002 エニャ
白い光がやんだ。次に叶人が立っていたのは小さな村の通り道である。辺りを見回すと、ロッジのような丸太で出来た民家が並んでいた。
もちろん地面はアスファルトではなく、土だった。ところどころに雑草が顔を出している。大雑把ではあるが手入れはされているようだった。
……ここが、ゲーム世界なのか?
叶人は自分の姿を見回した。柄のない白のシャツに黒いズボンを履いている。靴は安っぽそうな皮製のものだった。
武器は持っていない。鞄も無い。試しに「ステータスオープン」と唱えてみたが、ステータスのような画面も出ない。
頭の上を見ると、HPバーがあった。そこに自分の作者名が漢字でフルネーム記載されている。
初期装備の頼りなさにげんなりしつつ、叶人は歩き出した。他のゲームプレイヤーを探しているのだった。顔をキョロキョロとさせるが、中々見つからない。
……ゲームプレイヤーは俺だけじゃないよな?
……どこにいるんだろう。
やがて村の広場にたどり着いた。広い空間はがらんとしていて誰もいない。叶人はため息をついて、広場の中心にあった噴水の縁に腰掛けた。
無性に寂しさを感じた。民家のすきまにはNPCらしき人間の影があった。もうこの際、NPCでも良いから話しかけてみようか?
彼がそう思った時である。右手の方から肩が叩かれた。驚いて顔を向けると、ほっぺたを人差し指で突かれた。
ぷにっ。
「こんにちは」そう言って、笑顔を浮かべている女性がいた。
やけに胸の大きいのが印象的だった。身長は叶人よりも頭一つ低いだろうか? 長い髪が腰まで届いている。
服装は叶人と同じく、白のTシャツに黒のズボンである。叶人はやっと同じ境遇の人間と出会った気がした。
だから嬉しかった。年齢も彼と同じか年下に見えた。
「あの、この指は何だ?」
「うん? 魔法の指だよ?」
「とりあえず、指をどけてくれるか?」
「嫌だって言ったらどうする?」
「どうもしないけど」
「じゃあどけない」
「……嫌だ」
「よし! どけてあげようじゃないかー」
彼女はやっとのことで叶人の肩から手を離した。彼は立ち上がり、彼女に体を向ける。
「お前も、電子生命体になった口か?」
「あたし、お前なんて名前じゃないんだけどな?」彼女が両手を腰に当てる。
「……名前を聞いても良いか?」
「ふふん、恵里菜よ。エニャで良いわ」
「エニャ?」
「家族からそう呼ばれてたの」
「ふ、ふーん、ところで、恵里菜さん。聞きたいことがあるんだが」
「エニャ」
「あの」
「エ! ニャ!」
「えっと」
「エニャ!]
「……エニャ」
「よく出来ましたで賞を上げましょう!」
「あの、俺たちはこれからどうすればいいんだ?」
「そんなことあたしも答えを持ってないよ。ただ、これはゲームだから、レベル上げをして、強くなって、ゲームクリアを目指せば良いんじゃないのかな?」
「ふ、ふーん、まあ、そうなのか……」
「どうしたの?」
「いや、こんな状況なのに、エニャはやけに落ち着いているなと思ってさ」
「落ち着いているも何も、落ち着いた振りをしているだけだよ」エニャが両手を胸に組む。大きな胸を抱える形になった。
「そ、そうなのか?」
「うん」
「そうか。とりあえず疑問なんだが、どこかに他に人はいないのか?」
「いるよ? 村の出口を出たところの草原にいっぱいいた」
「そうか! じゃあ、行ってみるか」
「待って」
エニャが握手を求めるように右手を差し出した。叶人は一瞬きょとんとしたが、おずおずと右手を出して、彼女と握手を交わす。はにかんだ笑顔が二人の頬に浮かんだ。
「話した感じ、あなたは信用できそうだから。あたしと一緒にモンスターを狩りしようよ」
「モンスターを狩りする? 悪いが、俺はまだレベル1だと思うぞ? ここに来たばかりだから」
「あたしだってレベル1よ」エニャが唇をすぼめる。
「そうなのか! ああ、分かった。じゃあ、一緒に狩りするか」
「うんうん。それじゃあレッツゴー!」
二人は握手を解いて、村の出口へと向かった。並んで歩いていると、やはりエニャの大きな胸が上下に揺れる。おかげで叶人は目のやり場に少し困った。