圧倒するアカーシャ
「フフフフフ……」
アカーシャは、この上なく妖美に嗤っていた。
傍らで立ち尽くすライガルは、すでに血塗れになっている。
全力で突進し、満身の力を込めて放ったはずの幾百もの打撃がことごとく躱されていた。
いかなる闘神の攻撃も魔少女には通用しない。すべてが悪魔的な絶技で受け流されるのだ。
朦朧とする意識の中、なぜ敵はライガルの猛攻を完全に予測できるのかと考える。
ありえないことだった。
いかにアカーシャが恐るべき魔軍の頭領とはいえ、その属性が「魔導士」である以上、接近戦において超一流の——しかも史上最強の「超拳士」の域にあるライガルの拳撃を、ことごとく〝見切る〟ことなど絶対に不可能なはずなのだ。
この疑念を解き明かさぬ限り、これ以上、力任せの攻撃を仕掛けることに意味はない。
ふらつく足元を精神力で支えながら、闘神は改めて紅い眸を持つ漆黒の魔少女に目を向ける。
不可思議な輝きを放つアカーシャの目——妖魔の皇女とも呼ぶべき魅惑的な紅い眸——それは限りなく光玲なきらめきを宿す魔性の紅玉——。
それと深く視線が重なった瞬間、ライガルの脳裏に一筋の光が刺し貫く。
あの魔眼……あの完全なまでの紅い魔眼で、すべてを予測しているのではないか!
ささやかな閃きが確信となり、同時に薄れかけるライガルの意識下層が、もう一つの真実を導き出す。
闘神であるはずの漢の本心も、あの美し過ぎる娘を倒すことにわずかに躊躇していたことを!
ライガルは思わず、がくりと膝を落としていた。
「……笑止な。その程度の力で、この私に挑もうなどとは——」
アカーシャの冷艶な貌に、いたずら好きの子供がするような意地悪な微笑みが、くすりと浮かび上がった。
「そろそろ死なせてあげましょうか?」
誰の目にも勝敗が明らかな一戦の行方——魔少女が優美な仕草で両手を重ね合わせ、呪文詠唱による魔力換気によって戦いに終止符を打とうとした、まさにその時である。
俯くライガルの口元から、神が降りてきたがごとき重みに満ちた胴間声が響き渡ったのは——。
「ՑՓՁՂՂբձղ・աՐՃՂՂՀՀճ・ՔՑՁԳԴԴձ……ահՑՑՐՃձձՒ-ՁԳԴԱՀմդՑՑ」
「?」
アカーシャが、思わずぎくりと動きを止めた。
真言であった。
〝羅闘龍勁〟——それは、封じられた黄龍族の秘奥義である。
体内の気脈に流れるエネルギーを、秘儀により高位次元の龍と同調させ、人智を超えた域にまで高めることで超常的な力を得る。いかに優れた才能を持つ者であろうと、人の身では会得できぬ。秘められし龍の一族の継承者でありながら「聖道」にも通じるライガルのみに習得可能な黄龍族の究極奥義であった。
この〝奥義〟を体得した者は、高僧でもあった黄龍族の開祖のみ。
その力は一撃で巨竜を打ち倒し、千の兵団をもひと薙ぎにするものであったと言う。あまりに凄まじい闘神の御業であるために奥義の発動中は理性を失い、相手の命を断ち切るまで正気に返ることはない。神に赦され、選ばれた者にしか修められぬ、本来ならば、人の身に授かることの憚られる最終奥義である。
ゆえにライガルは自らこれを封じ、〝禁じ手〟としていた。
その闘神ライガルの禁断の封印が今──解き放たれようとしていた。