004 宿屋
レムの名前をtubakiに変更しました。
【エルクハーデ村】
道具屋に立ち寄っている最中のことである。エニャが言った。
「あ、叶人。あたしトイレ行ってくるから、ちょっと待ってて」
そう言うと、店の奥にあったトイレにエニャは向かって行った。叶人はびっくりしていた。プレイヤーは、どうやら排泄行為をする必要があるようだ。
しばらく待っているとエニャが出てきた。近寄ってきて声をかける。
「叶人は行かなくてもいいの?」
「いや、俺は今のところ大丈夫だぞ」
「そっか。それじゃあまた、狩りに戻りましょう」
「そうだな」
また草原地帯へ行き、それからは二人のカバンが銅貨でパンパンになるまで狩りを繰り返した。
途中、二人の体に白い光の柱が立つことがあった。おそらくレベルが上がったサインだろう。ステータス画面が出せないので、確定情報では無いのだったが。
午後になると腹が空いて二人で大衆食堂へ行った。一番安い日替わり定食を食べて、また草原地帯へ行く。やがて夜が来ていた。
二人は狩りを切り上げることにした。叶人はエニャに聞いた。
「なあ、夜はどこに泊まれば良いんだ?」
「んー、宿屋じゃない?」
「あ、それもそうか。じゃあ宿屋に行くか」
「うんうん。宿泊費が高くなければいいけど」
「そうだな」
二人は並んで村の夜道を歩いた。宿屋を探していると、大衆食堂の隣にその建物があった。
「あ、あれだよきっと」エニャが指をさす。
「あれっぽいな」叶人は頷いた。
二人で宿屋の玄関に入っていく。カウンターのNPCの店員にエニャが話しかけた。
「あの、一泊したいんですが」
「かしこまりました。ですが、申し訳ありませんが、もう一部屋しか空いていません。お二方、ご一緒の部屋でよろしいですか?」
エニャがこちらを振り返る。顔を少ししかめていた。叶人としても、エニャとは今日初対面ということで、できれば別々の部屋が良かった。
「叶人、一緒の部屋に泊まるしかないみたい」
「そ、そうか。し、仕方ないよな。大丈夫だ。変なことしたりしないぞ」
「変なことしない?」
「まさか」
「ふーん」
エニャは意味ありげな表情を浮かべて、またNPCを向いた。
「あの、ベッドはいくつあるんですか?」
「一つしかありません」
「ソファはありますか?」後ろから叶人が尋ねていた。
「ソファはございません」NPCは首を振る。
「どうしよう」エニャはひどく困ったような顔をした。
「床でいいよ。俺、床で寝るから」
「叶人、床で良い?」とエニャ。
「ああ」
「宿泊料金は、銅貨10枚になります」とNPC。
叶人とエニャは半分ずつ料金を支払った。エニャはまた聞いた。
「あの、夕ご飯はどうなっていますか?」
「宿屋で食事は出ません。隣の建物にある、大衆食堂を利用してください」
「そうですか。あの、お風呂はついていますか?」
「混浴の共同浴場が一階にございます」
「混浴の共同浴場!?」エニャはたまげた様子だ。
「はい。お好きな時間にお使いください」
「は、はあ……」
エニャがしょげたような顔でこちらに体を向けた。叶人はフォローをするような言葉が出てこなかった。
「と、とりあえず、部屋へ行こうか」
「そうね、ぐすん」
二人でカウンターを離れて、部屋の端にあった階段を上った。部屋は三階の一番奥だった。エニャが鍵を開けて入ると、六畳一間にベッドが一つだけ、という小さな部屋に辿り着いた。
ベッドにはタオルが一つだけ置いてある。おそらく、風呂で使用するものなのだろう。
二人はベッドにカバンを置き、ベッドに離れて座った。お互いに口数は少ない。少しして、とりあえず夕食を食べようということで大衆食堂に行くことにした。
やがて時間は深夜になった
いま、叶人は脱衣所の木製の扉を守ってどっかりとあぐらをかいていた。この扉の奥の奥ではエニャが風呂に入っている。時間も時間ということで、利用者は彼女一人のようだった。
