001 コピー
『小説家になろう』に空澄叶人が小説投稿を開始してから早一年が過ぎていた。彼が魂を込めて書いた作品に『猫もついてきた!』というものがある。彼なりに努力して書いたのであったが、累計PV数は2万弱、総合評価ポイント100をやっと超えたぐらいであり、平凡そのものであった。
これではいつまて経ってもワナビーのままである。金を稼げない。どうにかならないだろうか?
そんなある日だった。小説家になろうのマイページに一通のメールが届いていた。差出人は小説家になろうの運営会社からである。
……プロへの打診だろうか?
……まさかな。
読んでみると、来年の春に新しくリリースされるMMORPGのベータテスターにならないか? というものである。
叶人は疑問に思った。どうしてそんな誘いのメールが小説家になろうの運営会社から届くのだろうか?
よくよく読んで見ると、小説家になろうで書籍化し、アニメ化した作品が今度はスマホゲームになるのだという。そういう訳で、接点のある小説家になろうで活動している作者たちにメールが配布されているらしい。
ゲームをやっている暇なんて無いと叶人は思った。しかし一方で、ベータテスターになれば、小説家になろうの運営会社の生の声を聞けるチャンスかもしれないと思った。
自分は何がダメなのか? また、どうすればもっと人気が出る作品が書けるのか? アドバイスをくれるかもしれない。
数日後、叶人は誘いを受けることに決めた。その旨を返信した。その晩、またメールが届く。
それは今年の○月×日、午前10時までに、東京都の某所に集合してください、というものであった。その日は日曜日である。叶人は行くことにした。
服装は普段着で良いようだ。お金がかかるようなことはもちろん無く、交通費は当日に支給され、必要な持ち物はスマホだけ。
ゲームアプリならオンラインでもベータテストが出来るのでは無いか? 叶人のその疑問は当然だった。しかし受けると決めた手前ここで断るわけにもいかない。
日曜日になると叶人はその某所に行った。そのビルの地下室で待っていたのは身体検査だった。MRI検査のような機械に寝かされて、丸い機械が体の上下を何度も往復した。
たかだかアプリのベータテスターになるために、どうしてこんな検査をするのだろうか? さっぱり分からなかった。最後にVRMMORPGのアニメで見るようなVRデバイスっぽいヘルメットを被せられた。
ヘルメットが激しい電子音を立てていたのを覚えている。
検査技師はこう言った。
「グッドラック!」
……。
…………。
気づくと叶人は宇宙空間に浮いていた。目の前には黄色い長髪を胸まで伸ばした女神がいる。白い羽衣を着ている。
「こんにちは。叶人」
「……は? え?」
叶人はまるで事態を飲み込め無かった。何が起こっているのだろうか? もしかして、ゲームが始まったのだろうか?
しかし両目の映っているのは、アニメの世界でしか存在し得ないようなリアリティである。ゲームはスマホのアプリという話であった。女神はこんなふうに説明した。
「叶人。落ち着いて聞いてください。貴方の存在は電子空間にコピーされました。記憶、体格、性格、全てがそうです」
「ど、どういうことですか?」
「つまり、今ここにいる貴方は、電子生命体ということです。本物の叶人はコピーを終えて、いま、無事に研究所のあった地下室を出ました。帰路についています」
「は? 俺は分身したって事ですか?」
「分身ではありません。実物の叶人は帰宅し、コピーされた電子生命体の叶人は、今このように、電子空間を漂っているということです」
「あ、あの、マジで言ってるんですか?」
「大マジです」
「あの、そういうことをするのは、法律に引っかからないんですか?」
「今のところ、そのような法律はありません。ですから、犯罪にはなりません」
「は、はあ……」
「叶人。貴方にはこれから、ディバインダブルというゲームをしてもらいます。ええ、そうです。貴方たち小説家になろうの作者たちが書いているような、VRMMMORPGの世界です」
「……ど、どうしてそんなことをするんですか?」
「貴方はベータテスターですよ? 叶人。これはゲーム科学の発展のためです」
叶人は怖々とした。胸がざわざわとして、何だか気持ちが悪い。つぶやくように言った。
「……拒否権は?」
「ありません」
「……そうですか」
「はい。では叶人。ディバインダブルで使用する職業を選択してください」
「は、はぁ」
叶人はうつろな目で両手剣の職業を選んだ。女神は続ける。
「では最後に、固有のユニークスキルを授けます」
「は、はい……」
「もちろん! ですが、はいそうです! 貴方たち作者さんたちが大好きな、ハズレスキルですよ? 良かったですね! 叶人。貴方のハズレスキルは、目力、になります!」
「あ、あの……ハズレスキルが実はブッコワレスキルだった何てことは、無いんですかね?」
「さあどうでしょう? それは私には分かりません。では叶人、いってらっしゃい。ディバインダブルの世界へようこそ。……そうそう、言い忘れました」
宇宙空間が白い光に包まれる。場所が移動するのかもしれなかった。女神は最後にこう言い残す。
「ゲーム内で死んだら、貴方の存在は消えてしまいますからね」