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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第四章 双頭守護神
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怒り狂う魔女

 アカーシャは激怒した。


 戦と(ぎゃく)(さつ)(はや)ろうとする五妖星たちを、彼らには聞き慣れぬ将の品格の(ことわり)をもって(さと)し治めていただけに、これ以上にない形で顔に泥を塗られたことになる。


〝魔王軍総帥〟としての要職に就いたばかりで立場も確立されてはおらず、配下の中には若く美し過ぎる彼女に対して、その実力を知りながら下卑(げび)た疑念を抱く者も少なくはなかった。


 つまり、その美貌で魔王に取り入っただけではないか、と──そんな彼らの反抗を増長させる、絶好の口実までも与えてしまったのだ。


 あくまで冷静さを装ってはいたが、内心の怒りは凄まじかった。


 使いの魔導士が無惨にも切り捨てられた、という知らせを受けたときには、さしもの彼女も真っ青になった顔を、配下の者たちに見せぬよう手でおおい隠しながら、しばらく小刻みに震えていたほどだった。


 ゆえに五妖星の中で最も(ざん)(ぎゃく)かつ悪辣(あくらつ)なジャドーが、嬉々(きき)としてルスタリアの王都エルシエラ攻略の尖兵(せんぺい)として名乗りを上げたとき、アカーシャはニヤリと妖美な笑みを浮かべ、無言のまま(あご)をしゃくるようにしてエルシエラの方角を示した。


 

 このようにして、ルスタリアでの戦いの()(ぶた)は切られたのである。



 ―――― § ――――



 星ひとつ見えない真っ暗な夜空の下。


 エルシエラに隣接りんせつする大平原を、不気味な軍勢が凶虐(きょうぎゃく)なる悪意を持って、粛々(しゅくしゅく)と列をなして進んでいく。


 デュアール平原で敵を見張るエルシエラの(しょう)(かい)(へい)たちを、そうと気づかせる前に見事なぎわ惨殺ざんさつしながら、葉を喰らう長虫のようにルスタリアを侵略し、着実に王都エルシエラを目指して進撃している。


 ()みなる暗殺者ジャドー率いる、第五魔軍一万の大軍団であった。


 静かなる平原の夜に一万の怪物たちの息吹と、無数の鎧のれ合う音が、耳障りにガチャガチャとかなでられていた。




 いくつかの夜をまたいだ、どんよりした曇り空の早朝──。


 どろどろどろ、と地獄の底から湧き出したようなどよめきが、王都に近い平原の(りゅう)()に響き渡っていた。


 街の人々はそれを初め、夏の雷雨の(とどろき)かと思った。

 だが直後にそれは、エルシエラを望む丘の上に一斉に現れた悪魔の大軍勢の地響きであると知り、人々は恐怖に色めき立った。兵士たちは決死の戦いを覚悟し、弱く戦えない者たちは絶望に(すく)み上がった。


 まさにその時である。

 都を背に守るように、ひとりの巨人が姿を現した。まるで仁王像に命を吹き込んだかのごとく、荒々しくも完璧な肉体を誇るおとこである。


 ルスタリアの王子にして、憂国の守護神ライガルであった。


 邪悪な大軍勢を見据える巨漢の全身が、黄金の薄い膜に包まれている。それは内側に抑制されている闘神のエネルギーとして、静かに大気を鳴動させていた。どれほどの力を蓄えているのか想像すらできぬ、膨大な闘気のはつである。


 平原を埋め尽くす悪鬼の前に立ち(ふさ)がる史上最強の拳士のかおは、力強く精悍せいかんで、同時に高潔こうけつな覚悟で満ちている。


 対して、大地を揺るがすほどの凄まじい響きが、再度湧き上がった。

 黒い(じゅう)(たん)のように広がる第五魔軍が武具を持って打ち鳴らした、けたたましい(とき)の声が、(いっ)(せい)(とどろ)いたのである。


 耐え難いまでの圧力に人々が恐慌へと(おちい)りかけたその刹那、ライガルの貌が、(あく)(ぎゃく)なる魔軍を睥睨(へいげい)して闘神の猛貌(もうぼう)へと変わっていく。


 内に秘められていた大いなる力が、戦いの刻を前に抑制から開放されて際限なく高まっていく。対峙する魔軍の邪気ですら押し戻す、凄まじいまでの闘気の顕現けんげんであった。


 心正しき闘神の出現で、人々の恐怖は(ぬぐ)われる。代わりに希望が(つむ)がれる。静まり返っていたエルシウスの街壁(がいへき)の中から、いつしか群民の大きな歓声が上がっていた。


 しかし、兵士たちは()(そう)な表情で、敬愛する主の意志に従い街と城の守備を固めている。彼らはいかなることがあろうと、ライガルの戦いに手を出すことを禁じられていた。




 ひしめく忌まわしい魔物たちの群れの中、頭一つ分長身の第五魔軍の将ジャドーは、どす黒い籠手(こて)を皮肉たっぷりにベロリと()めながら、ふふんと凶気のもったいやらしい笑みを浮かべていた。


 百メートルほどの距離を開けて、動きを止める両者の緊張感が、恐ろしい勢いで(みなぎ)り始める。大地が震動し、空気が一変し、気が炸裂さくれつした——その瞬間、両者はどちらからともなく接近した。


 確実に、ルスタリア全体までが音もなく震えた。




 そうしてライガルはひとり、エルシウスを死守したのであった。







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― 新着の感想 ―
アカーシャの足を引っ張りたい魔王軍の誰かがレミナレス王の精神にちょっかいをかけた? まだ不透明ですけど、魔王軍も一枚岩では無さそうだし、あり得るかも? (´・ω・`) ライガルは強い。まさか撃退する…
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