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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第一章 魔王リュネシス
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光と闇の堕とし子たち

 予言にかくありき。


 天と地に追われしまがつ忌み子が、神の白き子羊に導かれし(とき)、光の皇子目覚め、よみがえりし大いなる闇の王を、その剣達を持ち打ち滅ぼさん。




 この世で最も麗しい兄妹たちの、密かなたわむれが続けられている場所から遥か遠く――。


 それは、東の果てにある王国であった。


 南北に二千あまり、東西に三千キロメートルを超えるほどの広さを持つ。


 世界最強の武力を誇りながらしゅんけんな山脈に囲まれているため、自国の覇権を百年前からは、あえて他国に広めることもなかった。


 その王国の名は〝アルゴス〟と言った。


 アルゴスは地上の人々にとってとぎのような存在であった。

 実在はするのだが、ほとんどの人には行きつくことがかなわない。超自然的魔力を帯びる巨大な霊峰れいほうにへだてられ、行こうと願えどたどり着ける保証がないのだ。


 かの地は人以外に、人外の者と呼ばれる妖精や精霊、そして魔族等の住まう不可思議な土地であった。それらの者を含めると、住みし人々は百万をも超える。

 もともと精霊・魔族等は、人間をはるかに凌駕する力を持つ。


 だが、その閉鎖世界をさらに圧倒的な力で君臨する、ひとりの覇者があった。


 光と闇のとし子として数奇な運命をたどり、闇と暴力の支配へと移り変わろうとしていくこの地上で、ただひとり己の力を頼りに立ち上がる者。

 神の予言に刻まれたみなる血を宿しながら、至高なる道を歩まんとする者の孤高な伝承が今──この世界で幕を開けようとしていた。



  ―――― § ――――



 いかめしい巨大な魔城があった。


 陽はすでに暮れていたが、その城の放つ幻想的な淡い光がアルゴスの〝魔都(まと)エリュマンティス〟の街並みを夕日のように妖しく照らし、ことさら奇妙で謎めいた存在感を示していた。


