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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第四章 双頭守護神
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賢者ベテルギウス 対 妖術師ケルキー

 ぎぃぃ……。


 ()(ぞう)()に大扉を開ける音が、王の広間に響き渡った。


 率いていた配下の者たちを、十名の精鋭にしぼって中に踏み込んだケルキーは、その部下たちに先駆けて悠々(ゆうゆう)と歩を進める。


 偉大なる魔王軍総帥アカーシャの第一の腹心であるというプライドと自負(じふ)が、戦の終盤にさしかかる局面——つまり配下たちの前で、第三魔軍指揮官ケルキーとしての本質を問われる場面において、彼女を常に自信と威風に満ちた、一軍団の首領としてのスタイルを確立させているのであった。


 今もケルキーはそのきょうとする自己規律に従って、強敵であるベテルギウスとの直接対決をも辞さぬ覚悟で場に(のぞ)み、そのために突撃部隊のほとんどを城外に()退()かせたのであった。


 高価な装飾に(ほどこ)された高い天井を持つ大広間——四囲(しい)の空間は、隅々(すみずみ)まで洗練(せんれん)された美を表現しており、世界に名高きレミナレス王家の城に相応(ふさわ)しい(ぜい)()くされている。


 その最奥(さいおう)に、頼りない気配を感じてケルキーは目を向けた。


 彼女の視線の先には(きん)(ぱく)(ぎょく)()があり、年老いた男が座っていた。


 深い(しわ)(きざ)まれ、苦労に打ちひしがれた弱弱しい顔。長く伸びた白い(ひげ)。体そのものもレミナレス王家の者にしては小柄で、男が着用するゆったりとした王の衣装を脱ぎ捨てれば、さも(ぜい)(じゃく)な肉体が現れるであろうと(うかが)い知れた。


 だが老いた男は意外にもしっかりと、(ちん)(にゅう)(しゃ)であるケルキーを、恐れる様子も見せず正視している。


「……レミナレス王、だな?」


 ケルキーはゆっくりと()(あつ)するように迫りながら、確信を持って問いかけた。


「いかにも」


 妖術師の発する殺気に屈せず、王は(ゆう)(よう)(せま)らぬ表情で応えた。


「殺す前に聞いてやろう。なぜ、お前ひとりなのだ?」


 ケルキーの疑問に老王は一旦(いったん)視線を彼女から外し深く考えるような仕草を見せ、やがて崇高な眼差しに変えてから向き直り、語気(ごき)を強めて言った。


「護衛の者たちなら、あえて立ち退かせている。この命を、お前たちに差し出す覚悟はできているからじゃ。だが、民には何の責任もない。どうかこれ以上は——」


 続く言葉を発する前に、王の命は妖術師の放った魔力であっけなく絶たれていた。


()()()るなよ、(ごう)(がん)(じじい)が……アカーシャ様をあれほどコケにしておいて、いまさらお前ひとりの命で足りるか——」


 がくりと首を垂れ、目を見開いたまま絶命したレミナレス王に、ケルキーは死んだ虫を見るかのような冷ややかな一瞥(いちべつ)をくれて毒づいた。


 哀れな老王の目から、鼻から、そして口からも垂れ流された血が首筋を伝い、王衣の(えり)(くち)から胸元の奥へと流れていく。


「ふん……お前が殺した魔導士と、似たような死に方になったな。まさに自業自得というやつだ」


 ほくそ笑んだ妖女は、無情にもそう吐き捨てると部下たちに命じた。


「羽衣を探せ。気配で解る。間違いなくこの広間にあるはずだ」


 ケルキーの言葉と同時に配下たちが素早く動きを見せ、各々が広間の四囲を探索しようとした、その時であった——。


「よく分かりましたね」


 涼し気な声が辺りに響いた。


 いつからいたのか、大広間の隅の壁に背中を寄りかけて、若い男がゆったりと腕を組む仕草で立っていた。


 鮮やかに伸びた銀の長髪と、銀の瞳。整った顔立ちには内面の(そう)(めい)さが(にじ)み出ている。すっきりとした長身から放たれる白銀色のオーラは、魔力に通じるものが見ればけいの念を抱くほどに底しれず、おとこに近寄りがたい風格と品格を与えている。


