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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第四章 双頭守護神
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第三魔軍の来襲

 大地が、深い沈黙に包まれている。


 風すら息をひそめ、草木は微動だにせず、ただ乾いた空気が地の肌をでている。


 遠くに連なる山々はかすみの中に輪郭りんかくを溶かし、天と地の境さえ曖昧あいまいに見せている。


 しかし、それらはのどかな光景には映らぬ。

 果てしなく広がる地いっぱいに、静かに──そして確実に迫りくる異変の気配が漂うゆえに。

 それは、人の耳ではとらえられぬ不吉な大気の鳴動、である。


 鋭敏えいびんな者なら感じ取れる、胸をざわざわと騒がせる兆し──あるいは、国家を根底から揺るがしかねない破滅の足音──と、たとえるべきだろうか。そのような張り裂けそうな気配がエルシエラの地全体に満ちている。



 誰もが望まぬ、しかし決して避けられぬ人族と魔族の決戦の刻は、突如として空一面が厚い雲で覆い尽くされた陰気な日として訪れてきた。

 すでに真昼の時分で太陽は垂直に上っているが、大地は黄昏(たそがれ)のように仄暗(ほのぐら)い。


 終わらぬ雨期——それとも魔が訪れる日には、太陽が(かげ)るという定められた兆しでもあるのだろうか。


 静かであった。


 まるで嵐の先触れのように。


 クレティアル城の兵士たちは、粛々(しゅくしゅく)と動き回っていた。

 戦いの準備はすでに整えられ、武器・防具その他それらの配置並びに隊列や作戦などの確認が、一切の手落ちのないよう再再度までなされている。


 女たちは糧食(りょうしょく)・医薬品などの()(たく)に追われ、傷つきあるいは死ぬかもしれぬ男たちを支えられるよう、時おり(ねぎら)いの言葉を(まじ)えて忙しく立ち回っていた。その行為を通して、自分たちの不安からも解放されようとしているかに見えた。


 そんな中、大将軍の地位を任命されたベテルギウスはひとり、城の高台から前方を見つめていた。


 今日にでも押し寄せてくるかもしれぬ悪しき魔の気配を(とら)えようと、賢者は油断なく目の前の景観を見守っていた。

 すでに部下たちには、あらゆる事態を想定した(しか)るべき指示を与えてある。


 不意に、彼の(のう)()を昏い気配が(かす)めた。


 迫りくる無数の凶悪な生命の匂いを感じ取って、ベテルギウスは空を見上げた。


 すると——天に巨大な異変が生じていた。


——ついに来たか……。


 おとこは微動だにせず、しばし空を(なが)めていた。


 空を覆う暗い雲が(あわ)ただしく、そして流れに任せて奇妙な動きを見せ始めている。


 厚い雲が南北に裂け、さながら天が割れるかのように不気味に大きく開き始める。

 そこから、おびただしい暗黒が湧き上がってくる。いつの間にか風が吹きはじめている。


 その風は、得体のしれぬ力を内包しているかのように、ひどくつよい——。




 完全に守備を固めたエルシエラ街門前では、兵士たちを指揮する連隊長が、魔物たちが進軍してくるであろう東の平原——すなわち、魔王軍の駐屯するアルゴスの方角に目を向けていた。


 すでに平原は嵐となり、風が激しく吹き上がっている。しかしまだ昼間であるので、視界が(くら)むことなどあり得ない。


 だが、そこに信じがたい現象が(あらわ)れようとしていた。



 突如として、暗闇(くらやみ)のようにどす黒い竜巻が発生した。

 禍々(まがまが)しい黒雲が、物凄い勢いで(うず)()いているのが見える。強烈な稲光がビカビカと放電し、チリチリと糸のように(から)みついている。


 黒雲の(すき)()から何かが見える。


 まるで白と黒の影絵のように映し出される、非現実的なコントラスト——それは、(きょう)(もう)な魔獣たちの巨大な腕……足……羽……そして恐ろしい貌であった。

 それらが(こん)(ぜん)と見え隠れしながら、凄まじい()(ごう)(ほう)(こう)(とき)の声をともない、まさに地獄の底から(あふ)れ出る(えん)()のごとく広く(はげ)しく響き渡る。


