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父と娘、御主人さまと召使いの遭遇

 その日、バロンはロミナを連れ城塞都市バーレンに来ていた。実のところ、あまり連れて来たくはなかったのだが……ライムに説得され、仕方なく荷車に乗せてきたのである。

 いつものように、肉屋に来たはずだった。ところが、なぜか店は静まりかえっている。裏口も閉められており、入ることが出来ない。

 いったい何が起きたのだろうか。この雰囲気は変だ。


「ロミナ、お前はここを動くな」


 そう言うと、バロンは動いた。表通りに面する道へ、そっと出てみる。今の状況は異常だ。何か、とんでもないことが起こったのではないだろうか。

 直後、彼の目はあるものを捉える──


 人っ子ひとりいない大通りを、のしのし歩いてくる者がいるのだ。身長は高く、たくましい体つきをしている。髪と髭は長く、素肌に毛皮のベストというとんでもない出で立ちだ。

 この男こそ、ゾッド地区の超危険人物であり悪の天才魔術師でもあるララーシュタインだ。

 見た瞬間、バロンは低く唸った。あいつは、恐ろしく強い。血が沸き上がるような感覚を覚え、歩いてくる大男を睨みつける。

 やがて、ララーシュタインは立ち止まった。バロンとの距離は、もうほとんどない。互いに、一瞬で飛び込み殴り合える間合いだ。

 両者は、臨戦態勢に入っていた──




 このふたりは、今まで会ったことがない。

 普段のバロンは、もっと早い時間に来て仕留めた動物を肉屋に卸していた。彼が帰る時間帯に、ララーシュタインが犬を散歩させるため街を徘徊していたのだ。

 しかし、今日のバロンはロミナを連れている。そうなると、ひとりの時よりも慎重に進まざるを得ない。結果、街に入る時間は遅くなる。

 したがって、この二匹のモンスターがついにカチ合ってしまったのである。

 両者は、じっと睨み合う。お互い、相手がただ者でないことを一目で見抜いていたのてある。


「何だてめえは?」


 先に口を開いたのは、バロンであった。ララーシュタインの巨体に怯むことなく、まっすぐ見上げている。


「お前こそ何者だ?」


 ララーシュタインも聞き返す。いつもなら、さっさと手が出ていたはずだ。しかし、今は慎重になっている。相手の強さを計っていたのだ。

 もっとも、彼の裡にあるものは恐れだけではない。ララーシュタインは、久しぶりに熱くなっていたのだ。

 そう、ゾッド地区には危険な(やから)が大勢いる。にもかかわらず、このララーシュタインにケンカを売って来るような者はほとんどいない。仮にいたとしても、ほんの数秒でのしてしまえるような雑魚ばかりだ。

 しかし、目の前に立っている者は違う。体は小さいが、掛け値なしの強者(つわもの)だ。素手の闘いならば、ララーシュタインにも引けを取らないかもしれない。


「ほう、喋れるのか。俺はまた、どこかに飼われていたゴリラが檻を破って逃げ出したのかと思ったぜ。けどよう、喋れるとは賢いゴリラだな」

 

 そう言って、ニヤリと笑ったバロン。ララーシュタインの表情が、さらに険しくなる。


「誰がゴリラだ、このチビが。貴様の手足をへし折って、脳みそをぐちゃぐちゃにして犬のエサにしてやろうか」


「ふん、口たけは達者だな。喋るゴリラとして、見世物小屋にでも売り飛ばしてやろうか。そうしたら、さぞかし客が呼べるだろうな」


「この俺を、見世物小屋に売り飛ばすと言うのか。なかなか面白いことを言うな。だがな、それは無理な話だ。なぜなら、今からお前が行くのは地獄だからだ。地獄に見世物小屋はないだろうよ!」