「ベテルギウスか……」


 ケルキーは、ぎらりと光る瞳だけを動かして背後の漢を見た。漢は応えず、だが薄く笑むことで肯定の意志を示す。


 すでに広間には、ベテルギウスの〝気〟が充満している。

 それは、上位悪魔の放つ殺気をも凌駕するほど強大で、すでにケルキーの引き連れてきた第三魔軍のりすぐりの精鋭たちの動きをも止めている。


 そんな彼らには目もくれず、ベテルギウスは首領であるケルキーだけを見つめながら、ゆとりを持った様子で歩み寄ってくる。


「レミナレス王は逃げも隠れもせず、潔くあなた方に命を差し出しました。すでにあなた方はエルシエラの街を(じゅう)(りん)し、あまつさえ多くの兵の命まで奪いましたね。すでに魔王軍として十分な報復はできたはず──こちらも済んだことは水に流すゆえ、もうこの戦は、ここで落とし所と致しませんか?」


 根気よく折り合いをつけようとする賢者をろうするように、美しき妖術師はすーっと目を細める。


 彼女はあえて、もったいぶった間を開けると、その貌をよこしま()みで飾り立てた。


「ならば、あとは〝精霊の羽衣〟とお前の命を寄こせ。そうすればこの国の人間たちは殺さずに、奴隷としての身分ぐらいは考えてやろう」


 予想通りの無慈悲な妖女の反応を受け、ペテルギウスの薄い笑みが消えた。


「やはり、戦うしかないようですね」


「やらいでか!」


 ケルキーが嬉しそうにさっと身構えた。


 首領の動きに反応して、立ち固まっていたはずの部下たちも素早く、彼女を守護する陣形(じんけい)を取ろうとする。


「下がれ、お前たち!こいつには、直接私が引導(いんどう)(わた)してやる!!」


 (するど)()()えた視線を相手から外さないまま、ケルキーは叫んだ。


 その首領の命令に従い、配下の者たちは慎重に後ずさっていく。


 互いに間合いの境界線となるギリギリの距離を置いて、ふたりの魔導士は向かい合った。


()(ぞく)な魔の者にも、ずいぶん(ごう)()な方がいらしたものだ。あなたが五妖星のひとり——かの有名な第三魔軍の将ケルキーですね?」


 この状況でもまだ()()うこともなく、(ゆる)やかに(たたず)みながらベテルギウスは(たず)ねた。


「そうだ!」


「あの剣呑(けんのん)(いかずち)を放たれたのも、あなたですか?」


「ふん。よく生きていたな」


 嘲笑(あざわら)う妖術師に、賢者はさも軽やかに言葉を返す。


「あの程度の雷では、この私を倒せませんよ」


「ほざけ!」


 ケルキーは、なめらかな唇の端から白い牙をむいていきり立った。


「魔界においても名高い、妖術師ケルキーの実力を今こそ思い知らせてくれるわ!」


 妖女の眸が、飢えた魔獣のような輝きを放つ。

 自慢の千年闇せんねんやみ蜘蛛ぐものマントを大きく(ひるがえ)すと、それを(かわ)()りにふたりの戦いの幕が上がった。


 (たい)()する両者の魔力が、急速に高まり合う。どちらからともなく、互いの距離を詰めるように少しずつにじり寄っていく。


 すでに双方とも、水面下で相手の力を()(はか)りながら、あらゆる攻撃パターンのバリエーションを脳内で組み上げていた。そのイメージが臨界点(りんかいてん)に達し——不意にケルキーの口元が、にやりと歪んだ。


 同時に(かざ)された魔杖が、目も(くら)むほどの(はげ)しい光を放つ。


「!?」


 強烈な逆光に照らされて、ペテルギウスがわずかに身じろぎしたそのせつ——妖術師の姿は一瞬で消えていた。


 この直前にペテルギウスは、ケルキーが(ほう)(こう)と共に残像を残して視界の外に高速移動したのを認識している。時間にして、ほんの0.1秒もなかった。


 いかなる達人・手練れであっても、目を(くら)まされた瞬間ばかりは判断力が追いつかず、必ず(すき)(しょう)じることになる。それこそがケルキーの狙いであったのだ。


 失った視界を取り戻し、ベテルギウスが周囲に警戒を構える前に——突如として背後の空間からものすごい殺気が(ただよ)い、妖艶な女の上半身が出現した。


「かかったな!まぬけめ!!」


 空間を(あやつ)り異空間をも移動する能力を秘める、妖術師ケルキーの絶対的コンビネーションであった。すでに対象者を確実に仕留める、必勝の呪文も発動直前にまで練り上げている。


