009 敗北
【エルクハーデ村、広場】
広場の出口付近に降り立つと、叶人はすぐにエニャの姿を探した。噴水付近に垂れ目な彼女の顔を見つけた。彼女もこちらに気づいたようで駆け寄ってくる。
「叶人!」
「エニャ! あいつらはいるか?」
「分かんない」彼女はぶるぶると首を振った。
「つっ」叶人は舌打ちをした。続けて言う「どこにいやがる……」
「あいつらを見つけてどうするの? 叶人」
「ぶっ殺してやる。そうじゃないと、気が収まらん」
「それはやめた方がいいよ。あっちは人数が多いよ?」
「そんなこと知るか!」
叶人はエニャから離れて歩き出した。広場の奥のベンチに複数の下品な笑い声が起こっている。近づいて行くと、ポン吉たちが樽ジョッキを片手に談笑をしていた。
見つけた!
酒を飲んでいるのだろうか? 人をあんなふうに殺した後でよくも陽気になれるものである。叶人はずかずかと歩いていき、彼らの前に立った。
「おいお前らっ!」叶人の眉間が怒りにびくびくと波打った。
ポン吉たちが一斉にこちらを向く。それらの表情は驚いていた。叶人を死んだものと思っていたのだろう。
ポン吉はすぐに状況を飲み込んだのか、頷いた。
「おいおめー叶人、生きてたか! ぎゃははっ」
「てめー!」
叶人はオモチャのナイフを持ったままの手で、ふてぶてしい彼の顔面に殴りかかろうとした。しかし横から腕を捕まれる。黒騎士という作者名のポン吉の仲間が阻んでいた。
「おっと兄さん、危ないな」
続けて足払いをかけられた。叶人はその場に綺麗にすっ転んだ。五人のグリムレイパーのメンバーが弾けるように笑い声を上げた。
叶人はすぐに立ち上がる。
「殺してやるぞっ!」興奮したイノシシのような叶人である。
「殺す? 誰を殺すってお前!」ポン吉はにんまりと笑った。「俺たちに殺されるの間違いじゃねえか?」
「おめー、こっちは五人だど。一人でかかってくる気か? あん?」蝉時雨という名前の男がおどすような声を出した。
「お前らのした事を、この村中に知らしめてやる!」叶人が叫ぶ。
「やってみろよ! だけどその時は、おめーの後ろにいる、おめーの彼女を、俺たちが強姦するけどなあ!」ポン吉が両手を大きく開いた。
気づけばエニャがすぐ背後に来ていた。叶人は一瞬振り向いて、それから弱った顔つきになった。エニャに手出しはさせたくなかった。
「グリムレイパーのレイパーとは、強姦魔のことでやす。知らなかったでやすか?」ポン吉よりも背の低いウィットンという男が高い声で説明をくれた。
「はい。ジャー」黒騎士が樽ジョッキのビールを叶人の頭にぶっかける。
叶人は髪がずぶ濡れになった。呼吸は荒く、唇を噛んでポン吉を睨み付ける。ぶちっと音がして唇が切れた。
「おい叶人、引き返した方が良いんじゃねえか? それとも、ここで俺らと一戦やるのか? ちなみに俺は、もう50レベルだ」ポン吉の言うレベルはあきらかに嘘くさかった。
「俺は、80レベルだな」と黒騎士。
「おらは100レベルだど」と蝉時雨。
「あっしは120レベルでやす」とウィットン。
「じゃ、じゃあ僕は150レベルです」とtubaki。
「分かったかあ!? 叶人。俺たちがお前を攻撃すれば、レベルの低いお前なんて、ワンパンで葬れるんだよ! それでもやるってかあ!? ああん!」
「ふうっ、ふうっ、ふうっ!」叶人の息は荒い。
彼がオモチャのナイフでポン吉に斬りかかる覚悟を決めたその時である。後ろからエニャが彼の腕に手を置いた。彼女の強い声が響いた。
「叶人。いったん引くよ!」
「……エニャ?」叶人は顔だけ振り向いた。
「我慢して! 今は引くしか無いの!」
「くうっ!」
叶人は悔しくて悔しくて涙が出そうだった。しかしここで涙を見せる訳にはいかない。エニャが腕を引くままに、彼は引き返して歩き出した。
最後にポン吉が言った。
「エニャのオッパイは俺のものだ!」
再びグリムレイパーのメンバー爆笑の渦に包まれる。
叶人は体がビクッとした。今まさに引き返し、ポン吉に斬りかかりたい気分に駆られた。だけどその腕をエニャが強く強く引いた。
広場を出て、二人は宿屋の方角に向かった。その玄関口に辿り着いた時、叶人は膝からどっかりと地面に崩れた。涙がもう止まらなかった。
「ああぁぁぁああああぁぁああああああああ!」
怒声とも悲鳴ともつかない、彼の叫び声であった。