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008 ファブリオン



 【洞窟、ボスの部屋】



 ファブリオンが顔を起こし、前足を立てた。体が波打つように持ち上がる。その鋭い瞳が赤く光った気がした。


 緑色の池が光っているせいで空間は明るい。赤い竜の全身が隅から隅まで見えた。


 叶人はびびっていた。ドラゴンの体格が大きすぎる。一軒の民家ほどのサイズがありそうだ。


 ポン吉がかけ声を放った。



「さあ行けお前ら! ファブリオンを退治しろい!」



 叶人は後ろを振り向いた。みんなの瞳の色が恐怖に染まっている。それらの足はすくんでいた。


 だけどここで立ち止まっていれば、ファブリオンを討伐することはできない。



 ……くそ。

 ……やるしか無いのか。

 ……やっぱり来なきゃ良かった。



 叶人は駆けだした。「プロテクトシールド」と唱えると、体が青い球状のバリアに包まれる。それは敵の攻撃を三回まで無効化してくれるシールドだった。


 叶人は右手にオモチャのナイフを握り、ファブリオンに近づいた。とりあえず、敵の攻撃を把握しなければいけない。攻撃を避けながら、隙を見つけて反撃しようと思った。



「ヘイスト!」エニャの声だ。



 叶人の体が軽くなり、素早く動くことができるようになった。エニャが補助魔法をかけてくれたおかげである。叶人は叫ぶように言った。



「エニャ、ありがとう! だけどボスに近づきすぎるな!」


「分かった!」



 叶人はファブリオンの右前足に接近する。赤い竜はゴオオと息を吸っていた。口が赤く光っている。


 

 ……ブレスか!?



「ゴボオオオオオオッ!」



 ファブリオンが火の息を吐いた。叶人は右に大きく跳んで躱した。ブレスが通った地面が焼け焦げて、灼熱の道が出来ている。


 叶人の顔は恐怖にわなわなと震えた。



 ……こんなブレスを食らったら一撃で死にそうだな。

 ……避けながら戦うしかない。



 叶人の隣に双剣の男が来た。



「おい! どうするお前!」と双剣の男。


「俺がターゲットを取ってボスを引っ張るから、みんなでバックアタックをしてくれ!」どこまでも勇敢な叶人である。


「分かった!」



 叶人はファブリオンの両目を睨み付けた。「目力!」と唱える。赤い竜がおびえたように一瞬怯んだ。


 その瞬間を狙って叶人は「十文字斬り」と唱えた。ファブリオンの右前足から血しぶきが飛ぶ。叶人は空間の奥へ奥へと向かって走った。



「みんな! バックアタックしろ!」叶人が叫んだ。



 ファブリオンは叶人を狙って歩いてくる。竜の尻にみんなが攻撃を放った。叶人は振り向き、ファブリオンの攻撃を避けるために眼光を強めた。



 !


 !!



 その時気づいた。入って来た穴の入り口に人々が溜まっているではないか!? ファブリオンを恐れて近づけない人がいるのではないかと思った。しかし何やら雰囲気が違う。


 そこにいたのはポン吉とその仲間ばかりであった。こちらの戦いを見て、楽しそうにニタニタと笑っている! tubakiなんかは両手を叩いて笑っていた。



「おい! ポン吉お前ら! 戦え!」叶人は愕然として叫んだ。



 気づいた双剣の男が入り口に走って注意をしようとした。しかしその時だ。ポン吉が唱えやがった。



「ひゃっはー! ここで! 落とし穴! ってね!」



 部屋の入り口を通せんぼするかのごとく、大きな落とし穴が広がった。半径3メートルはありそうな深い穴である。それを見た全員が目を剥いた。


 双剣の男は近づけずに地団駄を踏んだ。ポン吉はふてぶてしく言い放った。



「ひゃっはー! 君たちはとびきりの馬鹿だぜい! お前らはここで死ぬ運命なんだ! 竜に食われる結末を迎えるんだ! さあボスから逃げ惑え! 逃げてもがいてあの世行きだ! だけど女はあ! 裸になって土下座したら助けてやるぜい!」



「そ、そんな……」とエニャの声がした。


「な、なんで?」と女性の一人。


「な、なななな、何言ってんだよポン吉さん?」と男性の一人。


「おい、ふざけんな!」と双剣の男。



 ……しまった!

 ……嵌められた!