 城の造りもまた、あるじの意図を反映したように美しくも面妖であった。


 外壁は白一色の見事な大理石でおおわれ、内壁の四囲は黒々と磨き上げられた黒曜石(こくようせき)と重厚な調度品が、絶妙な調和をなしてえられていた。

 世にも珍しく由緒(ゆいしょ)あるそれらの品々は、これまでに打倒(うちたお)してきた諸国の王族・貴族たちから略奪した戦利品の数々である。


 城内の窓という窓には分厚く堅牢けんろうな黒い玻璃(ガラス)がはめ込まれ、そのひとつひとつを、いかにもぜいをこらした黒天鵞絨(ビロード)の窓掛けがおおっていた。


 外周をめぐらす城壁と堀は三重にも区画されており、それらのすべてが他の王城の倍ほどは高く深い。


〝ディアム城〟——世界最大の魔都エリュマンティスの中心でゆうきゅうの支配力を誇示して、燦然(さんぜん)とそびえ立つ「魔王の城」である。


 その伏魔殿に濃密な気配がただよう。


 人の世の、いかなる王城にも勝る豪奢(ごうしゃ)な造りのその城に、妖気とも霊気ともつかぬ、あきらかにこの世ならざる気配がゆらめいている。




 ふたりの人影が、ひそひそと小声で話しながら城の回廊かいろうあゆんでいた。


 回廊の所々には惑わしの古代の魔文字と異界の貴石が埋め込まれており、侵入者のみならず城兵ですら、一部の上官を除き永遠の迷宮ラビリンスに迷う仕掛けとなっていた。


 しかしふたりは、いくにも張りめぐらされた扉と魔法の錠をくぐり抜け、燐光(りんこう)放つ回廊を何の苦もなく歩んでいる。


 ひとりは実直そうな雰囲気をかもし出す、たんな体つきの壮年の男。

 もうひとりは蜜のごときいろの髪と、みどりの宝玉の瞳がきらめく、咲いたばかりの花のように可憐な乙女である。年の頃は十五ほど。


 ふたりが自由に歩けるのは、壮年の男が城内で極めて高い地位にあるからだった。


「よいか。今日よりおまえは、今までの暮らしは捨てるのだ。そして何度も言ったが、許可なくけして〝あの方〟を見てはならぬ」


「はい」


 壮年の男は、やや緊張したおももちで語りかけ、乙女はおごそかにうなずいた。


「なに、恐れることはない。聞き分けよくさえしておれば、〝あの方〟はおまえのような娘に危害を加えることは、けしてない」


「はい」


 男はまるで、恐怖を飲み込むために自分に言い聞かせているようであった。声が微妙にかすれている。


「あの方は恐ろしい〝魔王〟と呼ばれているが大層(たいそう)美しく魅力的なお方でもある。しばし日がたてば、おまえも〝あの方〟に心を許し、ここでの暮らしに慣れることだろう」


「……」


 話が終わり、ふたりは最後の扉の前に立つ。


 幻妖な気配はいよいよと高まり、男の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。目の前にあるのは、色とりどりの宝石がせいな龍のレリーフとして埋めこまれ、ひときわ堅牢(けんろう)な美をかもしだしている豪壮な扉である。


「魔王様、ご無礼をいたします。宰相のテュルゴにございます」


 テュルゴと名乗った男は慇懃丁いんぎんていちょうに頭を下げ、扉の向こうの主に語りかけた。

 すると、いかなる仕組みによるものなのか、巨大な扉が意思を持っているかのようにひとりでに開く。


「入れ」


 こたえたのは、なまめかしく若い男の声であった。


「ははっ」


 ふたりは深々と頭を下げながら、恐る恐る中に入っていった。


 と、その時——室内に入ろうとする乙女の背に、これまでに感じたことのない種類の冷たい緊迫感がはしる。宰相テュルゴの異常なまでの畏怖いふに当てられた訳では断じてない。目を伏せているため「魔王の貌(それ)」は見えぬ。


 だが、それでも乙女の向かう先に、人間のものとは到底思えぬ、計り知れない〝妖気〟がうごめいているのを確かに感じる。


「何用だ——」


 嫌味なまでに甘ったるい声がほうもない凄みとなって、床にひれ伏すふたりの頭上に響きわたった。


「良い娘を連れましてございます。ぜひ、魔王様にお目通りをと——」


 おそれで声のうわずりを隠し切れなくなり、テュルゴは強張った顔で応えた。


「またか……」


 魔王と呼ばれた男は、薄闇を背に冷ややかにわらった。


「よい。顔を上げろ」


 その一言に乙女はわずかな震えを抑えきれず、しかし、ゆっくりと顔を上げた。


「——!?」


 激烈な気配のはつたる者を初めて直視し、声にならない声が乙女の喉からもれかける。彼女の目に映ったのは、この世ならぬ美貌を誇る、目見めみ(うるわ)しい若者の姿だった。


 若者は黒蛋白石(ブラックオパール)の玉座──嘆きの御座(デス・スルーン)と言われ、魔王以外の者が座ると、立ちどころに命を落とす巨大な王座──に、昂然(こうぜん)と肘を突きながら腰掛けている。


