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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第四章 双頭守護神
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闘神ライガル

 青々とした平野が、地平の彼方(かなた)にまで続いている。


 限りなく広い大地の海原を思わせる草原が、そこに横たわっていた。


 なだらかな()(ふく)がいくつも重なり合い、その合間に大小の森林が点在する他は、ほとんどの面積を緑の草が占めている。そこに広がっている(くさ)(やぶ)が、風にざわざわと揺れている。


 安穏な時であれば、誰もが(いこ)いと安らぎを得られるであろう、草いきれの()もる果てしない大草原──それは、デュアール平原と言われた。


 ルスタリアの王都エルシエラの東部を、アルゴス国境にまで(ゆる)やかに展開する大平原である。


 すでに語られた物語から、時を(さかのぼ)ること百年。


 若き魔王リュネシスの、()(とう)のような世界征服の嵐が吹き荒れていたこの時代——平和なルスタリアにも、戦いの地を求める魔王の恐るべき大軍勢が、デュアール平原に無数の魔物たちの足音を震わせていって、侵略の第一歩を踏み出そうとしていた。



 ―――― § ――――

 


 不気味に静まり返っている。


 真昼の時分であったが、ルスタリアの雨期は雨が降らずとも曇天(どんてん)で、天は分厚い雲で(ふた)をされ夕暮れのように仄暗(ほのぐら)い。


 生暖かい風が吹いている。風はあちらこちらで(つむじ)を巻き、血の匂いを運んでいる。


 緑の大地の上に転がるものがある。それは魔物であった。


 ただし、その命は失われている。魔物の(むくろ)はひとつではない。腕の無い者、又は半身を千切(ちぎ)られた者、あるいは頭を叩き(つぶ)された者──。


 数え切れぬほどのむくろが、(みな)凄まじい死に方で()(ざら)しとなっている。


 魔物たちのほとんどが、オークやゴブリンと呼ばれる下等の魔族たちであった。

 彼らは知能は低いが人間よりも遥かに力が強く凶暴で、さらには繁殖能力も高いため、戦の最前線を(にな)う魔族の尖兵(せんぺい)として使われることが多い。


 そのオークやゴブリンたちの()(がい)がより一層(いっそう)集まる中心に、ふたりの男が(たい)()していた。


 ひとりは全身に傷を負う、桁外(けたはず)れの巨漢である。


 三メートル近くあるのではないかという規格外の背丈に、はち切れんばかりの分厚く完成された筋肉の鎧を(まと)っている。

 髪はざっくりと切りそろえられた短髪で、猛虎の猛々(たけだけ)しさを示さんばかりの黄金色。

 眉も、瞳も、輝くような金色であった。顔はりが深く精悍せいかんで、それでいて見る者に高潔な印象を与えるますである。


 漢の名は〝ライガル・ゼクバ・レミナレス〟。


 秘められた竜の血脈を受け継ぐ、誇り高きレミナレス王家の王子にして、史上最強の拳士であった。


 漢は(まん)(しん)(そう)()となって、全身を魔物たちの返り血と、己の赤い血に(まみ)れていた。意識は今にも途切れそうなほど朦朧(もうろう)としていて、荒い息で耐え、なんとか立ち構え続けている。


「化け物め……」


 (たい)()する男が、()まわしげに吐き捨てる。


 暗黒よりもなお黒い、漆黒の鎧に全身を包んだ痩身(そうしん)の男であった。


 こちらも二メートルを優に超えるかなりの長身を有してはいるが、相対する金色の漢のてつもない巨大さの前では、並より少し背が高い程度にしか感じられない。


 だが、その男も到底とうてい尋常の存在には見えなかった。


 男がまとう鎧の(いた)る所には不気味な(とげ)がにょっきりと生え、胸には毒々しいサソリの紋様(もんよう)が刻まれている。いかなる者が、こんな邪悪な防具を生み出したのであろうか。


