とある伯爵令嬢の日記より
ご覧いただきありがとうございます。
なんで私、こんなバットエンドばっかり書いてんだ…?
※幼少期の日記の口調が大人びていないか?とお思いの方へ。
難しい漢字は使わずにひらがなで書こうかとも思いましたが、それだと読みにくそうだな?と思いましたので「幼少期の日記を成長したクリフが変換している」と思っていただけますと幸いです。
後半は力が入らず途切れ途切れの書き方の為、あえてひらがなばかりです。
○月✕日
クリフ様がお見舞いに来てくれた。沢山の黄色いお花を抱えていたから全身花まみれで思わず笑ってしまった。
ベントレー侯爵邸の内装を飾りに来た業者さんから、お花を貰ってきたのだと言う。
「まるでミーチェルの瞳の様なお花だったから!」とキラキラした笑顔で話してくださるクリフ様。私はまたクリフ様の事が好きになった。
貴方様の婚約者でいられて、ミーチェルは本当に幸せです。ありがとう、クリフ様。
○月✕日
今日も朝から雨が降っていた。
咳がやっと治まってきたのに、この天気ではクリフ様には会えないと思ってガッカリしていたら、なんとクリフ様からプレゼントが届いた。小さなカエルが葉っぱの傘の下で雨宿りをしている置物だ。ちょっとリアルだったから侍女のマーサが小さく悲鳴をあげていたけれど、私にはとても可愛く見える。
「遠い国ではカエルが満足したら天気を晴らしてくれるそうだから、送ったカエルにお願いしておいた。早くミーチェルに会いたい。」
素敵なお手紙とプレゼント。とっても嬉しい。私も早くクリフ様に会いたいな。
マーサにお返事用のレターセットを準備してもらって……。可愛いカエルは窓際に飾ろう。カエルさん、早く満足してくれたらいいな。
○月✕日
明後日は年に一度の花祭りの日。
クリフ様が黄色い可愛いドレスとお花の耳飾りを送ってくださった。
今年こそはクリフ様と行きたい。
夜更かししないで早く寝なくちゃ。
[日付なし]
もうこんな体いや。
クリフ様、ごめんなさい。
○月✕日
花祭りは行けなかった。熱が下がらなかった。
どうして私はこんななんだろう。お父様もお兄様も悲しそうな顔をして、お母様は泣いていた。
クリフ様は花祭りに行けただろうか。
ごめんなさい。皆、私のせいで、ごめんなさい。
○月✕日
クリフ様が来てくれた。花祭りの事を謝ったら一瞬寂しそうにして、すぐに笑って「来年は一緒に行こうね」と言ってくれた。
私も笑った。でも凄く悲しかった。
だから決めた。私はクリフ様の幸せを第一に考える。私のことよりクリフ様の幸せを。
例えば、もし私の体のせいで婚約の話が無くなっても…想像するだけですごくすごく悲しくて涙が出るけど、それでも、クリフ様が幸せになれるならちゃんとお別れしよう。
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○月✕日
明日からクリフ様は王立学園に通われる。
「毎日手紙を書くよ」と言って額にキスを下さった。
私もクリフ様と一緒に学園に通えたらいいのに。
○月✕日
お父様からお医者様を紹介された。
今まで沢山のお医者様に診ていただいたけれどそれでも私の体は弱いまま。
今度のお医者様はとても優しい目のお爺さんだった。にこにこ笑って私の病状を聞いて、いくつかのお薬を処方してくださった。
凄く苦くて飲み込むのが大変だった。
クリフ様への手紙にその事を書いたら励まして下さった。
健康になったら将来クリフ様のお嫁さんになった時に出来ることが増えるのだ。頑張らないと。
○月✕日
クリフ様からのお手紙が待ち遠しい。
勉強は大変だけれど、学園でお友達もできてすごく充実されているみたい。
楽しんでいる様子がヒシヒシと伝わってきて、こちらまで笑顔になってしまう。少し寂しいけれど、それ以上に喜びが勝る。
今日は連日の咳が落ち着いて息がしやすい。よく眠れそうだ。
夢の中でくらい、クリフ様と一緒に学園に行ってみたい。
今度のお休みはお会いできるかしら。
○月✕日
体のだるさが薄れてきている気がする。いつもより頭痛もしない。体が軽い気がする。
マーサに手伝ってもらって庭を少しお散歩してみた。久しぶりの外が凄く気持ちよくて時間を忘れてしまった。
新しいお医者様のお薬のおかげかしら?