 それは、大魔導士アカーシャから授けられた炎の秘力──。


「喰らえ!!赤炎速射砲(ヴァルゲージュ)!!!」


「がはぁあああああああ!!!」


 連続した火炎のエネルギーが(しゃ)(しゅつ)され、ペテルギウスの体を瞬時に黒焦げにして()(さん)させた。


「フフフ……」


 ケルキーはさも得意げに冷笑しながら、その婀娜あだやかな全身を()けた空間から(あらわ)した。


「意外とあっけなかったな。賢者殿……」


 砕け散った敵の首から上の部分を(のぞ)()み、しかし妖術師は(そく)()(こお)りつく。


「う!」


 目の前の首は、焼き殺したはずの賢者のものではなかった。

 それは、(いま)だ帰らぬ(せっ)(こう)(やく)の男の頭部であったのだ。


「バカな!?」


 ()(うしな)った表情で、今度は自身が隙を作ってしまったことに気づいたケルキーの体が、次の瞬間、見えない巨人の手で弾き飛ばされたかの如く壁に叩きつけられた。


「ぐはっ!!」


 ベテルギウスが空間に凄まじい魔力を集約させることで生じさせた、強烈な衝撃波だった。


 防御体制を取ることもできず、見事なまでにに(きょ)()かれてぐらりと膝を落とす妖術師の耳に、(かわ)いた靴音が響き渡る。


「すでに我が(じゅっ)(ちゅう)(はま)っていたのですよ。あなたが私に見え()いた()(くら)ましを仕掛けた瞬間にね」


 ケルキーの()(かく)から、ゆっくりとベテルギウスが姿を見せた。


「力は()(げん)しています。しばらく立つことはできないでしょうが、死ぬことはありません」


 (かす)みそうになる意識を気力で()えながら、ケルキーは格の違いを思い知らされ奥歯を(きし)らせる。

 それほどまでに桁違(けたちが)いの魔力だった。気がつけば部下たちも見えない力で抑え込まれ、身動き一つ取ることもできないでいる。


 完敗であった。


 今の短いやり取りだけで悟らされたのだ。

 ケルキーも超一流の魔導士であるからこそ、相手の底しれぬ実力を──。


 そしておそらく、この偉大なる賢者には、まだ隠しもっている能力もあるであろう。そのような敵を相手に、このまま抵抗をしたところで意味はない。


「……う」


 ケルキーは悔しげに相手を睨んだ。


「……殺せ……」


 言葉を吐き出すだけで全身の骨がギシリと痛む。


 認めたくはないがベテルギウスがその気だったら、今の一撃だけでケルキーの命を奪うこともできたかも知れぬ。


「だが、たとえ私を倒したとて……アカーシャ様には及ばぬぞ——」


 負け惜しみにしては耳に響く、確信的な妖術師の言葉だった。


 それでも賢者は、さして意に介した様子はなく(こし)(かが)めると、その真顔をケルキーの白い顔に近づけた。


「それはどうでしょうか。私の真の力は、今戦ったあなたが一番よく解っているはず。それにアカーシャが今、(たい)()しているライガルは私以上——たとえ彼女が、その名にし負う魔軍の総帥と言えど、けしてただでは済みますまい」


 ベテルギウスは穏やかに続けた。


「さあ、もう軍を引き上げるのです」


「だれが……」


「勝負は付いたはずです」


 (さと)すように賢者は言った。


「……確かにな。だが……それは、私とお前だけの話……第三魔軍に……ましてや魔王軍に負けはないのだ……」


 ケルキーは、()()()()れに言葉を返した。


「ここで死ぬ気ですか?」


「殺れ……私は第三魔軍の首領ケルキーだ。たとえ負けても命など()わぬ……」


 妖術師ケルキーは覚悟を決めたかおで応えた。


 その(にら)み付ける双眸(そうぼう)はぎらりと(つよ)い光を放ち、立ち上がる力を失おうとも手負いの野獣そのものの()(はく)()ちている。


 だが賢者ベテルギウスは、妖女(ようじょ)(はげ)しい視線を正面から受け止めても何ら動じることはなかった。


「私は忍耐強い方ですが、甘さに(たい)(きょく)()(うしな)うほど愚かではありません。あなたが敗者としての立場を誤るのなら、私は残忍な手段を取ることも(いと)わない。もう一度だけ言います。軍を引き上げるのです」


 落ち着いてはいるが、胸許むなもとを深く突き刺すような鋭さで賢者は言い放った。


「くどいわ!!」


 静寂の空間に、それでも折れぬ妖術師の(りん)とした声が響き渡った。


 ややあって——ベテルギウスは立ち上がり、腰に()いた細剣(レイピア)(つか)に、初めて手をかけ抜き放った。


「そうですか。ならばあなたには、今ここで死んでいただく——指揮官であるあなたを倒せば第三魔軍の戦力は確実に半減する。そこに()けることにしましょう」


「!?」


 ケルキーは目を閉じ、これから与えられる苦痛を予感し、密かに歯を食いしばった。







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