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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第四章 双頭守護神
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極限

 しばしの静寂があった。


「う……ぬう……」


 もうもうたる土煙の中、ゆらりと起き上がろうとする巨大な影があった。

 太い腕で煙を払いながら立ち上がっていたのは、ライガルである。


 彼の上半身は、ほとんど()き出しとなっていた。あまりの高熱に衣服が燃焼をも超えて、一気に蒸発してしまったからだった。


 だが、全身を煙にくすぶらせながらも、その巨体にほとんど傷はついておらぬ。黄龍族の(きゅう)(きょく)(おう)()(まと)った闘神の肉体は、魔王軍の総帥たる魔少女の凄まじい力をも跳ね返すまでの強度を備えていたのだった。


 立ち込める(つち)(ぼこり)の中、激しい眩暈(めまい)を覚えながらも、ふらつく頭をどうにか支える。


——どこだ?どこに行った……!?


 確実な手応えはあったはず。いかに無類の力を誇るアカーシャとはいえ、ただで済んだとは思えない。


 胸をざわつかせる疑念を覚えながら、焦点の合わぬ視線を心当たりのある方に向けたその瞬間、ライガルの背に戦慄せんりつが走った。


 それは、見るものを震わせる光景だった。


 頭から、どくどくと薔薇ばら色の血を垂れ流し、美しくも凄絶せいぜつな立ち姿でこちらを(にら)む魔少女の、眼光炯々(がんこうけいけい)たる視線とからみ合うという——。


 ライガルの一撃は、確かにアカーシャの肉体に深刻なダメージを与えていた。

 だが、彼女のまとう不可視の魔法障壁は、並々ならぬ強度で物理的・魔法的な攻撃のほとんどを受け付けぬ防御能力を誇っていた。それが漆黒の魔少女を不滅に近い存在とする要因であり、先ほどのライガルの攻撃を許す一瞬の心の隙ともなった。


 そして二度目のアカーシャの極大呪文は、ライガルの全身にまともに叩きつけられたはずであった。それを受けたライガルは、その時点で本来なら燃え尽き、灰と化して(しか)るべきであったのだ。


 しかし、ライガルは耐えきった。


 そのうえで、アカーシャのほぼ完璧なる魔法障壁までも突き破るほどの攻撃に打って出た。これほどまでに予想を大きく上回る力を発揮されるとは、アカーシャといえど()(そく)(らち)(がい)であったのだ。


 魔少女の理解をも超える、物理を超越した闘神の力——(おのの)きを超えてアカーシャに、どす黒い悔恨(かいこん)の念が込み上げてくる。


 もしも、魔法障壁のエネルギーにわずかでも不足があれば——あるいは二度目の呪文発動に少しでも遅滞ちたいがあり、ライガルの攻撃力を減殺(げんさい)できていなければ——もし、それらの歯車に一分の狂いでもあれば、自分は確実に()(ざん)(にく)(かい)と化していた!


 (かみ)(ひと)()にあった最悪の結末を想像した瞬間、魔少女の崇高な自尊心がズタズタに引き裂かれた。


——おのれ!!人間ごときが!!!


 とめどなく真紅の血を吹き出して、ズキズキと痛む頭にふらつきながらも、アカーシャは物凄い(ぎょう)(そう)でライガルに歩み寄った。

 並みの人間ならばそれだけで卒倒そっとうするであろう、凄まじいまでの殺意を秘めた凶眼きょうがんであった。


「こ……殺す……殺す……殺してやる!殺してやる!!」


 無敵のはずのライガルが、この時、生まれて初めて恐怖を知った。それは、背筋の内奥(ないおう)にまで氷を詰められたかのような悪寒おかんであった。


 この娘の(たお)やかな姿は人の世を(あざむ)くもの。最も(くら)き闇より生まれし、魔女王ラド―シャの()(ぶか)き落とし子——。


 ライガルは、心の底からぞっとした。


——生かしてはならぬ。この娘の血は、今ここで断ち切るのだ!


 竜の非情なる血が、ライガルをき立てる。

 瞬時に恐怖は立ち消え、闘争心が湧き上がる。みるみるうちにライガルの表情が、鬼神の()(しょく)に染まり上がる。


Ω(オーム)!」


 戦いの奮起ふんきとともに奥義()(とう)(りゅう)(けい)が再発動して、最後の闘気が爆発的に(ふく)れ上がった。

 (かん)(ぱつ)を入れず、ライガルが前に打って出る。


「おおおおおおおおっ!!!」


 黄金の闘神が雄叫おたけびを上げて、大地の上を駆け抜けた。


 小山のような肉体が、金色の残像を(とど)めながら魔少女との距離を(そく)()に詰める。(ひん)()の妖魔に止めを刺さんと、羅闘竜勁のエネルギーと(そう)(じょう)させたライガルの必殺の秘拳が繰り出される。


——もう迷わぬ!!