クリフ様のお手紙は今日は来なかった。
○月✕日
最近体の調子がいい。お母様やマーサは私以上に喜んで今日は庭でお母様とお茶をした。
座っていられる時間もだんだん伸びている。
お父様とお兄様を出迎えたらすごく驚かれたけれど、すぐに嬉しそうに笑って優しく抱きしめてくれた。
クリフ様にもお手紙でご報告した。
これからは少しは婚約者らしくできるかしら。クリフ様は喜んでくださるかな。
○月✕日
今日はお兄様と領地内の市場に行ってみた。少しの時間だったけれど、目に映るもの全てが新鮮で思わずはしゃいでしまった。お兄様とマーサに窘められてしまったけれど、2人とも私が歩き回るのを止めずに見守ってくれた。
先日のお医者様の診断でも無理をしなければ少しの外出は大丈夫とお墨付きを頂いたし、今年こそはクリフ様と花祭りに来られるかもしれないと思うと嬉しくてたまらない。
手紙はちゃんと届いたかしら。
○月✕日
クリフ様からお返事が来た。
忙しい合間を縫って書いてくださったのか、少し短い手紙だったけれど、なかなか会えない事のお詫びと、私の体調がいい事を喜んで下さった。
「でも、あまり無理をしてはいけないよ」とまるでお兄様が言っているのと同じ事が書いてあって笑ってしまった。
私も少しずつ運動したり、勉強をやり直している。ベットに寝ながらやっていたのとは大違いだけれど、家庭教師のノーデライト夫人の教え方はとても分かりやすいから楽しくて仕方がない。
「この調子なら、学園にも通えるようになるかもしれませんね」と言ってもらえた。
クリフ様の言う通り無理はしないで、でも今まで出来なかった分、沢山頑張ろう。
○月✕日
クリフ様が今度我が家に来てくださる事になった。久しぶりに会えるのが凄く嬉しい!
いつも頑張っていらっしゃるクリフ様の為に、明日マーサと一緒にプレゼントを買う事にした。先日我が家に来た業者の方のお店が学園近くにあるそうだ。少し遠いけれどいいリハビリになると思う。学園も、外からでいいから見てみたい。
私がお店に行って買ったと知ったら、クリフ様はどんな顔をされるだろう。万年筆なら学園でも使えるかしら。彼に似合うものがあればいいな。会える日が待ち遠しい。
[日付なし]
信じたくない
[日付なし]
どうして?
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○月✕日
今日、クリフ様と会った。久しぶりに会った彼は花とプレゼントを下さった。私の容姿が以前よりも変わったと驚いていたが、終始目を合わせようとはしなかった。
学園での生活を楽しそうに語り、友人達の素晴らしさを語る。私はただ黙ってにこにこしながら相槌を打った。
本当は聞きたかった。
あの日、私が彼へのプレゼントを買いに学園の近くに行った日、一緒にいた人は誰だったのか。とても綺麗な人だった。クリフ様と腕を組み、仲睦まじい様子は傍から見たら婚約者同士にしか見えなくて。美しい赤い髪にクリフ様が髪飾りを付けてあげて、彼女はとても幸せそうで……キラキラした2人はすごくすごくお似合いだった。
クリフ様が下さったプレゼントは、髪飾りだった。
結局クリフ様には聞けなかった。万年筆も、渡せなかった。
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○月✕日
あれからクリフ様からお手紙は来ていない。私はずっとずーっと考えている。
クリフ様は私が病弱で可哀想だから婚約者になってくれたんだろうか。やっと本当に愛せる人を見つけたんじゃないか。
クリフ様を子どもの頃から縛り付けていた。きっと優しいあの方はこれまで沢山の我慢をしてきたんだろう。あの日、熱を出して行けなかった花祭りの、寂しそうな顔を思い出す。私は彼からどれだけ沢山喜びを奪っただろう。それなのに、私はこれまで沢山のものを貰ってきた。
もう、もう十分だ。
そうだ、あの日に決めたんだ。
彼の幸せを守るんだ。
どれだけ苦しくても。それが私に出来る唯一の恩返しなんだから。
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[日付なし]
私は長年の投薬の副作用で子どもができにくい体質になっていた。それを理由に、クリフ様との婚約を破棄した。これで良かったんだ。これで。
クリフ様、貴方は自由です。どうか、どうか、幸せになって下さい。
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[日付なし 文字が震えている]
薬が効かなくなってきた。
また頭痛やだるさ、吐き気と咳が襲ってきている。