 まるで(おぞ)ましい殺意をそのまま素材にして、成形されたのかと思わせる禍々(まがまが)しい鎧であった。


 男の目の下から(あご)までは、やはりどす黒い(かぶと)(めん)ほほ(おお)われていて、その表情を(うかが)い知ることはできぬ。

 ただ、兜の(ひさし)の奥でその双眸だけは爛々(らんらん)と、けして満たされることのない欲望の輝きを放っていた。


暗殺者(アサシン)ジャドー〟。


〝炎の魔女アカーシャ〟が統括(とうかつ)する魔王リュネシス麾下(きか)、最高の戦闘能力を有する五人の戦士たちに与えられる(しょう)(ごう)——〝五妖星〟の一人にして、悪名高い第五魔軍の将である。


 五妖星の中で最も残忍なこの男は、歪みきった気性ゆえに魔王軍においてすら忌み嫌われている。

 しかしその獰悪(どうあく)(せい)(じょう)こそが、五妖星の一角(いっかく)(にな)う超一流の暗殺者として、天性の資質をジャドーに与えていた。


 呪われた暗殺者は、腹黒い怒りを()めて(わら)う。


「おれの第五魔軍一万を、よくもぶっつぶしてくれたなあ——ただの殺され方で済むと思うなよお?いーっひっひっひっひっひ……」


 ジャドーが両腕を構えるとともに、(いびつ)な形状の黒塗りの短剣が、両腕の籠手(こて)の中からジャキン!と飛び出した。


〝アサシンブレード〟と呼ばれる即効性の猛毒が塗られた短剣を、相手の死角から突きさす武器である。


 ()まわしい邪剣ではあるが、こと戦場においての殺人術として用いる武具としては、これ以上に効率の良い人殺しの()(もの)は存在しないであろう剣呑(けんのん)(きわ)まりない一撃必殺の凶器であった。


 そして、この邪剣を使いこなすのに、ジャドーの右に出る者はいない。


「なあ……なんで俺がこんな余裕かませるか解るかぁ?」


 いきなり妙になれなれしい口調に変えて、ジャドーはいかにも意地悪く大きな唇のはしを吊り上げた。


「さっき風上から毒を()いておいたんだよお。さすがのてめえでも、そろそろ効いてきたんじゃあねえのか——ああ?闘神ライガルさんよお——」


「!?」


 ライガルの眉が、わずかに(ひそ)められる。


 戦いによる極限の疲労とは異なる、別の種類の何かに急速に体力を奪われていくのが解る。

 明らかにそれは、毒による効能であった。しかも並みの人間なら、瞬時に致死量に達していたであろうほどの毒性であった。


「……にしても、よく立ってられるなあ。スゲー野郎だ。いや、殺しがいあるわこの兄ちゃん」


 嘲笑(あざわら)うジャドーの構えが、なにやら奇怪に(うごめ)いた。


 矢を射るような殺気が放たれようとする、不吉な予兆——しかし、ライガルは動かない。不動の構えで暗殺者を見据(みす)えている。


「安心しな。お前だけは俺様の手で、き~っちり止めを刺してやるぜえ。俺様の〝アサシンブレード〟に狙われて、生きていた奴は一人もいねえ。つか、こんだけ俺様の軍をめちゃくちゃにしてくれたお前を、絶対に許すわけにはいかねえ」


 ジャドーは息を止めて、冷たい眼でライガルをにらんだ。しばしの静寂とともに、その痩身(そうしん)から昏い殺気が(ほとばし)った。


 直後、暗殺者が突撃に転じる。


 呼気とともになされた、凄まじい(はや)さの攻撃であった。毒に濡れた二本の〝アサシンブレード〟が、奇妙な動きで高速回転する。


「喰らって死ねや!!闇影の阿修羅斬り(シャドーシュレッダー)ーっ!!!」


 ライガルの視点から、視界を(おお)()くして阿修羅の腕のようにのたうつ、無数の刃が残像を(ともな)って襲い来るのが見えた。その動きの一つ一つに全くの規則性はない。いかなる達人であろうと見切り不可能な、暗殺者ジャドーの必殺の剣撃である。


 この時に至っても、ライガルは黙して動かない。

 ただ、己に迫る数え切れぬ刃を、微動だにせず受け入れていた。


 剣呑な刃は百の方角からその全ての軌道を変えて、ライガルの全身の急所に振り下ろされる。人中に、喉に、みぞおちに、心臓に、それらすべてに正確な狙いが定められ撃ち込まれた。

 ドガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ!!


