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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第三章 炎の魔女アカーシャ
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アカーシャの沈む想い

——めんどくさいわ……。


 アカーシャは黄金の竪琴を(かな)でながら、(かお)陰鬱(いんうつ)に沈み込ませていた。


 広く広く、()(やみ)に高い天井を持つ空間に、アカーシャの演奏する甘さとほろ苦さを帯びた(じょう)(ちょ)(てき)旋律(メロディー)が響いている。


 もう陽は傾きかけた夕刻——昼間の勢いを()くし赤みを(にじ)ませた陽光が、魔王と魔少女のいる大広間に差し込み、ふたりの魔物たちを()(だい)に柔らかく包み込んでいく。


 このふたりの間には永く共に過ごした時はあるが、あまり言葉がない。同じような魂を持つ者同士、言葉(それ)は必要ではなかった。


(アカーシャ様もあいつ嫌いっしょ!?あんな泥棒猫!!)


 内なる響きに意識を(から)()られ、竪琴を(かな)でるアカーシャの手が突如(とつじょ)として止まる。

 (うと)まし気なため息と共に——。


 エレナの叫びが、いつまでも呪いのようにべっとりと頭の裏にまでこびり付いている。

 あの娘の言葉は、確かにアカーシャの最も(みにく)い心の側面をついていた。


 しかしながら、たとえ見た目はうら若き少女のままであろうとも二百年もの時を生き、人間の娘たちには想像もできない(ぶん)(べつ)(てい)(かん)(あわ)せ持つ魔少女にとって、今、内に宿している(くら)い感情は(とう)(てい)認められるものではなかったのだ。


「ふーっ」


 アカーシャの(のど)から、再び(つや)やかな()(いき)()れる。


——私でも、まだこんな人間(くさ)い感情が残っていたのね……。


 我ながらそれが可笑(おか)しくも思え魔少女は、()()げた髪を耳にかける仕草を取りながら、ちらりと少し離れた所にいる魔王を見た。


 リュネシスもそれに気づき、ふたりの視線が自然に(から)み合う。


 何とも言えない微妙な静寂が流れていって——アカーシャの中でそれはふと、昔の甘く切ない記憶として呼び起こされる。


 と、リュネシスが言いにくそうな表情で口を開いた。


「アカーシャ——」


「……な……なに?」


 思わぬときめきに胸の高鳴りを隠し切れず、いくぶん(うわ)()った声でアカーシャはいた。


「もう夕方だ」


 そのせつ、ふたりの空間が黒く残酷に染まり上がったかのような衝撃がはしった


「あ……ああ……そう……だったわね」


 男の真意が真逆だったことを悟り、一瞬で(がら)()のごとく砕け散った期待に、アカーシャの甘美に昇華された想いは殺意へと変換する──だが、そんな心の内をどうにか誤魔化(ごまか)しながら(うなず)くと、魔少女はゆっくりと立ち上がった。


 いつもならアカーシャが、夕刻前には自ら大広間を立ち去り、執事が様子を見てからプシュケを呼びに行く習わしとなっていた。


 しかし、今日に限ってアカーシャは()(あん)に暮れていたため、それを忘れていたのだ。

 ふと目をやると、大広間の入り口近くで、執事が申し訳なさ気に顔を伏せている。


 アカーシャはゆらりと(かしこ)まる執事に歩み寄り、彼の肩に手を置いた。


「いいわ。ついでだから、私があの子を呼んできてあげる。あなたはこのまま、ここにいなさい」


 有無(うむ)を言わせぬ命令口調に、執事は沈黙のまま(うやうや)しく頭を下げた。

 この時執事は、肩に置かれたアカーシャの手に微妙な震えがあるのを確かに感じ取っていた。


 (れい)(ぜん)たる()(いん)を残して、魔少女は大広間を後にする。


 が、回廊(かいろう)に出た時には、彼女はもうすっかり顔付きをけわしくしていた。

 すれ違った宮女たちが、思わず緊張して立ち(すく)んでしまうほど、美しくも苦悩の(にじ)む表情であった。


——本当に、私よりあの子を選ぶの?


 アカーシャは、不実な男にやりきれない胸の痛みを覚えた。


——私の方が()(れい)なのに——。


 漆黒の魔少女は、(くや)しげに指を()んだ。


——私の方が(すぐ)れているのに——私の方が(はる)かに尊いはずなのに——。


 魔族の姫は〝カッ〟と両目を見開いた。


——私があなたをずっと支えてきたのに!




「!?」


 (つか)()、不吉な予感に()き動かされ、魔王は思わず立ち上がった。




——すべて、あの泥棒猫が悪いのだ!!


 葛藤(かっとう)から吹っ切れたアカーシャは、ずかずかと迷いなく歩を進める。


 天空の女神ですら(ねた)ませる美貌に、鬼のような険相(けんそう)を浮かび上がらせて、魔王の恋人である娘の元へ——。







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― 新着の感想 ―
まさかの展開⁉️ エレナの悪役令嬢オーラが伝播していたのか……。 (。ŏ﹏ŏ) アカーシャが恐らく初めての嫉妬に焦がれたのでしょうけれど、この悪意の行く末が心配ですよ。
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