去り行く魔物たち
くろく塗りつぶされた、ふたりだけの暗闇の中で、リュネシスはぽつりと語りかけた。
「アカーシャすまない。おまえの物まで……私が勝手に奴らに捧げてしまった……」
アカーシャは、ゆっくりと近寄って来ると、リュネシスの腕の中にしなだれかかり儚げに応える。
「いいのよ。たかが城や宝石じゃない……どうせこの世に、私たちだけの物なんて何ひとつないわ」
そのまま彼女は、愛しい男の胸に憂うる眼をそっと伏せて──。
——お父さん、今までごめんなさい……プシュケ、ごめんなさい……本当にごめんなさい……。
アカーシャは、すすり泣いた。
それが少しずつ、物哀しい嗚咽へと変わっていく。
リュネシスは瞑目したまま、アカーシャの頭をいつまでもいつまでも大切に大切に撫で続けた。
彼にできる、精一杯の優しさで。彼女が永遠に、こうしていたいと思うほどに。
どれほど長いことたったろうか——。
ようやく嗚咽が治まりかけた頃を待って、リュネシスは安らかに囁いた。
「アカーシャ」
「なーに?」
「すまなかった」
「私の方こそ……ごめんなさい」
沈黙がおちた。
このふたりの間だけの、ほろ苦く心地よい沈黙が——。
今度はアカーシャが、リュネシスの胸にしがみついたまま、しなやかな白い指に精一杯の力をこめて密やかに言った。
「リュネシス……」
「うん?」
「愛してるわ」
「私もだよ。アカーシャ……」
乾いた声で、しかし、その言葉にわずかな温もりを籠らせて、魔王は穏やかに応えた。
そして、しっかりと漆黒の魔少女を抱きしめた。
ふたりはまた、長く重なり合っていたが──。
静寂が辺りを包み、夜の帳が下りた頃、ようやく黒衣のふたりは体を離して立ち上がった。
もう、ふたりの貌は、憑き物が落ちたようにすっきりとしている。
ふたりは歩き出した。心なしか軽い足取りで——。
「ねえ、リュネシス」
「うん?」
「これからどうするの?」
アカーシャは、普通の幼い少女のように、無垢な仕草で聞いた。
「そうだな……」
リュネシスは、優しく苦笑した。
「おまえはどうしたい?」
「わたし?」
「ああ。おまえのしたいようにしたい」
「そうね。だったら……」
アカーシャは、可愛らしく口先に指を当てて思案する。
「何もしないことをしない?可能な限り何もしない」
「そうだな。そうしよう」
「すべては、ただ、あるがままに——」
「ああ」
ふたりは歩いた。
汚れた心を抱えたまま、それでも正しい道を模索するために。
やがてふたりの姿は、白い月の〝クリスタルピアス〟と、赤い星である〝魔紅玉の首飾り〟の輪郭だけをキラリと浮かび上がらせて、しだいしだいに朧気になってゆく——。
そうして人々の記憶から彼らの存在が完全に失われたと同時に、ふたりの魔物たちは、幻想のように夜の闇の中に溶けて消えていった。
この世界の誰もが幸せでありますように——。