 年齢は十六、七ほど。多く見積もっても二十歳に達するようには見えない。魔王と呼ばれる者にしては意外だったが、まだ少年と言っていい年頃であった。


 その少年の特筆すべきは、不可思議な輝きを宿す髪と瞳である。

 神の芸術品——否、きまぐれにより造られたのであろうか。れたように輝くプラチナの髪は、光の加減でキラキラと七色の虹のごとく変色する。


 そのめいに光りきらめく髪のすきからのぞく、切れ長の双眸の右眼は、吸い込まれそうに魅了させる深いあお。左眼は、闇をも切り裂かんばかりの輝きに満ちた黄金色であった。

 それはアンバランスでありながら、完璧で崇高な美を表現している。


 完璧を誇るのは、髪と瞳だけではない。


 整った細い鼻梁。理想的フォルムを描く唇。そのどれもが、やはり完全なる神の芸術美と呼ぶにふさわしいものであった。


 少年の右隣には、玉座から一段ひかえて黒髪の少女が、見事なまでの黄金の竪琴を持ちながら、弦にしなやかな白い指をそえて横座りしている。


 少年と比肩しうるほど強い負のオーラを放つ、とてつもなく惑的わくてきな少女であった。


 りんとしたたたずまいをいろどる、うるわしくも妖美な視線。全身から匂い立つ魔性の色香。少女のミステリアスな雰囲気は、見る者にめまいを覚えさせるほど危険な魅力を秘めている。


〝炎の魔女アカーシャ〟──それが、伝説にも知れわたる彼女の名であった。


 魔王の第一の腹心でありながら、情人ともうわさされる魔女。強大な炎の力を自在にあやつり、超常現象をも引き起こす紅い〝魔眼〟を持ち、魔王と共に百年ものときを生きてきたとされる。


 だが、ほのかに幼さを残すそのかおはどう見ても、今この場で彼女の美しさに圧倒されている乙女と同じ年頃にしか見えぬ。


 彼女の着こなす高貴な黒いドレスの左袖元に、さりげなくしゅうされた鮮血のごとき一輪の薔薇ばらの花──それがなんとも心憎いアクセントとなり、魔少女のあでやかさを一層引き立て、同性である乙女の胸をもドキドキと高まらせる。


 あまりに美しいそのふたりは、現し世にはありえぬ絶美を体現しているがゆえに、人ならざる存在であることだけは疑いようがなかった。


 そう──。


 当初より、この城全体を包んでいた〝妖気〟は、まさに乙女の目の前に悠々(ゆうゆう)と座す、ふたりの魔物たちから放たれていたのだった。


「魔王様。こちらの娘は見栄みばえも良く、とても気のきく娘であります」


 テュルゴは、窒息しそうな重い空気を無理になごませるように言った。


「ふん」


 魔王は、つまらなそうに吐き捨てた。


「だからどうした?もうこの城は、貴様の連れて来た女達でいっぱいだ。それもそろいに揃って阿呆あほばかりのな……今更そんな娘に与える仕事などないぞ」


 魔王のあきれの言葉に、しかしテュルゴは意外な勢いで、前もって準備していた口上をここぞとばかりにたたみかける。


「いえ。これが修道院で見かけたのですが、見た目もこのように美しく、大変器量も良い娘でありまして、おそばに置いていただければ、今度こそ重宝されるものかと——」


「ほお?」


 剣のようにえいな魔王の視線が、この時初めて乙女をつらぬいた。


「おまえの言うことは当てにならんが、この城に修道女か……面白い趣向しゅこうだな」


 魔王の唇が、悪魔的に嫣然えんぜんとゆがむ。人にすぎない者がそれを見れば、あまりの妖麗ようれいさに魂まで凍りついたかも知れぬ。


「小娘、名前は何と言うのだ?」


 魔性の美貌に我を忘れかけたところを唐突に尋ねられ、乙女は狼狽ろうばいする。


「ぷ、プシュケと言います——」


 あわててこたえた言葉には、いかにも少女らしい緊張感があふれていた。


 そこで魔王の口元のゆがみ方が、微かに変化した。興奮を隠し切れずかしこまる修道女に、多少は興味が湧いたのだった。


 そして、見てみればせいでありながら、宰相の進言通り極めて端麗たんれいな少女であることにも今になってようやく気づく。


 気高く清らかな心の者だけがそなえる、にごりの無い洗練された品性をこそ、彼は最も好んでいた。まして、この城の宮女たちの中に、そのような娘はひとりもいなかった。


「そうか。変わっているがいい名前だな、プシュケ——」


 何かを決断した魔王の左目が、あやしげな魔眼の輝きを放ち、うつろに翻弄ほんろうされかけていた乙女の心を一瞬にして奪う。それは彼が得手とする魅了の魔術──退屈しのぎとしてたわむれに駆使くしする、強烈な媚薬のごとき魔法であった。