 ひゃくせんれんのはずの連隊長が、(せま)りくる闇の軍団に目を見張り、息を呑んだ。


 部下の兵士たちはあまりの恐怖に戦慄(せんりつ)し、ある者はガチガチと歯を鳴らし、またある者は硬直してごくりと生唾を飲み込む。


「恐れるな。我らは栄光なるルスタリアの兵士なるぞ!」


 ジワリと額に(にじ)み出る嫌な脂汗を(ぬぐ)いながら、連隊長は一喝(いっかつ)した。


 魔獣たちの()(たけ)びが徐々に近づき、不気味な(だい)(おん)(じょう)となって(ふく)れ上がってくる。魔軍の総数はどれほどいるのだろうか。せめて、四万を超えていなければいいが……。



 唐突(とうとつ)に、天と地をつなぐ荒々しい竜巻が止み、幕を引くようにサーっと黒雲が四散した。


 竜巻と黒雲は、この精強無比にして獰悪(どうあく)なる〝第三魔軍〟を()べる五妖星のひとり、妖術師(ソーサラー)ケルキーの生み出した魔法現象であったのだ。


 第三魔軍全容のカモフラージュと、より(おぞ)ましい魔法的恐怖の演出効果を目的とした悪魔の幻像(ヴィジョン)である。


 魔王リュネシスから妖術師(ソーサラー)ケルキーに授けられた風の力により、第三魔軍は五大魔軍の中で、最も侵略と魔力に特化していた。


 その、魔王直属のまわしい魔獣・魔物たちの大軍勢が、闇の中から解き放たれる。


 兵士たちの視界いっぱいに広がる悪魔たちの大軍勢が今、(はげ)しい()(たけ)びを絶え間なく上げ、地響きを立てて進軍してくる。


 第三魔軍軍団長ケルキーが率いるのは、主に人外の魔道部隊である。


 アカーシャ配下の五大魔軍の中でも、特に魔法戦闘を得手とする者たちで構成された、この第三魔軍の核となる魔道部隊は、黒い法衣(ローブ)に全身をくるんだ(がん)(こう)(けい)(けい)たる魔人たち——妖術師ケルキーに絶対の服従を誓い、想像を絶する鍛錬たんれんによって身につけた闇と破壊の魔術に特化する魔道士たちである。

 さらには彼らに混じり少数の、より上位の暗黒魔導士たちが魔道部隊の(かなめ)──すなわち、第三魔軍の首領ケルキーの側近として配置されている。


 これら魔道部隊は後衛として、第三魔軍の指揮系統を(にな)う。


 そしてその、地獄からの使者である幽鬼のごとき魔道士たちに引けを取らぬ、凄まじいまでの魔獣たちが前衛をつらなっていた。


 三メートルをも大きく上回るライオンの胴体に蝙蝠(こうもり)の翼、そしてサソリの尾を持つ()まわしき合成獣マンティコア。

 続いて、マンティコアの上位の合成獣であり、さらに一回りは大きなたいを誇り(わし)の頭と翼を持つグリフォン。


 これら一体で、人為兵団一部隊もの戦力に相当する魔獣たちが、四千強も先陣に存在している。

 また、妖術師キルケ―により創り出される〝魔空間〟の中では、それらの魔獣たちはさらに活力を得、戦力が飛躍的に増強するのだ。


 そしてまた中衛には、乗用獣として馬よりも優れた巨大人食い虎を乗りこなす蛮族戦士団。加えて、太古の秘術により半獣半人の肉体を得るに至った、風貌(たくま)しき獣人族の戦士なども存在する。

 これらは獣人部隊として、有り余る力ゆえに暴走しかねぬ魔獣部隊の束ね、あるいは中衛として攻守に関する役割を受け持っている。


 見渡す限りの闇の海原のような悪魔の大軍団は、〝暗黒の魔空間〟とともに遥か後方にまで伸びており、まだ見えざる何かがそこに潜んでいるのかもしれぬ──その総数は明らかに、エルシエラをたやすく滅亡させるであろう〝四万〟をも大きく上回っていた。







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