表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第三章 炎の魔女アカーシャ
16/64

エレナのたくらみ

 突然、奇妙な()()(かん)(のう)()(よぎ)る。


 (かい)(そう)(ひた)っていたアカーシャは、現実に引き戻され静かに耳を()ました。()(さい)だが不快な()(かく)——超感覚を持つ魔少女だけにしか感じ取れぬ、(しゅう)(あく)な想念を受けたがゆえに。



「やっと手に入れたよエレナ。うちのばあちゃん秘伝の、西の国の毒薬が——」


「フフ……お疲れ、お疲れ——」



 気配が(ただよ)ってくるのは、城の上方にこしらえられた居室のひとつ──宮女たちの中でも特に位の高い者だけが(はべ)特別室(サロン)である。


 どうやらふたりの娘たちが(はかりごと)をしているらしく、ぼそぼそと話し込んでいる。



「つか、ガチで()るわけ?さすがにやばくない?」


「やばいよ!だからわざわざ、魔法使いやってるあんたのばあちゃんに頼んでまで、絶対ばれない薬を取り寄せたんでしょうが。今さら何言ってんの」


「あ~うちら、とうとう人殺しになっちゃうのか~美しき暗殺者ってやつ?」


「だ~か~ら~やめろって!」



 念を()らせば声が届く。聞き分けられるほどにはっきりと。


 まぎれもなくこのふざけた声の主たちは、エレナと彼女の最も親しい取り巻きのひとり、ダナエであるとアカーシャは(さと)った。


 本来なら深夜の時間帯において、宮女たちが自室外を徘徊(はいかい)することは(はばか)られるはず。

 だが、内規上等を平気でのたまい、城内で堂々と(はば)()かせているこのふたりには関係ない。



「つか、あの小娘ガキ……マジムカつく!服、全部おしゃかにしてやったのに、今度は貧乏くさいかっ()でリュネシス(ねら)って、あいつの周りをちょこちょこと——マジムカつく!」


「ね!」


 ()き捨てるように(たかぶ)るエレナに、ダナエも(つい)(しょう)()()に同意した。


「あの服も燃やしてやろうかと思ったけど、たまたまアカーシャに見つかって邪魔されてさ」


「……え!なんでアカーシャ様が……どゆこと!?」


 問いかけるダナエに、エレナは()()りにひらひらと手を振った。


「知らねーし。でもそん時のアカーシャも、なーんかめん()(くさ)そうにしてたから、プシュケが死んだぐらいで本気で追求してくる気はないって。大丈夫、大丈夫——むしろあの女も、ぶっちゃけ喜ぶんじゃね?エレナっちゅわ~ん、泥棒猫クソガキぶっ殺してくれてどうもありがとう♡とか言って、最高の笑顔であたしに抱きついてきたりしちゃってさ。ほら……あいつってば魔女王の娘だから、ホントはうちらより、よーっぽど腹黒いんだよ」


「そーなんだ!つか、あのヒトの笑顔とかマジ怖いんですけど?ははははは……」



 陽気に響く(わら)い声に(いら)()ちを隠しきれず、アカーシャは黄金細工に黒天鵞絨(ビロード)(まと)わせた(ひじ)()けの上を、指先でトントンと(はじ)いた。


——またか……。


 ここ最近のプシュケに対するエレナたちの(いん)湿(しつ)な嫌がらせは、目に(あま)るものがあった。

 だから見るに見かねて、陰ながらプシュケを助けてやったことがある。


 確かにアカーシャとて、プシュケを(こころよ)く思っている訳ではない。


 プシュケが、心の清らかな娘であることは理解している。

 

 彼女は宮女になった当初、()(さん)なく敬意を()ってアカーシャに歩み寄ろうとした。


 それは単純に、乙女の屈託(くったく)のない思いによるものであった。


 汚れなき心による純粋な好意——そのような人間の娘に会ったことのないアカーシャは()(まど)った。そして()(だい)に、乙女の()()な心の光に吸い寄せられそうになってはいた。


 しかし、結局アカーシャは(がん)としてそれを受け入れず、(いま)だに彼女にはことさら冷たく、辛く、当たってしまっている。


 リュネシスのプシュケに対する、あからさまな(ひい)()に同調するようでは宮女たちに示しがつかぬ。

 それに何よりも、魔王ですら(こころ)()かれた、その清らかさが()(にく)らしかった。

 ()(るい)なき完全さを誇りながらも、どこまでも闇の存在でしかない自分には、永遠に得られぬであろう輝きを放つ乙女の存在が()(しゃく)に思えた。


 プシュケに対するどす黒い(はい)()(てき)な感情は、自制心の強い魔少女でさえ、コントロールができぬほどに(ふく)れ上がっていたのだ。


 とは言え、それはそれ——これはこれである。


 目の前の(ぎゃく)(たい)と言っていい()()した行為を、やはり無視はできずに止めたのだった。

 たったひとつしかないという、少女が大切に閉まっている母の形見の服を燃やそうとするなど論外(ろんがい)である。


 たとえ冷酷ではあっても、そのような相対(あいたい)する美意識が──父から植え付けられた人としての道徳観念が、アカーシャの奥底には根強く存在していた。


 ただ、宮女たちの管理など本来(ほんらい)ならば執事の仕事である。アカーシャほどの身分の者が、そのような()()()を焼かねばならぬ(いわ)れは()い。


 しかし執事たちは、エレナ一味に金でも(つか)まされているのか、ただの言いなりと化し、(いやし)げな彼女たちがお(つぼね)のごとく城内で権勢をふるまい続けている今、宮女たちの管理をもアカーシャ(みずか)らが()()けざるを()ない。


