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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第四章 双頭守護神
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魔王軍幹部たちのしがらみ

 (さかのぼ)ること前日の夜——。


 炎の魔女アカーシャを中心とする、魔王軍最高幹部たちのために設けられたディアム城作戦会議室——通称〝円の広間〟において、明日のルスタリア攻略におけるアカーシャとケルキーふたりだけの会合(かいごう)が、ひっそりとなされていた。


「お待ちくださいアカーシャ様。何もアカーシャ様自らが、単身で(おもむ)く必要などありませぬ」


 妖術師ケルキーは、深刻な重い表情でそう訴える。


「どうかこのケルキーにすべてお任せを。魔王リュネシス麾下(きか)において、最強の魔道部隊を自負(じふ)する我ら第三魔軍、総力を挙げて必ずやルスタリアをとしてみせましょう」


 詰め寄る美貌の配下に魔王軍総帥アカーシャは、黄金のひじけに片肘かたひじを突きながら何の感情も読み取れぬかおをしばし向け、やがて薔薇ばらの唇を開く。


「ふ……ケルキー。おまえの第三魔軍が総力で当たれば、女子どもまで皆死に絶え、ルスタリアなど草一本残らぬではないか」


 アカーシャは上品に口元に手をえながら、その幼いながらもケルキー以上に美しく威厳に満ちた貌を、可笑(おか)しそうに(くず)してくすくすと笑った。


 ケルキーはそんな魔少女のあまりの妖美さに心を奪われ、思わず貌を赤らめて(うつむ)く。


 自尊心の強いケルキーは、アカーシャに出会うまで、自分以上に強く美しい女性は存在しないと考えていた。魔女王ラド―シャですら、美しさだけなら自分が勝ると確信している。


 うら若い魔少女の貌は、完全に整った人形のように見える。それはけして誰も触れることを許されない〝(はかな)い何か〟であった。そのけがれなき尊き姫を単身で適地に乗り込ませることなど、容認できるはずもない。もしそうなれば、ケルキーの五妖星としての立場もない。


 宵闇(よいやみ)の中、漆黒の魔少女アカーシャは、さらに聞き捨てならぬ発言を繰り返す。


「明日、私はルスタリアの闘神ライガルと直接対決をする。そのための単独行動だ。すでに双頭守護神たちにも念を送って伝えてある」


「な……な!?」


 あまりに(とっ)(ぴょう)()もないアカーシャの度重(たびかさ)なる申し渡しに、言葉をつっかえて色めき立つケルキーを、魔少女は片手で制した。


「第五魔軍一万は、ジャドー共々ライガルただ一人に壊滅させられた。それは、まあいい。しかしこの上、数の上塗りでルスタリアを抑え込むような(しゅう)(たい)だけはさらせぬ。我らは誇り高き魔王軍であることを忘れてはならぬ」


「き、危険過ぎます!それに第五魔軍など、落ちぶれた者の寄せ集め。たかが露払(つゆはら)いの存在に過ぎないではないですか。ならばこそ、第三魔軍総勢五万の威で、ルスタリアの雑兵どもに魔王軍の真の力を示してやりましょう。アカーシャ様、どうかお考え直しください!」


 ケルキーは声を高めて、再び強く迫っていた。



 ―――― § ――――



〝五妖星〟は一枚岩ではなかった。


 魔王軍総帥アカーシャ配下である五人の最強戦士たち——彼らは元々リュネシスが魔王として目覚め、単独で魔女王軍と対戦した後に、魔王リュネシスの(もと)(つど)った魔族の強者(つわもの)たちであった。


 地上の魔族たちの中において、魔女王につかなかった者。あるいは、魔女王の配下につきながら反目し()(はん)した者などが、個々それぞれの理由により、魔王リュネシスの麾下(きか)に治まったのである。


 しかしリュネシスは、配下である魔王軍の存在にほとんど関心を示さなかった。


 リュネシスが自分以外の力を必要としないためなのか、大軍勢を従い(たば)ねることの(じゅう)(せき)(いと)うためなのか、あるいは全く別の理由があってのことなのか、若すぎる魔王の本心は誰にも分からない。


 当然、巨大魔軍の維持や管理にもまるで()(とん)(ちゃく)で、それらは全て実務能力に()ける軍の統領アカーシャに一任(いちにん)された。彼女を中心に、大幹部である五妖星それぞれが、独自の裁量で魔軍を束ねるという体制(システム)を作ったのである。


 結果的にこの制度は、魔女王による(いびつ)な独裁支配制度に反発して、魔王リュネシスの下に参集した魔族の戦士たちの理想に近いものとなる。


 ゆえに魔王が権限を放棄するという、魔族史上前例(ぜんれい)のない無責任な支配体制でありながらも、魔王リュネシスを頂点に巨大な軍勢が永続し、さらに膨れ上がっていく大きな要因となったのだ。


