ)、中には四肢(しし)の一部が()()ちた者もいる。

 ゾンビと呼ばれる怪物たちであった。

 加えて完全に肉体を失い、骸骨(がいこつ)だけの姿となっても未だ物質世界に根強い執着を残し、命ある者を(にく)(うごめ)き続けるスケルトンなども存在している。


 それらアンデッドたちが、緩慢(かんまん)な動きながら()()めの()かぬ勢いで、夜のエルシウスの城下町に広がっていく。


──ヤバい!何あいつら!?


 ルナは慌てて衣服を着替えると、愛用の剣と、幼い頃から()(まも)りとしている紅い宝石の付いた指輪を素早く指に()めて、回廊(かいろう)に飛び出し国王の間へと駆けて行った。


 すでに回廊は、魔物たちの襲来に対応する衛士たちで(ざわ)めきだしており、王女に気づいた一人の兵が走り寄る。


「姫!」


 栗毛色の髪が()える(たくま)しい青年であった。城の兵たちの中でも、レミナレス王家を最も()(ぢか)で守護する近衛隊長エッケルトである。


「エッケルト!街に魔物たちが(あふ)れかえってるよ!母上と父上は大丈夫なの!?」


「すでに報告を受け、国王の()におられます!姫もそちらへ!!」


 エッケルトが先導して走り出したので、ルナも後を追って回廊(かいろう)を急いだ。


 押し殺そうとする不安が、胸の中で際限なく広がってゆくのを感じながらも、少女は前だけを向いて駆けて行った。







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