 そして事実エレナたちは、その若さで末恐ろしくなるような、いびつな王族の権力闘争のごとき(ぼう)(りゃく)を巡らせているのだ。


「それにうちら、結局はリュネシスとアカーシャの(ため)()るんだからいーんじゃね?だってここは、世に恐ろしき魔王城だよ」


 エレナは悪魔さながらに、ニヤリと笑った。


「やっぱさ、魔王の城に修道女は——」


「「ないわー」」


 意地の悪いしかめっ面をして盛り上がる、やけに気の合うふたりは、しかし、直後に(こお)りついた。


 音も気配もなく特別室(サロン)の扉側に立つアカーシャの、すべてを見透(みす)かした魔性の(まな)()しに当てられたがゆえに──。


「ずいぶん剣呑(けんのん)なことを(たくら)んでいるのね。あなたたち——」


 見る者に畏怖(いふ)を覚えさせる紅い瞳に、一切(いっさい)()()()しを許さぬ力を()めてアカーシャは微笑んだ。


「いくら魔王城でも宮女同士の〝私刑(リンチ)〟は禁じます。ましてやリュネシスのお気に入りに手を出せば、どうなることやら……(わか)るわねエレナ?」


 脅しとも取れる(たしな)め方に、エレナは一瞬びくりと体を震わせる。


 しかし瞬時に(おび)えを噛み殺すと、ゆらりと歩み寄ってくる漆黒の魔少女に対し、獣のごとく(するど)い視線を放って言い返した。


「別にいいじゃん!アカーシャ様もあいつ嫌いっしょ!?あんな泥棒猫!!だから、うちらアカーシャ様のためにも()るんだよ!!」


 しかしアカーシャは、エレナの態度に(じん)も動じることはない。


馬鹿(ばか)なのあなた……これほどのことをして、勘のいいリュネシスに気づかれないと思っていたの?あなたの言う通り、ここは世にも恐ろしき魔王城。プシュケを殺害して魔王の(げき)(りん)()れたあなたたちは、(しょう)()有無(うむ)に関係なく、弁明の機会も与えられず、(みじ)めに豚のように殺されるだけ。そうね——あなたたちは確かに()(れい)だから、それに見合った死を与えられると思うわ。(たと)えば散々(さんざん)()えた魔物たちの(なぐさ)(もの)にされてから、バラバラに()千切(ちぎ)られた(あげ)()、竜の餌にでもなるんじゃなーい?」


 アカーシャは(あや)()な仕草で、茫然(ぼうぜん)と立ちつくすダナエの耳元に(かお)を近づける。

 そうして、彼女の耳穴の奥にまで〝ふっ〟と息を吹きかけた。


 その嫣然(えんぜん)とした物腰から底知れぬ迫力が伝わり、ダナエはガタガタと震え出した。

 きつい化粧を(ほどこ)した娘の顔が、恐怖に険しく(ゆが)んでいる。


 気がついたときには、()(しょう)(だい)()に握りしめていた猛毒入りの(やく)(びん)は、理解もできない魔術的な一瞬でアカーシャに取り上げられていた。


 それを見ていたエレナも、すでに虚勢(きょせい)を張る余裕がなくなり、(ぜっ)()して青ざめた。


 そこにアカーシャが、とどめを刺すがごとき目線を向ける。


「それから、もうひとつ言っておくわエレナ。今度、私の陰口を少しでも叩こうものなら……たとえ少しでも、私に対して()めた口を聞こうものなら……あなたのこと、絶対(ただ)じゃあ置きませんからね」


 魔少女の最後の一言が、ぞっとするほど低くなる。


 凄まじい(いち)(べつ)を投げかけて立ち去っていくアカーシャの、胸元の(そう)(れい)なルビーが——いかなる望みを(かな)えるとも、()みなる(わざわ)いをもたらすとも(うわさ)される魔界の(ほう)(ぎょく)である〝紅玉(ルビー)首飾り(ネックレス)〟が——主の意図を反映したかのように〝きらり〟と輝くのを、恐怖に震えるエレナは見た。






エテルネルをご覧いただきありがとうございます。

もし、本作を《気に入った》あるいは《続きが気になる》と思っていただけたならブックマーク登録か、できれば広告下にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると、とてもありがたいです。

皆様の応援をいただいて始めて、本作を最後まで書き上げる原動力になるからです。

どうかよろしくお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