 しかし当然、()(ねん)すべきこともあった。


 魔王軍の戦士たちは本来、魔王リュネシスの配下となるべく集結した者たちである。彼らはそもそも魔女王ラド―シャを(けん)()していたのだ。


 いくら()(たい)の魔女アカーシャが、リュネシスに次ぐ実力を持つ魔王軍総帥であるとはいえ、敵の女王の娘であり、しかもまだ幼い魔少女への忠誠を誓わされることに、(なん)(しょく)を示す魔物たちは当然多くいた。


 アカーシャ自身が母であるラド―シャと誰よりも強く相対(あいたい)し、その性格も真逆に近いことを考慮に入れても、彼女を史上最強の大魔軍の頭目として認め、容易に受け入れられるものではなかったのである。


 特に上級(ハイレベル)の誇り高い戦士ほど魔王リュネシスへの忠誠というこだわりが強く、表面上はアカーシャに従うと誓いながらも、根深いわだかまりを残している者は実に多かった。


 大幹部である五妖星においては、そのしがらみが顕著(けんちょ)に表面化する。


 あくまでリュネシスへの忠誠を(つらぬ)き通した上で、魔王の(ちょく)(めい)を受け、アカーシャには職務として渋々(しぶしぶ)従うという立場を取る者。

 あるいは初めから魔王への忠誠心すら薄く、ゆえにアカーシャにも形だけの忠義を示すことで、五妖星としての要職に甘んじる者もいた。


 五妖星になったばかりのケルキーは前者の色合いが強く、すでにほふられたジャドーは典型的な後者だった。


 今でこそ、アカーシャの側近的立場の妖術師ケルキーであるが、元々、彼女の信義は、あくまでも自分に〝風の魔力〟を与えてくれた、美しく強大なる魔王リュネシスにのみ(ささ)げられたものであったのだ。


 その上で五妖星の立場や職責として、事務的に総帥アカーシャを補佐するという姿勢(スタンス)を以前は取っていて、それを(はばか)る気もさらさらなかった。


 なぜ魔界においても美貌の天才妖術師としてその名を(つと)に知られるケルキーが、ある意味においては魔族の皇女としての立場すら失っている、訳の分からぬ魔少女に(かしず)く必要があろう。


 そんなある時のことである。ケルキーが、アカーシャの意外な秘密を目の当たりにしたのは——。


 ディアム城の中で、(みょう)な鳴き声が聞こえた。


 広大な城内では誰も気づかない、あるいは気づいても誰も気にも()めないほど、うまく隠蔽(いんぺい)された微かな動物の鳴き声であった。


 不審に思ったケルキーが気配の感じた方向に魔眼をこらすと、それはアカーシャの部屋にいた。ケルキーにも見覚えがある、以前ディアム城外壁内(がいへきない)に迷い込んだ捨てられた子犬である。


 アカーシャがその捨て犬を拾い、密かにかくまっていたのだ。

 誰にもばれないよう養うため、健気に()(くら)ましの魔法までかけて——。


 ケルキーはそれまで、アカーシャに何の思いも抱いたことはなかった。彼女の強さと一定の才覚を認めないではなかったが、それ以上でもそれ以下でもなく、本気で自分が忠誠を誓うべき相手としての認識はなかったのだ。


 だが——。


 今、透視した視線の先で子犬と(たわむ)れる、あどけない魔少女の姿を見ていると、ケルキーは幼く無邪気だったころの自分を思い出し、どうしようもなく胸が痛んだ。


 ただ、ケルキーの中では、それだけのことであった。


 誰かに口を(すべ)らせる必要もなく、さりとて大げさに共感することでもない。自身の胸の内にだけ()めおくべき()(まつ)な出来事ととらえていた。


 しかし——ほどなくしてケルキーは、自分を五妖星の立場に引き上げ風の力を与えるよう魔王に強く進言してくれたのも、アカーシャであることを知った。

 ()(しつけ)な態度をとる自分に、一言も(おん)()せがましいことを言わなかった、あのアカーシャがである。


 思い返せば、アカーシャのこれまでの人となりには、さり気なく包み込むような〝魔王軍総帥〟としての(うつわ)が確かにあったではないか——だからこそリュネシスは、魔少女にだけは一目置き、すべてを任せているのではないか?


 ある時それらをつよく悟ったケルキーは以後、アカーシャに対するこれまでの非礼を内心で深く詫び、漆黒の魔少女に対して絶対の忠義を誓うようになった。


 そして、アカーシャへの(はん)(こう)(はん)()(あら)わにする五妖星たちの中で、ケルキーだけは彼女のがわにつき、他の五妖星たちと相対してでもその守護を第一の義務とした。







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