013 ブラックメリー
【エルクハーデ西の丘】
村の西に、なだらかな坂の丘があった。グレートシープという名前の白い羊がたくさんいて、歩きながら雑草を食んでいる。温厚そうなモンスターに映った。
叶人はリアカーの持ち手を置いて、カバンからオモチャのナイフを取り出した。エニャとルルアも武器を構えている。
ルルアが羊の方に歩いて行く。
「それじゃあ、適当に狩るか」
「そうね。羊はおとなしそうだし、楽勝かも」
「あたち、あたちも戦うよ?」サーヤはリアカーの荷台から降りて、弓を両手に構えた。
「ちょっと待て、みんな」叶人は注意を喚起した。
羊の群れの中に、一匹だけ黒い羊がいる。それは他の羊に比べて体格が一回り大きい。叶人は眉をひそめていた。
黒い羊を指さす。
「あの黒い羊、何か変じゃないか?」
「なんで一匹だけ黒いのがいるんだ?」ルルアもいぶかしげに思ったようだ。
「もしかして、中ボス?」エニャがこちらを振り向く。
「あたち、あたちが倒す」サーヤが弓を向けた。
「待て、サーヤ」ルルアが左手で制する。
叶人は考えた。もしあの黒い羊が中ボスなら先に倒した方が良いだろう。白い羊を倒す際、邪魔になるからだった。
彼はエニャに言った。
「あの黒い羊だけ先に倒そう。エニャ、魔法を撃って、引いてきてくれ」
「魔法で引けって、マジ?」
「ああ、ヘイストを使って走れば余裕だろ?」
「まあ、そうかもしれないけどさ」
「頼んだ」
「分かったよ」
エニャは一人、黒い羊に向かって歩いて言った。「ヘイスト」と唱えて、自分の移動速度を加速させる。竹箒を構えて「ファイアーボ―ル」と唱えた。
火球が黒い羊に命中する。
「メエェェエエエ!」
黒い羊は炎にくるまれて、怒ったようにエニャに向かってきた。彼女が全速力でこちらに逃げてくる。
「やばやばやば!」
「ルルア、俺がヘイトを取るから、バックアタックしてくれ」
「オーケー」
叶人は黒い羊に近づき「ヘイトハウル」と唱えた。赤い狼が吠えるようなグラフィックが怒り、黒い羊が叶人を向く。叶人はオモチャのナイフで牽制しながら、モンスターの攻撃をひょいひょいと避けた。
モンスターの尻にルルアが小刀で斬りかかる。血しぶきが飛んだ。
「メエェェエエ! メエェェエエ!」黒い羊が痛そうに鳴いている。
「なんだこいつ、弱いじゃ無いか」
「サンダーショック!」
「それ! それ! あたちの弓矢をくらえ!」サーヤの弓矢がモンスターの腹に突き刺さっている。
このゲームの弓矢はどうやら、弦を弾けば矢が出現する仕組みらしい。そして、ターゲットした相手に自動で命中するようだ。やがて複数の攻撃を受けた黒い羊がその場に倒れた。
みんなが黒い羊の死体を見下ろす。
「雑魚だったな」叶人はあっけらかんとして言った。
「叶人、中ボスじゃないよこれ」とエニャ。
「まあ、何はともあれ、羊を狩るか」ルルアが血のりを飛ばすように小刀を空中で振った。
「えっへん、あたちの勝ちだー!」サーヤは弓を空に掲げている。
その時だ。
黒い羊の死体がバチバチと電流を帯びた。電流が大きくなり、死体を飲み込んでいく。
「な、何だ?」叶人は両目を大きく開いて後ずさった。
「な、何が起こっているの?」エニャも動揺している。
「つっ」ルルアは舌打ちした。「何かあるみたいだな」
「こ、怖っ、お姉ちゃん、あたち怖い!」サーヤはぶるぶると震えている。
