待ち受ける賢者
クレティアル城は閑散としていた。
城内で縮こまっているであろう人々の姿はなく、ましてや死に物狂いで迎え撃ってくるはずの兵士たちも全くいない。
外より見えた人の姿らしきものは、規則性をもって動き回る魔法仕掛けの人形、それに加えて賢者の操る式神の類であったのだ。
——やはり罠、か……。
先陣をきって踏み込んだケルキーの頬が、苛つきにぴくりと脈打った。
彼女の目前で、よくできたからくり人形が周期的に城内を徘徊している。そして式神と思しき者も、一瞬ちらりと屋内の片隅に姿を見せた気がしたが、すぐにどこぞに姿を消してしまった。
だが、あえてそれらを無視するように顔を伏せて思考を巡らせていたケルキーは、突然サッと魔杖を持つ片手を薙ぐ。
背後から雄叫びを上げて城内に雪崩れ込んでくる第三魔軍突撃部隊は、指揮官の指示にぴたりと動きを止めた。
妖術師ケルキーは慎重に片手を上げたまま、もう一度、辺りを見回してみる。
——未だ帰らぬ斥候たちは、どうなったのだ?まさか、そう簡単に始末されたとも思えぬが……。
妖女は瞑目し、研ぎ澄ました六感で城内を探った。紫色をイメージした思念波が広がり、水面に落ちた波紋のように、城の隅々にまで浸透していく。
ケルキーは目を閉じたまま、にやりと嗤った。
——いるな。ベテルギウス……ククク……。
彼女はまぶたを開くと、ゆっくりと息を吐き出した。
——そうだ……ここからは、策を弄する局面ではない。力と力の戦いなのだ!真の強者として雌雄を決するときなのだ!!
己の内心だけに存在する魔物としての——否、この地上に覇を唱えんとする魔王軍の大幹部〝五妖星〟としての美学に思いを馳せ、非凡な妖術師は、重みを籠めて配下の軍勢に命令を下す。
「今より最後の作戦に移る。おそらく、これで決着が付くだろう。否──つけてみせる!突撃部隊は精鋭十名だけを残し、城外で待機せよ。だが待機中は一切、領民どもには構うなよ。よいか?必ず私の指示があるまで静かに待つのだ」
行け、とケルキーが再度片手を薙ぐと、階下を埋め尽くさんばかりの軍団は、整然と城外へ移動していく。
——いいだろう。ベテルギウス……あえて、お前の策に乗ってやろう。
後に残ったほんのわずかな手勢だけを従えて、ケルキーは靴音高く、王の広間へと向かっていった。
そこには確かな……〝人の気配〟が、ある——。