——()ったあ!!


 殺しの快感と勝利の到来に、暗殺者の頬に野卑(やひ)な笑みが浮かび上がった。


 しかし——。

 快楽の波はすぐに()(さん)した。代わりに伝わったのは、手元の刃がバキリと砕かれる嫌な衝撃であった。


——何ィ!?


 ジャドーの眼が驚愕(きょうがく)に見開かれる。


〝アサシンブレード〟は確かに、ライガルの急所を(とら)えて振り下ろされていた。

 だが破壊されたのは、その二本のブレードの方だったのだ。


 ライガルの全身が、金色(こんじき)のオーラに包まれていた。

 その体内に(たくわ)えている最後のエネルギーを一気に(ふん)(しゅつ)させ、圧倒的な闘気の鎧として身に(まと)い、(かい)()()(のう)なジャドーの必殺技を〝気〟の(しょう)(へき)(はじ)き返したのであった。

 そして、同時にそれは強い衝撃となり、暗殺者の(あつ)い鋼の刀身をも粉々に()(さい)していたのだ。


——ば、バカな!!


 想定外の事態に我を失ったジャドーの背筋が、次の瞬間に硬直する。


 完璧に鍛え上げられた、丸太のように太い腕が意外な(はや)さでぬっと伸びてきて、必殺技発動直後の暗殺者の(すき)ある貌をがっしりと(とら)えたのだ。


——しまった!!


 気付いた時には遅きに(しっ)していた。ライガルの万力(まんりき)のような両掌に(はさ)まれた感覚に、ジャドーは慄然(りつぜん)とする。


 この時()みなる暗殺者は、はっきりと見た。

 目の前の漢の疲労に消耗していたはずの貌が、みるみるうちに鬼神の如く凄まじい形相に変化し、放射された陽光さながらに黄金の輝きを放ったのを——。


 ジャドーの中で、(ぼう)(ちょう)しきった恐怖の感情が(はじ)けた。(おのの)きに全身が、がくがくと震えだす。


「は、放せ!放せ!!放してくれー!!!」


「ぬぅうあああああああああ!!!」


 闘神の咆哮(ほうこう)と、暗殺者の(ぜっ)(きょう)が重なり合った。


 この世のものならぬ苦痛と絶望が、ジャドーの(のう)()を一気に駆け(めぐ)る。


 グチャ!!


 ひしゃげたトマトのような音を立てて、ジャドーの頭は兜ごとライガルの両掌で押し潰されていた。割れた()(がい)の中からどろりとした(のう)漿(しょう)が大地に飛び散る。これがこのどす黒い暗殺者の、哀れな成れの果てであった。


 直後、力尽きてライガルもその場に(くず)れ落ちていた。


 降り始めた雨が、戦士たちの(しかばね)を音もなく叩く。


 地を()めるようにうつ伏せに横たわるライガルの視界が、ゆっくりと(かす)んでいく。雨に冷たく濡れていく背を感じながら、孤高の闘神の意識も深い闇に落ちてゆく。


 やがてライガルの体全体が、ふわりと白く温かい光に包まれていき——そうして、幻のように跡形もなく消えていった。






エテルネルをご覧いただきありがとうございます。

もし、本作を《気に入った》あるいは《続きが気になる》と思っていただけたならブックマーク登録か、できれば広告下にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると、とてもありがたいです。

皆様の応援をいただいて始めて、本作を最後まで書き上げる原動力になるからです。

どうかよろしくお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
主人公がシフト? それとも群像劇のように色んな視点で描かれるのでしょうか? 大きく変わったばかりでまだ把握しきれていませんけど、読み進めながら理解していきたいと思います。 (´・ω・`)
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