どうしてだろう。
[日付なし 文字が震えている]
お医者様は魔法使いだった。
私の恋心を糧に薬は効果を発揮していたそうだ。
不思議な力、物語の中だけではなかったのね。
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[日付なし 文字が震えている]
お とう さ ま
おかあ さま
お に いさ ま
ま ー さ
なか な いで
くり ふ さま
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[日付なし 文字が震えている]
みんな を なかせて ばかりで ご めんね
わ たし し あ わせ よ
あ いし てる わ
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「そんな…ミーチェル…」
呆然と、クリフは自室で膝を付いた。
幼馴染で元婚約者だったミーチェル・レガシー伯爵令嬢の葬儀に参加したのは昨日の事。義理の父になるはずだった伯爵は、打ちひしがれ泣きはらす夫人を支えながら充血した目で微笑んでくれた。
「御多忙の中参列下さり感謝します、ベントレー侯爵令息。
あの子も、きっと喜んでおります」
少し前までは親しみを込めた声で「クリフ君」と呼ばれていたが、ミーチェルの生前に伯爵家有責で突然婚約破棄となってから伯爵は「高位貴族の令息」として自分に接するようになった。義兄になる予定だった長男のジョナサンも同様だ。幼い頃から親友同然の間柄だった彼も、妹との婚約が無くなってからは相応の対応になっている。
それが当たり前なのに、酷く違和感があってクリフは早く帰りたくて堪らなかった。
渡された花を添える為に近づく。
棺の中、沢山の真っ白な花に囲まれたミーチェル。婚約破棄の前に会った時は随分肉付きも良くなって、健康そうな肌色に窓から降り注ぐ光を受けて艷めく亜麻色の髪が美しく、年相応の可憐な姿に一瞬目を奪われた。
しかし、自分の中の罪悪感が彼女の蜂蜜色の目を見る事を邪魔して、元気だったミーチェルとの最後の時間だったのにあの日のことは殆ど覚えていない。
棺の中で手を組んだミーチェルはまた痩せてしまって、手も少し筋張っている。固く瞼を閉じたまま、長いまつ毛が震えることもない。
でも不思議と、クリフは自分が名前を呼んだらミーチェルが起きるのではないかと思った。
「あらクリフ様、今日も来てくださったんですか?」
ふっと起き上がり、そう言って蜂蜜色の目を細め、白い頬を薔薇色に染めて嬉しそうに顔を綻ばせる。そんなミーチェルの姿がありありと浮かんで…。
しかし現実では、ミーチェルがクリフに微笑むことは二度となかった。
葬儀が終わり、帰ろうとしていたクリフを呼び止めたのはジョナサンだった。
「ジョナサン?」
「ベントレー侯爵令息、こちらを受け取って頂けませんか?」
差し出されたのは万年筆と一冊の本。
「それは」
「………亡き妹の私物です」
「え!?いや、そんな大切な物を」
「私も散々迷いました。棺に収めようか、いっそ私が保管しておこうかと。
しかし、これは貴方様が持っていた方がいい」
戸惑うクリフに殆ど押し付けるような形でジョナサンはそれらを渡す。
そしてそのまま踵を返そうとして、ふと立ち止まった。
「…?」
「……幼い頃から、妹の事を傍で支えてくださったこと、本当に、感謝しております。
妹は…きっと幸せでした。心から好いた人に大切にしてもらえたのですから」
「……」
「ですが」
背を向けられたままのクリフからはジョナサンの顔は見えない。
「私は、私は妹に死んで欲しくありませんでした。生きて、幸せになって欲しかった。
貴方は……きっと悪くないけれど、それでも……俺は………」
拳を握りしめて、かつての親友が肩を震わせているのは悲しみゆえか、それとも最期までミーチェルの傍にいなかったクリフへの怒りか。
「ジョナサン…」
「分かっております…。貴方は悪くない。
非礼をお許しください。どうか、どうかお幸せに」
震える声でそれだけ言うと、ジョナサンは振り返らずに今度こそその場を後にした。
次の日、クリフは自室でミーチェルの日記を読んだ。毎日では無いが、分厚い日記帳にはこまめに短くその日あった事が書かれている。
幼い頃からほぼ毎回、クリフの名前が一度は出てきた。時に滲んだインクや、段々と乱れていく文字の中ですら。
最後まで読み終わった時、クリフの脳内では色々な事が駆け巡っていた。
