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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第二章 修道女プシュケ
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エレナの怒り

「ねえ。もうとっくに時間なんですけど!」


 突然(とつぜん)開けられた扉の勢いには、明らかな(あく)()(にじ)み出ていた。


「何様のつもり?こっちが呼ぶまで〝つとめ〟にも出て来ないとか」


 あの時の人形を抱いて、思い出に(ひた)っていたプシュケが驚き目をやると、派手(はで)派手(はで)しい()(しょう)を着こんだ娘が、じろりとこちらを(にら)んでいる。


 どぎつい(ふち)()りを(ほどこ)した化粧が(とげ)のある印象とうまくかみ合い、さらにその存在感を引き立てているような、あくの強い娘──〝ディアム城〟に(あま)()いる宮女たちの、リーダー格のエレナだった。


 財力に物を言わせ、落ちぶれた貴族から強引に(しゃく)()を奪い取ったと噂される悪徳商人の娘らしく、視線だけで他人を威圧する、ものすごい気迫に満ちている。


 親同様、欲望のためには手段を選ばぬこの娘は、何としてでも若き魔王を自分にふりむかせようと必死で、最近では何かにつけて、彼女にとって()(ざわ)り極まりないプシュケに(から)んでくるのだった。


 しかしプシュケは、エレナの害意をあるがままに受け止めるだけで、必要以上には動じない。

 水のように受け流し、穏やかに返答(へんとう)する。


「いいのですか?昨日は今後、わたしからリュネシス様に会いに行くなと……」


 思案するように言ってしまった直後プシュケは、(へび)(ひそ)んだ(やぶ)(つつ)いたことに気づき、遠慮(えんりょ)しがちに口を閉ざした。


 そんな彼女に顔色を変えて、エレナはすかさず()み付いてくる。プシュケに(ただよ)う年若い娘とは思えぬ落ち着いた雰囲気が、エレナの(かん)に余計に(さわ)る。


「昨日は昨日!空気読めって言ってんの!!」


 感情まかせの、めちゃくちゃな理屈だった。


 ここのところ夕刻以降、プシュケはリュネシスの(そば)(つか)えることが、日課となっている。


 しかし昨日、そんなふたりを会わせぬよう(よこ)(やり)を入れて取り巻きたちと共にプシュケを()(はく)したのは、他ならぬエレナ自身であったのだ。


 これは完全な言いがかりだった。


「つかさぁ。新入りで年下のくせに口答えとかなくね?どゆこと!?」


 エレナはねんちゃくせいのある干し果実を、くっちゃくっちゃと()みながら、化粧に飾られたしかめっ面を乙女にぐいと近寄せた。


「ちょっと、リュネシスに気に入られてんか知んねーけど、うちら()()いてあんま調子づかれても困んだわ。それにいきなり、こんないい部屋()んでんのも()()ないしさ。こっちの立場どーしてくれんの?本当にただじゃおかないよ」


 宮女たちの中で堂々と魔王に意見を言い放つのは、この娘だけであった。

 

 その豪胆(ごうたん)さと立ち回りの器用さに、彼女が城に来た当初こそリュネシスは、よい退屈しのぎとして(そば)に置いてはいたものの、最近ではこの娘の(ねじ)れた性格に()み、あからさまに遠ざけようとしている(ふし)がある。


 ただ、それでもりることなく親の影響力を傘に、エレナは宮女たちの中心的存在として当初の勢いのまま()(そん)()()い続けていた。

 

 そんな彼女は、ほんの少しのきっかけさえあれば、魔王の心を再びつかむことができるはずだと、(いま)だに信じているのだ。小娘(プシュケ)さえいなくなれば、何もかもうまくいくと愚かにも盲目的に──。


「解るよね?ここにはここの、ルールってのがあんだからさ。第一リュネシスとてめえとじゃ、王様と奴隷ぐらい身分も違うんだから、わ・き・ま・え・ろ!」


 プシュケの鼻に(とが)った指先を突き立てるエレナの口元から、甘くきつい匂いが(ただよ)う。

 彼女の素行や言い草は、ただでさえ品位に欠けるものがあったが、プシュケにしてみれば()(こう)()くようなこの匂いも本当に苦手だった。


「はい。申し訳ありません」


 形だけの(つい)(じゅう)を示しながら、乙女はこの娘を(あわ)れだと思う。


 なぜエレナが、自分に(から)むのかはよく理解している。


 しかし、どうプシュケに当たり散らしたところで、あの気高い魔王がこんな傲慢(ごうまん)な娘に心を開くなど絶対にありえない。


 一昨日の夜、(めずら)しくリュネシスが愚痴(ぐち)のようなものを(こぼ)していたが、その多くはおそらく、この娘とその取り巻きたちのことを指していたのだろう。

 事実エレナは魔王と少女の関係に余計な横槍(よこやり)を入れた後、リュネシスにこっ(ぴど)一喝(いっかつ)され、このような下世話(げせわ)な使い走りを強要されたのだ。


 それをこの(たん)(らく)(てき)な娘は、すべてをプシュケのせいにしないではいられず、ゆえに()(せつ)な感情の矛先(ほこさき)を乙女に向けて()(とう)しているのである。


「ふん……」


 いきなりエレナは、プシュケの(あご)先を指でくいっと持ち上げると、その(たん)(せい)な顔をまじまじと(のぞ)()んだ。

 まるで召使いを睥睨(へいげい)する、悪役令嬢のような態度だった。


「つか、リュネシス(あいつ)も趣味わっる!」


 毒づくエレナの(するど)眼光(がんこう)に、プシュケは動くこともできない。


 と、その時——。


「何をやっているの?」


 突然プシュケの視界の(はし)から、すっと黒一色の娘が現れた。


 ある意味において、魔王以上にこの城の宮女たちから敬意と畏怖いふを一身に集めている〝魔族の姫アカーシャ〟であった。


 気配もなく幽鬼のごとく歩み寄ってくる、アカーシャの放つ〝真の皇女〟のオーラに、さしものエレナもビクッと体を硬直させる。


 だが、魔王の〝気〟にも飲まれることのない勝気な娘が、そう簡単にアカーシャにも(ひる)むものではない。


「別に……この子を呼びに来ただけ。リュネシスに言われたからね」


 気を取り直したエレナは()()(くさ)れたように(こた)え、しばし考えこむと、(つと)めて明るく親しみを込めた声で言い直す。


「つか、ぶっちゃけアカーシャ様も、この子(じゃ)()でしょ?ムカつきません?こんな、男の庇護ひごよくをそそるのだけが取り柄みたいな——泥棒猫!」


 その言葉にわずかに本心を(つらぬ)かれたのか、一瞬アカーシャの冷たい視線が、確かに非情な冷酷(れいこく)さを(ともな)って自分に注がれていることをプシュケは感じ取った。


 しかしそれも、次の瞬間には(よう)()な無表情に溶けて消える。


「さあ、何のこと?プシュケ——もう、いいから行きなさい」


「はい。ありがとうございます」


 少女は、逃げるように部屋を出ていく。


「……ちっ」


 ()(かい)げに、エレナは舌打ちをした。


 わずかに女同士が()めている様子を背中に感じながら、乙女は魔王のいる大広間に急ぐ。

 長い回廊(かいろう)を歩きながら、彼女は徐々(じょじょ)に呼吸と表情をしずめていく。






エテルネルをご覧いただきありがとうございます。

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どうかよろしくお願い申し上げますm(__)m


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