 しゅをかけられた乙女の瞳が、魔王を直視したまま見開かれ、体が大きく〝ぶるり〟と震える。


 人間をいとう魔王であるが、己がかけた魔術に心を溶かされた娘たちが見せる、十人十色の反応にはきることはない。また最初にこうしておけば、どんな女でも意のままにあやつることができるので、身勝手な男にとってはこの上なく都合も良い。


「おまえには……そうだな、しばらく酒でもついでもらおうか——」


「え?」


 魔術的なたかぶりが内で弾け呆然ぼうぜんとしている乙女に、魔王は頬杖ほおづえを突き貌を傾けた姿勢のまま、もう一度妖艶(ようえん)な響きでくり返す。


「酒だよ。私についでくれないか?」


「は、はい……」


 やがて現れた別の娘に連れられて、プシュケは暗がりの中に立ち去って行った。その一幕いちまくを魔の少女アカーシャは、恐ろしく冷たい視線でながめている。


「テュルゴ。もう今度こそ、人間の娘など調達してくるな。まあ、退屈から開放はされるがな……」


 魔少女のきょうをそらすように宙を見上げながら男は呟いた。


「は……恐れながら魔王様」


 テュルゴは、これから言わねばならぬことの重圧で仏頂面を真っ赤にし、一心に主を見つめた。


「また我が国の国境より、魔女王の軍勢が攻め込もうとしております。どうか、どうか魔王様の偉大なる〝風〟の魔力で——」


「ふ……それなら、どこぞの将軍にでも、好きなだけ兵を与えて戦わせろ」


「そ、その兵が、先の魔女王との戦で多くを失い足りませぬ」


「ならば徴兵しろ。采配さいはいはおまえに任せる。そもそも、それがおまえの仕事だろう」


 魔王の言葉に、あからさまなあざけりの色がこめられた。


「ですが魔王様——!」


 さすがに憤慨ふんがいして思わず声を高めたテュルゴに、魔王は有無を言わせぬ迫力でくり返す。


「まさか、あんな小娘をひとりあてがわれたぐらいで、私が気を良くして動くと思ったか……ええ?テュルゴ」


 魔王の吹雪のような声音に、宰相の体が硬直する。


「私は人間たちのために都合よく働く、正義の英雄なのか?」


 テュルゴは息をのんで絶句した。だが、もうこれ以上のやり取りは許されぬ。下手をすれば彼自身の命に関わりかねない。


 ぜんとする宰相に対して駄目だめを押すように、もう一度同じ言葉が魔王の口からくり返された。


「徴兵だ。二度も言わすな」


「……は」


 やがてざんの念をあらわに、壮年の男はあきらめ立ち去って行った。


 そんな哀れな宰相の背を見守りながら、アカーシャは抑揚よくようのない声を発する。


「……〝リュネシス〟」


「うん?」


 魔少女に真名まなを指され、魔王は──〝リュネシス〟は、圧のあった雰囲気をいて穏やかに応えた。

 

 彼にとってアカーシャだけはただひとり、心の許せる存在だった。


「また……大勢死ぬわね」


 アカーシャが、そうらして憂鬱ゆううつそうにため息をついた時——暗がりの中から王室のみやびな衣装に着替えたプシュケが、盃を持っておずおずと進み出た。


「ふん。知ったことか──」


 リュネシスは鼻でわらいながら、恐る恐る酒を運んできたうら若い宮女と目を合わせると、目前の豪奢ごうしゃなローテーブルの方に、さりげなくあごをしゃくって見せた。


 緊張感で固くなっていたプシュケの鼓動が、魔王の仕草の危険なまでの色気にあてられ、さらに高鳴る。

 少女はそのわくに耐えるよう、自分の胸をそっとてのひらで押さえたままでいた。






エテルネルをご覧いただきありがとうございます。

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皆様の応援をいただいて始めて、本作を最後まで書き上げる原動力になるからです。

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