やがて電流がやんで、その中から黒いケンタウロスが立ち上がった。下半身は羊、上半身は人間のようなモンスターである。両手には槍を持っていた。
――中ボス、ブラックメリー。
「メリーさんがプレゼントをあげるよ?」ブラックメリーは気色の悪い声で言った。
「叶人!」ルルアが叫んだ。
「分かった。ヘイトハウル!」赤い狼の咆哮を食らい、ブラックメリーが叶人を向いた。
「や、やばやばやば!」エニャはひどく動揺している。
「ひ、ひいいいぃぃ!」サーヤは戦線離脱し、リアカーのところまで走ってその影に隠れた。
ブラックメリーが槍を振り回し、叶人に斬りかかる。彼は「プロテクトシールド」と唱えた。球状の青いバリアに包まれる。
「エニャ、ヘイストをくれ!」叶人が叫んだ。
「ヘイスト!」
「みんな、やばかったら帰還しろよ!」
「へっ! こんな気色悪いモンスターは、あたいが倒してやる!」
ルルアがブラックメリーの背中に勇敢に斬りかかる。そしてあろうことかその尻尾を左手で掴んだ。その体勢のまま「月影」と唱える。
五連撃が瞬時に繰り出されて、ブラックメリーの尻を切り裂いた。モンスターのHPがごりごりと減っていく。
「サンダーショック!」エニャも負けじと魔法を撃った。
ブラックメリーがバチバチと感電する。モンスターはたまらず暴れるように駆けだした。そのせいでルルアは尻尾を離してしまった。
モンスターが叶人に飛びかかった。叶人はあまりの勢いにその場に尻もちをつく。敵が彼の首を狙って渾身の突きを放った。
「叶人!」エニャが叫んだ。
「くそっ」ルルアが悪態をついて、ブラックメリーを追いかける。
「目力!」
叶人のユニークスキルにブラックメリーが怯んだ。彼は槍の一撃をすれすれで躱し、立ち上がる。そしてあろうことか、モンスターの上半身に抱きついて、そのまま地面に転ばせた。
「ルルア!」叶人が全力で叫んだ。
「分かった!」ルルアがブラックメリーの腹を小刀で突く。何度も何度も突きを繰り返す。
「ヘイスト!」エニャがルルアに補助魔法をかけた。
「く、くそっ! お前らなんかに!」ブラックメリーが捨て台詞のような言葉を残して、赤い光となって消えた。
モンスターがその場に金貨一枚を落とした。叶人はぜいぜいと息をして立ち上がる。エニャが「ヒール」と唱えて、叶人を回復してくれた。
「いやー、やばかったな。今のは」ルルアは口の端をつりあげて笑う。
「とりあえず、倒せて良かった」叶人は服についた土汚れを手で払った。
「叶人、大丈夫?」エニャが気遣ってくれる。
「ああ、大丈夫だ」叶人は笑顔を浮かべた。続けて言う。「それじゃあ、羊毛を集めるか」
「みんな! 大丈夫!?」サーヤが駆けてきて言った。
「おう! お姉ちゃんたちが、化け物を倒したぞ!」ルルアがサーヤの頭に手を置いて、髪をくしゃくしゃと撫でた。
「お姉ちゃん、こしょばったい」
「おう、わりいな」
「これ、どうしよう?」エニャはブラックメリーの落とした金貨一枚を拾った。
「後で崩して、みんなで分配しよーぜ」とルルア。
「そうね」
そしてその後、四人はグレートシープを狩りまくり、素材集めをしたのだった。白い羊たちはブラックメリーと違い、変身することなどなく、動きは遅かった。そのため叶人たちは安全に羊毛を集めることができた。
やがてリアカーには羊毛がいっぱいになり、全員の服を作るのに充分な数が集まった。またリアカーの持ち手を叶人が引いて、村への帰路につく。リアカーがあるため、帰還の札を使うことはできなかった。