表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第四章 双頭守護神
51/62

救援

 辺り一帯が、見渡す限りの(しょう)()と化していた。


 煙と(つち)(ぼこり)が舞い上がり、むせるような硫黄いおうの匂いが、もわりと立ち込めている。大地のあちらこちらが渦巻く火に(くす)ぶっており、岩一つ残ってはいない。


 それら岩石すらも、さきほどの凄まじすぎる呪力で瞬時に消滅したからだった。所々に(よう)(がん)(りゅう)()()まり、ぼこりぼこりと(にぶ)い音を発している。


 そんな死の大地の中央に、わだかまる染みのごとき影があった。


〝人〟のように見受けられるが、それにしては動きが全くない。そして、人にしては()(てつ)もない(きょ)()を有している。


 それは、大寺院を守護する鬼神像を想起させる、見事なまでに鍛え上げられた肉体を持つおとこ——ライガルであった。彼はまるで石像のごとく、太い腕を頭の上で十字に決めて立ち固まっていた。


 ややおいて——。


 煙の中から、もう一つの影らしきものが(うごめ)いた。


 それは、巨神を思わせるライガルの体躯に比べると、いくつにも割ったように遥かに小さく弱々しく見えた。


 だがその小さな体が、意外なまでの底力でゆっくりと漢に近づいていく。折れそうになるひざの脱力を、ふくれ上がる憎悪の力でかろうじて補い、一歩一歩を踏み出していく。


「……殺してやる……殺してやる……」


 呪いの言葉を何度も(とな)え、ボロボロにけた黒衣のドレスを(まと)う少女——灰と土埃つちぼこり(まみ)れたかおで、血の涙を垂れ流しながら(うめ)くのは、ざんにも変わり果てたアカーシャの姿であった。


