死闘
対峙するふたりのエネルギーが、大地を奥底から揺さぶり続けている。張り詰めた大気が共鳴するように震え、辺り一帯に同心円状の波動を広げていく。
いかなる魔導士も克服しえぬ致命的なウィークポイント——それは呪文発動時に必ず生じる完全無防備な状態にある。
魔法という一種の超常現象を発現させるために、術者が放射する途方もないエネルギーを喚起するトランス状態にある瞬間は、最も危険な隙をさらす忘我の一瞬でもある。
ゆえに、魔導士は呪文詠唱時には、自身を護る前衛や護衛を配置するのが定石であった。
アカーシャは今、極大呪文発動時に必要となる詠唱時間及び間合いを確保すべく、巨大なエネルギーフィールドを形成している。
すなわち戦闘領域同等の強大な魔力の力場を構築することによって、そこに無防備に踏み込む者の肉体が木端微塵に粉砕されるほどの、悪魔的テリトリーを造り上げているのだ。
それゆえ先手を封じられたライガルは、今は動くことができぬ。アカーシャの呪文発動までは耐え、その後に生じるであろうわずかな隙を狙う。
ライガルは次なる攻撃に備えて、攻防一体の構えに移行していた。
宿敵たる竜虎が一撃必殺の攻撃を狙い合っているかのように、相対する両者の間では、すでに息詰まるような超高度な攻防の駆け引きがなされていたのだ。
「サザナード・ウィズナード・ルーイス・メルス・アゼゴレス……」
やはり、先手の攻撃呪文に打って出たのはアカーシャの方であった。
鮮血の薔薇を思わせる唇が美しく揺らめき、炎の極大呪文を紡いでいく。
アカーシャのすらりと伸びた白い指が、二本から四本にそして五本へと移り変わり、優美に宙を舞い踊りながら複雑で幾何学的な印を結んでいく。
現世における炎の最上級呪文——過去に一度だけリュネシスとの戦いに使った、この地上で炎の魔女アカーシャにしか使いこなせぬ、極大呪文の発動である。
「大気に宿る炎の精霊たちよ。古の契約による獄炎の力を示せよ。我が言葉の標たるを汝らの仇と見做せ——」
アカーシャの全身から、圧縮された魔力とオーラが炎火のように燃え盛る。同時に高精度に目標を定める精神集中がなされ、かざされた掌の中に眩い球状のエネルギーが収斂し始めると——。
魔少女の眸が、目も眩まんばかりの紅蓮の輝きを放った!
「爆殺流星弾!!!」
次の瞬間、艶のある叫びと共に、巨大な火球が〝ゴオォウ〟と大音響を轟きわたらせて射出された。
それはあたかも、大空を割って炎の星が出現したかのような光景であった。
〝人〟の──否、それがたとえ〝魔のもの〟であろうとも、地上に生きる存在から生じた魔力により創造されたとは到底思えぬ、白色の尾を引く彗星——その威力は神の鉄槌に等しく、魔王を守護する無敵の巨神兵の巨体ですら薙ぎ倒し、呪から生じる一万度を超える超高熱は、鉱石ですらも瞬時に溶解させるほどのエネルギーを秘める。
その天空からの大災害を思わせる炎の大火球が、大気を引き裂く勢いで飛翔しライガルの巨体に炸裂する。
しかし——。
「ぬぅああああああああああああああ!!!」
ライガルは雄叫びを上げ、拳で気合いもろとも巨大火球を振り払った。
ドオォン!!と耳をつんざくような衝撃音が大きく響き、火の玉は軌道を変えてその勢いのまま宙に飛び退っていく。
「!?」
さしものアカーシャの貌にも、驚愕の色が過ったように見えた。
直後、猛り狂った闘神が、神速の勢いで魔少女との間合いを詰める。
同時に巨腕が容赦なく振り上げられ激しい輝きを放ち、何者をも打ち砕く剛拳となって魔族の姫を襲来し、今度こそ彼女の肉体は叩き潰されるかに見えた。
だが、この極大呪文には、さらなる一手が用意されていたのだ。
アカーシャの眸が赫奕たる光彩を放つ。魔少女の真の能力——真紅の魔眼が秘めたる力を発動させる。
彼女独自の呪文駆式を映像記憶として魔眼網膜に焼きつけ、三次元空間に投影させることで、複写するかの如く立て続けの極大呪文の発現を可能としたのである。
それは本来、この世には存在しえない異能……。
人類の魔法史上においても、またいかなる魔術の使い手であろうとも、そもそも発想も想像すらも及ばぬであろう「魔性の御業」と畏れるに相応しい悪魔的能力であった。
呪文詠唱すらなくかざした掌から、アカーシャの魔眼の射光に呼応して再度の極大呪文が撃ち込まれる。轟音とともに初弾の大火球に勝るとも劣らぬ、炎を纏った〝超新星〟が射出された。
しかし、二度目の巨大光球がライガルを直撃したのと同時に、鬼神の拳はすでに魔少女に振り下ろされていたのだ。
ドガアァーン!!!
先刻の衝突音をも凌ぐ物凄い振動音が、衝撃波を伴い響き渡った。
地は裂け、大気はかすみ、目もくらまんばかりの激しい光りが辺りを覆った。
ふたりの魔人は、極限に近い互いの攻撃の威力に呑まれ弾け飛んでいた。




