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花、救い  作者:
1/1

衝動

何が私を駆り立てたのか、今となってはもうわからない。

ただあの時は全てが刺激物のように胸を突いて、少しでも掴まれたら溢れてしまいそうだった。溢れるものを掬いとってくれたのは、そう、誰だったか。









頭に響く騒音に瞼を無理やりひらき、腕を伸ばしてアラームを止める。

今日の天気を知らせる番組を横目に、ジーンズ生地のワンピースに腕を通す。台所にあった食パンに何も付けずに口に運ぶ。スマートフォンで時間割を見ながらリュックサックに教科書とPCを詰め込む。

そうして気がつくと、家を出なければならない時間になっていた。

「いってきます」

誰もいないリビングに1人ぽつりと呟いて、鍵を閉める。


外に出ると生暖かい風が吹いて、金木犀の綺麗な匂いがふわりと香った。幸せな気持ちになるはずなのに、満たされない何かを無理やり塞ぐあたたかさに心は冷たさを増すばかりだった。

自転車に跨り、歩いている人達を抜かして駅に向かう。駅に近づくと人は増えていき、今日を始めるために歩みを進める人達で溢れかえる。

ホームに並んでいるのは毎日見ているのと同じ顔で、ホームに現れる電車も毎日見ているのと全く同じである。


スーツや制服を着た人達が大量に乗っている電車に無理やり乗り込む。

息苦しい。何が苦しいと具体的に言える訳でもないのに、毎日が同じことの繰り返しで、何かに追われている。歩くのを辞めてしまったら全てが終わってしまいそうで怖い。

「終わってもいいのにね」

心の内で抱えきれる感情の量は超えて、口からぽろりと零れてしまう。

歩みを進めたくもないのに電車は勝手に私を連れていく。車窓から外を眺めてもいつもと同じで、高いとも低いとも言えないビルが連なっている。

次の駅だ。

次の駅で、降りなくちゃ、学校に行けない。

脳内がいっぱいになって、俯く。その間に電車のドアが開く。

はっ、と顔を上げると電車はまた走り出していた。






こんなことは初めてだった。毎日、どんなに息が詰まっても学校に行っていた。足が勝手に進んでいたのに、今日はなぜだか進まなかった。

外を見ると、見たことの無い公園で幼い子供達が走り回っている。

いつもと違うものを見たのは、いつぶりだろうか。


何故だか安心してしまって、今朝無理やり開いた瞼をそっと閉じる。




鳥の鳴く声が響き、目を開いた。顔を上げずに目線だけで外を見ると、澄んだ水色が広がっていた。

思わず顔を上げる。

一面が美しい水色、飾りのように配置される緑色。




この路線の果てが海なんて知らなかった。




聞いた事のない駅で降りる。

見たことの無い景色。

駅といっても私が普段通うような駅とは違う、ただ改札が1つとベンチが一つだけ。


いつものように定期を使って降りようとするも、タッチする場所がなく、まず残高が足りているのかもわからない。


駅員さんに事情を説明して有り合わせの現金でなんとか支払う。



「ここ、どこだ」



改札を抜けても何も無い。スマートフォンで調べようとして、電源ボタンを押すも、付かない。

そういえば、昨夜はリビングで寝てしまって、充電をしていなかった気がする。

中学校に上がってからずっと、全てのことをスマートフォンに頼ってきた。これがなくては、何も出来ない。

コンビニに行って充電器を買おうにも、コンビニがどこかわからない。


来たことの無い場所。リュックにあるのは教科書に筆記用具、数千円ほどのお金、それと飴くらいだ。


呆然と立ち尽くす。


「ねぇ」


背後から高く、でも甲高くはなく穏やかな声が聞こえる。ばっ、と振り返る。


「見ない顔だね」


私とほとんど背の高さは同じで、でも少しだけ彼女の方が低いかもしれない。腰まで伸びた真っ直ぐな髪の毛は、綺麗な栗色。真っ白で足首まである、長いワンピース。驚くほど華奢で、白い肌。

目を細めて訝しげに、じーっと見つめてくる。でも、何か新しい獲物を見つけたかのような好奇心が隠しきれていない。



目を合わせて、少し近づいて、尋ねる。


「初めまして。ここは、どこですか?」


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