「よくも……人間ごときが、この私の美貌までも……よくも……!」


 アカーシャは怒号どごうした。


 紅いひとみ(げき)()(きょう)(ねつ)にギラギラと輝かせて、ライガルを(にら)みつけながら、彼女はふらつく足で歩み寄って行った。


 もう、炎を現出する魔力はない。


 が、魔眼だけはまだ、剣呑(けんのん)な力を残していた。力()きて指ひとつ動かせぬライガルの、心臓を止めるぐらいは十分に——。


 物言わぬ闘神の間近にまで迫り寄ったアカーシャは、凄絶(せいぜつ)な笑みを浮かべた。

 もし、(にえ)を捧げられた悪魔が邪悪にわらうとするなら、おそらくこのような貌になるのであろう。


「死ね!ライガル!!」


 紅い眸が禍々(まがまが)しい光を帯び、今度こそ無力な漢にとどめを刺さんとした、その時である。


「……よ」


 ライガルの唇が、奇跡の力を借りてぼそりと動いた。


 素朴で、温かくて、どこまでも懐かしい声を発して……。


「おまえは……とても優しくて、賢い子だ。その力を……正しいことに……使いなさい……」


「?」


 ぎくり、とアカーシャの動きが固まった。


 そんな彼女に語りかけるかのように、ライガルの口元に朴訥(ぼくとつ)な笑みが浮かび上がっていった。


「父さんは……信じて……いるよ……」


「!」


 アカーシャが、目を見開いて絶句する。


「う……」


 アカーシャの(ひとみ)に宿っていた、憎しみの炎がゆらりと揺れる。


「……う、うう……」


 その眸の炎が揺れて、揺らめいて、大きくうねって──そして消えていった……。


 次の瞬間、魔少女の(のう)()を一筋の光が刺しつらぬいた。


「うう、ううううううううううわあああああああああああああ!!!」


 アカーシャは絶叫した。


 眸から光彩が消え、未完成な禁呪の発動により内奥(ないおう)で生じかけていた負荷が、今になって彼女の肉体を襲い、全身を真っ赤な炎で包んだ。


「お、お父さん!お父さん!!おおおおおおおおおおおおおお!!!」


 地獄の業火を全身に(まと)い、灰と泥にまみれてもなお美しいその貌を、()(もん)の表情にゆがめて胸をきむしる。

 (わめ)き、(うめ)き、よろめき続ける。


「おおおおおおおおおおおおおわああああああああああああ!!!!」


 見えない何かに(つか)まろうと、のたうつようにもがき続ける。


 燃える体を懸命に両手で抑えながら彷徨(さまよ)わせる。いつまでも、どこまでも、足掻(あが)き、苦しみ、叫び続け……そして——。


 今度こそアカーシャが力尽き果て、膝を折って地に伏した。分裂した炎と血が、魔少女の体からぼたぼたと大地の上に流れ落ちていった。


 だが、その時——。


 どこからか〝風〟が吹いた。


 (あま)つ風を思わせる、不可思議な魔力を帯びた〝風〟だった。

 その風は、まるで意志を持っているかのようにアカーシャだけを優しく吹き抜け、彼女の全身を燃やす炎を、(またた)()にかき消していった。


 風が、(つむじ)を巻いた——。


 (つむじ)は静かに幻妖(げんよう)な動きで、人の姿を(かたど)った。それはゆっくりとだが、(なめ)らかな流れで空間の中に溶けていき──。


 いつの間にか魔少女の(かたわ)らに、強靭な漆黒のマントをなびかせた、美しい若者が立っていた。


 舞い上がる土埃(つちぼこり)すら全く寄せ付けない、(きら)めきに満ちたプラチナの髪。吸い込まれそうに魅了させる瞳は、碧と金の左右異なる光を宿す。高く細い鼻梁と理想的形状の唇も芸術美と呼ぶに相応(ふさわ)しく、まだうら若い少年にしか見えぬ(はかな)い印象とは相反(あいはん)して、全身から発する気配には(いち)()(すき)もない。


 漆黒の魔少女アカーシャに比しても、全く(そん)(しょく)のない美貌を誇る若者——そして、アカーシャを(りょう)()するほどの殺気を発する存在——たった今、意識を取り戻したばかりのライガルは、すでに気づいていた。


 目の前の極上の黒衣をまとい、神々(こうごう)しいばかりの輝きと、絶大な妖気を放つこの若者こそが、魔王軍の総大将として真の頂点に立つ〝魔王リュネシス〟その者であることを——。


 ライガルは、心の底からぞっとした。


 立つこともやっとのこの体では、最強無比を誇る〝魔王〟を相手に一瞬たりとも持ち(こた)えることはできぬ。


 だが若者には、(ひん)()の漢を相手にする意思はないようであった。


「アカーシャもういい」


 ライガルには見向きもせず、魔王は魔少女だけに視線を向けて、似つかわしくないまでの繊細(せんさい)さと気遣いで彼女の腕をそっと引いた。


「もう、これ以上戦わなくていい」


「う……リュ……」


 残った腕で、震える自分の体を抱くようにして、魔王を見上げるアカーシャの表情には、年相応の少女らしいか弱さが、初めて(かい)()見えた。おそらく、この若者にだけ見せる貌なのだろう。


「もういいんだ。力と能力ならおまえは明らかに勝っていた。奴もそれぐらいは解っているさ」


 アカーシャが無理に立ち上がろうとして、口を開きかける前に、リュネシスは彼女を力強く抱きしめた。彼にできる精一杯の優しさをめて──。


「もうやめろ……アカーシャ。私はいつでもおまえの側にいる。頼むから、もう戦わないでくれ。おまえは何も悪くない。後はすべて私に任せろ」


「……う……うん」


 その言葉の真意は、他の誰にも理解できないものであったが、アカーシャだけには何よりも大切な意味があった。魔少女の目から、かんきわまった涙が(こぼ)れ落ちる——だが彼女はかお()らして、意地でもそれを見せようとはしなかった。


 リュネシスは無言で、ぼろぼろに傷ついた魔族の姫をそのまま抱き上げる。


 すると待っていたかのように、ふたりの背後にゆっくりと近づいてくるものがあった。羽の生えた白一色の巨馬——魔王の愛馬である〝(びゃく)()〟と名付けられるペガサスであった。


 白夜はふたりの(そば)まで音もなく歩み寄ると、魔少女をいたわるように前足を折ってその背を(さら)した。本来、魔王以外には絶対に許さぬはずの神馬の背を——。


 アカーシャは思わず表情を(やわ)らげて、ようやくリュネシスの腕の中で脱力したかのように見えた。


 だが直後、彼女は閉じかけていた目を〝はっ〟と開けると、(かす)れる声で男に(うった)えた。


「……リュネシス……お願い……ケルキーを……第三魔軍を止めて」


「?」


「私たちは……永遠にこの世には受け入れられない()()だけど……それでも、道だけは踏み外してはいけないわ……」


 アカーシャの紅い眸が、これまでにはない(つよ)い光と熱い涙を宿してリュネシスの目を(ちょく)()した。


 魔王は、(しば)し沈思した。


 そして、アカーシャの言葉をしっかりと理解したかのように、彼女の目を見て(うなず)いた。


「わかった」


 そう言い切った直後、彼は魔少女と同じような、毅然きぜんとしたつよい表情をエルシエラの方角に向けていた。






エテルネルをご覧いただきありがとうございます。

もし、本作を《気に入った》あるいは《続きが気になる》と思っていただけたならブックマーク登録か、できれば広告下にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると、とてもありがたいです。

皆様の応援をいただいて始めて、本作を最後まで書き上げる原動力になるからです。

どうかよろしくお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