 叶人は即座に決断した。全員に向かって叫ぶ。



「みんな、帰還の札を使え!」



 戦っていた全員が閃いたようにカバンやポケットから帰還の札を取り出した。「使用」と唱える。しかしどうしてかアイテムは効果を発揮しなかった。


 そんな間にもファブリオンは叶人を狙って攻撃していた。前足の爪のブローを回避するのだが、叶人は何度か攻撃を受けてしまった。三回までダメージを無効化するシールドが消えてしまっていた。


 叶人自身もカバンから帰還の札を取り出していた。「使用」と言うのだが、ワープが起こらない。



 ……なぜだ!?



 ポン吉は高々と笑った。



「へっへー! お前ら知らねえのかい!? ボスとの戦闘中はなあ! ワープアイテムが使用できないんだぜい! 残念だったな! 逆にハッピーだな! ゴートゥーヘブンだなあ!」


「く、くそ、そういうことか……」叶人は泣きたい気分だった。



 彼は無い頭をフル回転させた。どうすればみんなをこの状況から助けられるだろうか? 出た答えは、ファブリオンを倒すしかないというものだった。


 叶人は叫んだ。



「みんな、ボスを倒すぞ!」


「わ、分かったよ、叶人!」



 返事をしたのはエニャただ一人であった。全員の士気は落ちており、激しく動揺している。この状況でファブリオンを討伐できるのだろうか?


 叶人はとにかくボスの攻撃を避けることに集中した。しかしここにきてファブリオンが体を旋回させる。バックアタックをしている人間にターゲットを変えたのだった。



 ……まずいっ!



 ヘイトを取り直すようなスキルを叶人は覚えていない。今度は叶人がボスをバックアタックした。「十文字斬り」と唱えて赤い竜の尻尾を軽く斬る。


 ファブリオンの口がゴオオと鳴っていた。大きく大きく息を吸っている。またあのブレスが吐くつもりだ!


 叶人は走った。人生で出したことのないような全速力だった。エニャだけを捕まえて、今度は横に走る。



「か、叶人、な、何を!?」エニャは戸惑っている。


「いいから! ちょっと黙っていてくれ!」叶人はキレたような声だ。



 火の息を何とか躱した。しかし回避できなかった人間たちがいた。



「うわああぁぁああああああ!」断末魔である。



 その人たちの体は燃え盛り、赤い光となって消えた。



「よっしゃー!」


「いいぞうっ!」


「ファブリオンちゃんいいぞっ!」



 ポン吉とその仲間たちが手を叩いて、賑やかにはやし立てている。叶人はエニャを持ち上げたまま走り、赤い池からなるべく遠くに走った。岩と岩の間にくぼみを見つけた。


 そこにエニャを押し込んで、叶人は覆い被さった。


「か、叶人!?」エニャの両目が困惑に歪んでいる。


「静かに!」叶人は右手で彼女の口を押さえつけた。



 緑の池の方では討伐隊の仲間たちの悲鳴が響いている。しかしもう、助けるすべは無かった。


 ファブリオンはそれから5回もブレスを吐いただろうか? 音で分かった。やがて人間の悲鳴は起こらなくなった。


 みんなは燃え尽きてしまったのだろうか? あるいは赤い爪で叩き切られてしまったのかもしれない。遠くでポン吉たちの高笑が響いていたのを叶人は一生忘れることができないだろう。



「ギャハハハハッ! よっしゃー全員死んだな! みんな! 帰ろうぜい!」


「うむ、楽しかったな」


「恐怖した人間の死に際の表情は、最高だど」


「今日は美味い酒が飲めそうでやす」


「みなさん、今日はこんな素敵なショーを見せてくれて、ありがとうございました」最後のその声はtubakiのものであった。



 五人の足音が遠ざかっていく。叶人が岩陰から顔を出すと、ファブリオンは再び緑色の池の水際に身を横たえたところだった。


 叶人たち二人は死んだと思われたようである。彼はエニャにささやいた。



「エニャ、帰還しろ」


「でも、札が使えないんじゃ?」


「たぶん使える。ボスが身を沈めたから」


「そ、そっか。叶人、ありがとう」


「ああ、だけどみんなを犠牲にしてしまった」


「仕方ないよ! だって、だってだって! 今のは!」


「話は後だ。エニャ、帰還してくれ!」


「わ、分かったよ。叶人もすぐ来てね」


「ああ」


「それじゃあ、先に行くね。使用!」



 エニャが青白い柱となってワープした。叶人もすぐさま「使用」と唱える。こうして二人はエルクハーデ村の広場へと帰還したのだった。重苦しい憎悪の念と共に。



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