人々はすでに寝静まっているはずである。風呂に入る男は来ないだろうし、今のところ実際に大丈夫であった。ふと、背中の風呂場から物音がした。
「キャー!」エニャの悲鳴である。
何があったのだろうか。叶人はびっくりして脱衣所に入った。風呂場へと行く。
見ると、エニャが体の大事な部分をタオルで隠しつつ、逃げ回っている。
「エニャ、どうした!?」
「叶人! それ取って! それ! 取ってー!」
床には一匹の大きめのゴキブリがいた。叶人はほっと胸をなで下ろしつつ、近づいて足で踏みつけた。ブチャッと感触がした。
「なんだ、ゴキブリで良かったよ」
「あ、ありがとう。助かったよ叶人。それと、悪いんだけど、出て行って」
「ああ、足を洗ったらな」
叶人は湯桶で湯船からお湯をすくい、足を洗った。視界の端に映るエニャの裸はナイスバディだった。タオルで隠そうとしているが、胸が大きくはみ出している。
とても得をした気分になった。叶人は風呂場を出て脱衣所も出る。また扉を閉めた。
それから彼はふんふんと鼻歌を歌った。やがて風呂を終えたエニャが脱衣所に入る。衣擦れの音がして、服を着たエニャが出てきた。
「ありがとう、叶人。はい次、叶人の番だよ」
「おう!」
エニャと交代して彼は脱衣所に入った。手早く風呂を済ませようと思った。服を脱いで、浴室へと行く。
湯涌にお湯をくんで、石鹸で体を洗っていた時のことだ。おもむろに脱衣所の扉が開いた。見ると、腕と足をまくったエニャが笑顔を浮かべて近づいてくる。
「叶人。さっきのお礼。お背中流してあげる」
「は? いや、いいよ」
「いいからいいから」
エニャは背中に回り、石鹸を掴んでタオルで泡立てた。タオルで叶人の背中をごしごしと撫でる。
かなり気持ち良かった。それに何だか興奮する。エニャは言った。
「あはは、叶人、背中広いね」
「そ、そうか?」
「うん。男の人の背中だね」
「あ、ああ」
叶人は両手を腿に置いて、股間を隠すのに必死だった。そもそもタオルが一つしか無いので、手で隠すしかない。やがてエニャが湯涌でお湯をすくい、それを背中にかけてくれた。
「前も洗ってやろっか?」エニャの冗談めかした口調である。
「いや、さすがにいいから!」
「あはははは! それじゃあねー。良い体だったよ!」
エニャが浴室から去って行く。叶人はほっとして、それから体の前部と髪を洗い、湯船に入った。五分もして上がる。
脱衣所に行くと、濡れたタオルが綺麗にたたまれてあった。先ほどエニャが背中を洗ってくれたタオルだった。もちろん彼女が体を洗う時にも使用したのだろう。
叶人は生々しい感情を覚えながらも、それで体を拭いた。
服を着ると扉を開けて、二人で三階の部屋へと帰った。後は寝るだけである。部屋に入ると、叶人はベッドの毛布を取ろうとした。
もちろん、床で寝るためだった。しかしエニャは注意するように言った。
「ダメだよ叶人。並んで寝よう」
「は? いいのか?」
「うん。床で寝たら風邪引いちゃうよ。変なことしないんだったら、並んで寝たって良いよ」
「そ、そうか。すまん」
「ううん。なんもだよ。私たちこんな状況だし、助け合わないと」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
二人はベッドに並んで寝ることにした。枕も一つしかないので、それはエニャに譲った。叶人は暗い天井を見ながら思った。
……今頃、本物の俺はアパートでぐっすりと眠っているんだろうな。
ふと隣に並ぶエニャが話しかけてきた。
「ねえ叶人」
「どうした?」
「ゴキブリが出た時、私の裸見たでしょ」
「……見てないと言ったら嘘になるな」
「どうだった?」
「ダイナマイトだな」
「叶人のエッチ」
その言葉を境に、二人は黙りこくった。やがて眠りに落ちる。