ミーチェルは、クリフの初恋だった。病弱な幼馴染、自分が生涯守るべき存在。そう信じて疑わなかった。ミーチェルが言う通り、我慢しなければならない事もあった。花祭りだって婚約者を連れて行けなくて、会いに行くのはいつもクリフだった。でも、クリフはそれでも幸せだった。ミーチェルはいつもクリフの話を心から嬉しそうに聞いてくれた。まるでクリフが主人公の冒険譚を聞かされているような反応で、「それで、それで?」と必死に耳を傾ける。クリフはそれが嬉しかった。
変わったのは学園に入ってから。
なんとか勉強にもついていき、友達と呼べる人も沢山できた。しかし、彼ら彼女らはミーチェルの話を聞くとこぞって言うのだ。
「病弱な婚約者に縛り付けられて可哀想だ」と。
最初クリフは余り気にせず受け流していた。しかし、学園に婚約者が通っている友人達はいつもクリフに同情の言葉を投げかける。特にその傾向が強かったのはガロン伯爵家のステイシアだった。燃えるような赤い髪の美しい令嬢だった。
「クリフったらこんなに優秀で優しいのに、病弱な幼馴染のせいで何もかも我慢してきたのね。本当に勿体ない」
そう言われて優越感が無かったと言えば嘘になる。ミーチェルに尽くす事を不快に思った事なんて一度も無いけれど、周りから誠実だ婚約者の鑑だと持て囃されて気分が良かった。
だから「真面目過ぎるのも体に毒だぞ?」と言われて、確かにと思ったのだ。
週末はミーチェルではなくステイシアや友人達と過ごすのを優先する様になっても
「自分は今まで沢山我慢してきたのだから」
「こんな風に過ごせるのは学園にいる間だけで、卒業したらまた婚約者を優先すればいい」
そう言われてしまえば罪悪感は薄れた。
両親にはなんだか後ろめたくて外出先は言えなかった。
「せめて学園にいる間くらい羽目を外せば?
なんなら、私が婚約者ちゃんの代わりにエスコートの練習台になってあげてもいいわよ?」
ステイシア以外の友人達にも煽てられて、多少の罪悪感はあったものの美しい彼女を侍らせる事は満更でもなくて…。学園のすぐ側の市場に彼女をエスコートした正にその日を、まさかミーチェルに見られていたとは思わなかった。
髪飾りだって、付き合ってくれた礼にとステイシアの赤い髪に似合う物を買った。でもミーチェルに渡したのはミーチェルの亜麻色の髪に良く似合うと思って買ったものだ。ステイシアと同じものじゃない。
ミーチェルに渡したあの髪飾りは、彼女と一緒に棺に収められたのだろうか。
婚約破棄された時、ステイシアに惹かれつつあったクリフは少しの解放感とあっさりと破棄された婚約に「ミーチェルに自分は必要なかったのだ」と半ば絶望した。
すっかり友人達と同じ考えに染まったクリフは自分の人生を縛り付けていたミーチェルを恨みもしたし、こんな事ならもっと前にサッサと婚約破棄してくれたら良かったのにとレガシー伯爵家にも自分の両親にも腹が立ち、ますますステイシアとの仲を深めた。
ミーチェルとの婚約破棄の理由は薬の副作用によるもので、それはある意味、自分の婚約者として少しでも健康になろうと努力してくれたミーチェルの弊害だったのに。子ができにくいから身を引くのは、侯爵家の為であるのに。
きっと昔のクリフなら、例えその理由を出されても「ならばこれから解決策を考えよう」と言えたのに。
では、ならば、どうすれば良かったのだろう。
ミーチェルを手放したくはなかった。でも学園にいる間くらい、自由を求めたっていいじゃないか。
そう思って、ふと、レガシー伯爵家の誰もクリフを責めなかった事を思い出した。
伯爵夫妻は分からないが、少なくとも日記を読んだはずのジョナサンは婚約破棄のきっかけを知っている筈だ。
しかし彼は言った。
「貴方は悪くない」
ジョナサンはどんな想いで自分にそう言って、どんな想いでこれを渡したのだろうか。
机の上の万年筆を手に取る。ミーチェルからの最後のプレゼント。クリフが好きな落ち着いたデザインで、クリフが好きな若草色の飾り石が付いている。
「これはどんなに長時間の書き仕事でも疲れにくい様、グリッチ部分や指があたる箇所のデザインにちょっとした工夫がされているんですよ」
ステイシアと買い物に行った時にも見かけたそれは、店主から勧められたクリフが買うか迷って、結局はステイシアへのプレゼントを優先する為に一度諦めた物だった。
「ミーチェル…ミーチェル…」
はい、クリフ様。
応えてくれる優しい声はどこにも無い。
胸の内で渦巻く感情は色々な物がごちゃ混ぜになって言葉にもできない。
「ミーチェル…僕は……」
どうすれば良かったのだろう。
何度問いかけても誰も答えを教えてはくれない。
涙が後から後から流れ出て、クリフは万年筆を握りしめながら声を殺して泣いた。
お読み下さりありがとうございました。