 全身の骨が限界を超えた戦いに(きし)んでいるのを感じながらも、しかし闘志がそれを上回る。


 大きく振り上げた右拳が、まぶしく光り輝いた。


()(じゃ)(せい)(おう)(けん)!!!」


 ライガルの渾身(こんしん)の力を振りしぼった一撃が、アカーシャに振り下ろされた。圧縮された〝気″を全開にし、右拳に全エネルギーを集中させて放たれる秘技である。


 アカーシャからの視点では、遠く間合いの外にいたはずのライガルから、瞬時に目前に巨大な拳だけが(せま)ったように見えていたであろう。これまでいかなる強敵をも打ち倒した、闘神ライガルの最大の拳撃(けんげき)であった。


 しかし次の瞬間、魔少女の姿は跡形(あとかた)もなく消え失せる。


——何!?


 ()(ごた)えはなかった。

 ただ、彼女の姿が消える刹那、紅い魔眼が薄く輝いたのをライガルは見ている。


「む!?」


 直後、はるか頭上からぞくりとするほどの殺気を感じて、ライガルは上空を見上げた。


 かすむ視線の先に、(ちゅう)(たたず)み眸を怒りに燃やす、(まん)(しん)(そう)()の魔少女の姿がおぼろに映っていた。

 彼女の(まと)う、薔薇の刺繍に飾られた漆黒のドレスが大量の血を吸って、元の色よりもより濃い色合いのねっとりとした染みを広く大きく浮かび上がらせている。


 突如としてアカーシャの険のある表情が、消えた——。


 風もないのに、魔少女の黒髪がざわざわと逆立ち始める。


「ルーイ・ゴール・ディステェリティー……」


 漆黒の魔少女が、忘我の集中力と共に謎めいた印を結ぶ。


 途方もない何かを(かん)()しているのであろう(なまめ)かしくも不吉な韻律(いんりつ)が、(くら)く荒れ始めた天空にあふれ出していく。待ったなしに開始されたアカーシャの呪文詠唱に呼応し、大気全体を震わせるかのような莫大な魔力が広がっていく。


 どこから現れたのか、周辺一帯の小動物たちが未曽(みぞ)()の大災害の予感に、荒野の果てを目指して慌ただしく逃走する。


 大魔導士アカーシャの秘める、最大最強の超破壊呪文——それはあまりにも危険であるがゆえに太古に封印され、神からも禁じられたと言う最凶の呪法であった。異才を誇るアカーシャですら使いこなせるかは分からぬ、未完成の極大呪文である。


 成功する可能性は五分と五分。

 (あやま)てば自身が発動した破壊エネルギーの反動により、一帯はおろか己の身まで焼き尽くすことになりかねぬ、まさに死と破滅の〝禁呪〟であった。


「炎を司る全精霊たちよ。天の王より授かりし力を()めてなんじらに命ず。掌握する者として汝らに命ず。至高なる獄炎(ごくえん)の皇女として汝らに命ず。我が元に集い、煉獄(れんごく)の扉を開き、大いなるメギアの炎をもち、天を地を焼き尽くせ」


 アカーシャの眸が、大地を照らさんばかりに赫奕(かくやく)たる光明を放つ。


 呪文詠唱に魔眼の力を上乗せすることにより、困難な未知のエネルギーの顕現(けんげん)をも可能とさせた魔性の奇跡——異界より〝究極の禁断の力〟が今、呼び起こされる。


「原子の炎で灰となれ!!!黒死滅殺(メザイア)ーッ!!!!!」


 白い両掌が大地に向けてかざされ、怒りに燃える魔少女の鉄槌(てっつい)が天より下された。


「う、うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!???」


 ライガルの周囲の気温が急激に上昇する。


 それは秒単位で数千度も高昇していく、想像を絶するまでのエネルギーの高まり。


 超高熱の白光が天空より集約され、足元の土が……岩が……ずぶずぶと溶けて消えていく。


 天空からの光は極限までライガルのところに集まり、あたかも死を演出する舞台の照明であるかの如く、細くまばゆいまでの一閃(いっせん)となった。


 そして——。


 終末の(とき)を思わせる、音と光が爆発的に広がった。




 アカーシャが発動させたのは、〝核〟のエネルギーであった。


 大気中の()(りゅう)()から魔力を用いて原子を構築し、さらには魔眼で(こう)(そく)(えん)(ざん)(そう)()のごとき超膨大な配列(はいれつ)計算(けいさん)を成すことにより、即興そっきょう編纂(へんさん)した最終呪文詠唱を用いて原子結合と核融合を実現させる——すなわち魔性の異能を集大成して引き起こされた「核爆発」である。


 この破壊呪文により、生じる超高熱は摂氏四万度を超える。


 鋼鉄ですらも瞬時に気化させてしまう、この(ちょう)(しゃく)(ねつ)()(ごく)顕現けんげんは、一国を滅ぼし得るほどに深刻であった。


 それゆえにアカーシャは、闘神ライガルとの戦いにおいてやむなくこの〝禁呪〟を発動させなければならない最悪の事態をも予想し、戦いの場には無人の荒野であるウェルガンドの地をあえて選んでいたのであった。 







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