表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第四章 双頭守護神
32/65

精霊の羽衣

〝精霊の羽衣〟——それは、遥かなる神話の時代に、愛の守護天使ルミナスが(まと)っていたとされる天界の羽衣である。


〝精霊の羽衣〟は、現代でも謎に包まれている〝女神の三装具〟に象徴されるルミナスに関わる三つの秘宝のひとつであった。




 その昔、ルミナスは地上に降り立ち、ひとりの清らかなる精霊の少女ラクレシアに自身の光輝く羽衣を(たく)した。やがて(しゅう)(まつ)(とき)に訪れる暗黒時代を予言し、その刻に至るまで神の御名の元、正しき国を創り、羽衣を(まも)り続けるようにと(けい)()して。


 驚くラクレシアに、愛の天使はその美しき(そん)(がん)()(げん)()めて、さらにこのように告げたとされる。


「恐れることはありませぬ。暗黒と共に、必ず光も訪れます。終末の刻に、私の名を(かん)する者が現れましょう。彼女にこの衣を授けなさい。さすれば大いなる光が満ち、世界は安息に包まれるでしょう」


 守護天使の天啓てんけいを受け入れた精霊はその後、羽衣を(まと)い、神の言葉を()く予言者となり、正しく人々を導いた。

 羽衣は常に精霊と共に()り、光の(しるべ)となり、彼女の偉業に力を貸した。


 そして精霊は、定めに従い王国を立ち上げんとする竜族の始祖レミナレス一族を補佐し、竜の王国ルスタリアの建国に(たずさ)わる。

 彼女はルスタリアの予言者として良き治世の()(はん)となり、国は大いに栄えた。


 精霊は神の御名の元、長く国を治め続け、数百年の後に(せい)(きょ)する。


 レミナレス王家を永く正しく支え続けた精霊は、偉大なる預言者として人々から深い敬意をもって(たた)えられた。


 彼女の(まと)っていた羽衣は〝精霊の羽衣〟として語り伝えられ、今でも王家の儀式の折には、代々の王女がその羽衣を纏い儀式を為す。


〝精霊の羽衣〟は、永遠に守られるべきレミナレス王家の象徴であったのだ。




 ベテルギウスはそんな伝承を思い返しながらしばし目を閉じ、そして、しっかりと目を開けた。


「〝精霊の羽衣〟は、神より授けられし我が国の()(ほう)——そもそも私の一存で授受できる物ではありませぬ。そしてできたとしても、けして捧げられる物でもありませぬ」


 その口調には、断固とした(つよ)さがこもっている。だがアカーシャは、構わずに続けた。


「ふたつ目の条件は、()(ざん)に滅ぼされた第五魔軍の代償として、ルスタリアの守護神ライガル——あなたの命をいただきたく存じます」


 腕を組み瞑目(めいもく)していたライガルの両目が、その瞬間、〝ぐわっ〟と見開かれた。


 一見いっけん、穏やかに見える対話の流れの中で、魔少女がいずれ敵意をむき出してくるであろうことを覚悟していた闘神のたかぶりであった。


「これが、私が先程さきほどのべたあなた方への礼——ルスタリアの平和を誰よりも望む、誇り高きあなた方の意志を尊重して、我が配下一万の大軍勢をライガル殿ひとりの命と特別に引き替えましょう」


「断る、と言ったら?」


 ベテルギウスは、アカーシャを正面から見据(みす)えて問うた。


「ならば、力で奪うまで」


 アカーシャはあくまで淡々と冷笑し、そこでようやく月に向けていた(れい)(えん)な視線を、ゆっくりとふたりの漢に向かって放つ。

 その瞬間、魔少女の胸元に飾られた魔紅玉(ルビー)首飾り(ネックレス)と、右の肩に刺繍されている薔薇の花が、えた月の光を受けて鮮やかなまでの真紅の輝きを放っていた。


「理解なさい。これは私が魔王軍の頭目であるからこそ初めて成り立つ破格の条件。ここまで甘い提案をする私は、魔族の上に立つ者として、どこまでお人好しなのだと自責したいぐらいですよ」


()めませぬ」


 ペテルギウスは、()ました顔のまま応えた。


「我らは神よりこの国を守る使命を授けられし守護星。魔物の供物などに捧げられる身ではありませぬ」


「それは、私とライガルの直接対決を交えてのこと……と言ってもか?」


 唐突にアカーシャの口調が、ぞっとするほど恐ろしいものに変化した。


「ほう」


 さしもの賢者も予想すらできなかった魔少女の申し出に、あからさまに表情を強めていた。


 まさか聡明なはずの魔族の姫が、己の優位な立場にあやかって本気で命の要求をしてくるほど愚かな訳はないと思っていたが、こちらが断る理由をなくすために、このような隠し玉を用意していたとはあまりに意外だった。


 (いっ)(かん)して沈黙を守っていたライガルの体からも、今は臨戦態勢に入ったかのように、不可視のオーラが(にじ)み出ている。


 漢たちの闘気に反応したアカーシャが、語気をさらに強めて言った。


「五妖星の末席でしかないジャドーと、ゴミの寄せ集めに過ぎぬ第五魔軍を打ち砕いた程度で(うぬ)()れぬことだ。私があれらをルスタリアに差し向けたのは、当初よりそなたと第五魔軍との共倒れを狙ってのこと——だがそのような策も、もういらぬ。ゴミの始末の(わずら)いも無くなった今、我が魔軍が真の力を解放すれば、ルスタリアなど虫を踏みにじるように()(やす)く滅せられるわ」


「そう、うまくいくでしょうか」


 ベテルギウスの瞳も、(いど)むような光を放っていた。


「次なる戦いにおいては、私や兵どもまで静観(せいかん)する気はありませぬ。すでにライガルひとりに一軍を失った魔王軍。我らが力を集結すれば、ほぼ確実に二軍、三軍と失うことになりましょう」


「ほう?愚かな……まるで解っておらぬと見えるな。ならばベテルギウス。そなたはせいぜい()(ぞう)()(ぞう)ををかき集め、五妖星のひとりケルキー率いる第三魔軍を止めてみよ。魔王に力を与えられ、我が直接の配下にも(つら)なる魔道部隊。(ぜい)(じゃく)な第五魔軍とは、戦力の(けた)がまるで違うぞ」


 アカーシャはベテルギウスに厳しく言い放ち、続けてその近づき(がた)い高貴な美貌をライガルに向けた。


「そして確かに、このまま兵どもだけに任せていても(らち)が明かぬ。私とそなたの直接対決により、闘神ライガルの処刑と見なそうではないか。この世界に()()さんとする、我らとの力の差を思い知るがいい」


 沈黙が落ちた。


 一触即発の——その場を(するど)く研がれた(やいば)(はし)り抜けていくような、危険な沈黙が。


 漆黒の魔少女アカーシャの視線と黄金の闘神ライガルの視線が、剣の切っ先を触れ合わせるように、火花を散らして交わり合う。


「約束しろ」


 黄金の闘神の(かみ)()かった(どう)()(ごえ)が、この危険な交渉の場を借りて初めて低く(とどろ)いた。


「もしおれが勝てば、今度こそルスタリアの平和を——」


「いいわ。約束してあげましょう。魔王軍総帥アカーシャの言葉として——もしあなたが勝てば……あり得ぬことですが……」


 アカーシャの眸が、淡い紅みを帯びて妖しく光る。それは、よい空に浮かんでいる月の光よりも、はかなげでえて見えた。

 直後魔少女は、幻のように静かに跡形もなく消えていく。


 後にはただ……暗鬱(あんうつ)(はら)ませた、しじまだけが残されていた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