 吠えた直後、ララーシュタインは拳を振り上げる。しかし、そこで思わぬ邪魔が入った。


「ご主人さま、何をやってるんてすか?」


 後ろから、ぱたぱたという足音と共に現れた少年がいる。ララーシュタインの召使いであるジュリアンだ。その横には、犬のロバーツもいる。

 次いで、素っ頓狂な声が響き渡った。


「お父さん! 何してるのだ!?」


 言いながら、ロミナが走ってきた。と、ふたりは同時に叫ぶ。


「ロ、ロミナちゃん!?」


「ジュリアンなのだ! ロバーツもいるのだ!」


 その声に、ララーシュタインの動きが止まった。ゆっくりとジュリアンの方を向く。


「おい、これはどういうわけだ? あの娘は知り合いか?」


「はい! 僕の友だちのロミナちゃんです!」


「そうなのだ! ジュリアンとロバーツの友だちのロミナなのだ!」


 言いながら、前に出てきたのはロミナだ。バロンが止める暇もなかった。

 ララーシュタインは、ロミナを見下ろす。その顔には、驚愕の表情が浮かんでいた。


「お前、名は何というのだ?」


 大男のララーシュタインに向かい、ロミナは臆する様子もなく尋ねた。

 ジュリアンの顔が引き攣った。そっと声をかける。


「ちょ、ちょっと……」


「俺の名は、ララーシュタインだ」


 ララーシュタインは、静かに答える。少女の態度は礼儀正しいものとは言えないが、彼は怒っていないようだった。

 ただ、驚きと戸惑いの表情は消えていない。


「ララーシュタインというのだな! ロミナなのだ! よろしく頼むのだ!」


 嬉しそうに言いながら、ロミナはどんどん距離を詰めていく。ララーシュタインのすぐ前に立ち、彼の顔を見上げた。


「それにしても、でかいのだ。お父さんよりも、ずっとでかいのだ」


 そんなことを言いつつ、頭の先から徐々に目線を下げていく。と、腕のあたりで目線が止まった。毛皮のベストを素肌に着ているため、太い二の腕が剥き出しである。


「腕、触っていいのか?」


 いきなりの問いに、ララーシュタインは落ち着いた表情で答える。


「ああ、構わんぞ」


 そう言うと、ララーシュタインはしゃがみ込んだ。丸太のように太い二の腕を少女に近づける。

 ロミナは目を輝かせ、ピタピタと触った。


「おおお……凄い筋肉なのだ。強そうなのだ」


「うん。僕のご主人さまは、とってもとっても強いんだよ」


 誇らしげに言ったジュリアン。すると、そこでバロンが口を挟む。


「ロミナ、こういうデカブツに限って本当は弱かったりするんだよ」


 その言葉に、ララーシュタインがじろりと睨みつけた。しかし、ロミナがすかさず答える。


「そんなことないのだ。ララーシュタインは、とても強いと思うのだ」


「ああ、俺さまはとても強い。何といっても、悪の天才魔術師であるからな」


 言うと同時に、ララーシュタインは胸を張り腕を曲げて見せた。逞しい上腕二頭筋が盛り上がる。だが、バロンも黙ってはいなかった。


「えっ、何だって? アホの変態魔術師? なるほど、確かにアホそうだもんな。格好からして、変態っぽいし」


 そこまで言われては、さすがに黙っていられなかった。ララーシュタインは、すっと立ち上がる。


「何だと貴様」


「何だ変態、やんのかコラ」


 言い返すバロンだったが、ロミナが慌てて叫ぶ。


「や、やめるのだ! ケンカしちゃ駄目なのだ!」


 途端に、ふたりは笑い出した。もっとも、心からの笑いでないのは明らかだ。


「ははは、何を言ってるんだロミナ。ケンカなんか、お父さんがするはずないだろう。どちらが勝つか、わかりきっているのに」


「その通りだ。そもそも、ケンカとは同レベルの者同士で起こるもの。俺とお前のお父さんとでは、レベルが違い過ぎる。ケンカなど起きようがない」


「そうそう、お父さんとアホのララーシュタインとじゃ、レベルが違い過ぎる。ケンカにはならないんだよ」


 そんなことを言い合いながら、ふたりは額をくっつけ睨み合っている。顔は笑っているが、お互いを見る目には敵意が浮かんでいた……。


「ふ、ふたりとも何をやってるんですか」


 ジュリアンが呆れた表情で声をかけた時、またしてもロミナが叫んだ。


「嬉しいのだ! 今日は、また友だちが増えたのだ! 街にくれば、友だちがどんどん増えていくのだ!」


 その言葉に、睨み合っていたふたりも表情がほころぶ。ジュリアンも微笑んでいた。


「そうだね。ロミナちゃんなら、友だち百人できるよ」


「ひゃくにん? それは、三人より多いのか?」


 真顔で聞いてきたロミナに、ジュリアンの表情が固まった。

 ややあって、そっと尋ねる。


「ロミナちゃん、これが数字の一だけど……次の数字は?」


 聞くと同時に、指を一本立てて見せるジュリアン。ロミナの方は、元気よく答える。


「二なのだ!」


「二の次は?」


「三なのだ!」


「じゃあ、三の次は?」


「たくさんなのだ!」


 途端に、ララーシュタインがバロンを睨む。


「おい、お前は父親なのだろうが。数のかぞえ方も教えておらんのか」


 小声で言われ、バロンも小声で答える。


「仕方ないだろうが。こっちにもこっちの事情があるんだよ」


「はあ? どんな事情だ?」


「お前みたいな変態ゴリラに教えられるか」


 小声で罵り合うふたりをよそに、ジュリアンは手のひらを広げた。ロミナに向かい、親指と小指を握り三本の指を伸ばして見せる。


「ロミナちゃん、これが三だよ。そして、ここにひとつ足すと四という数字になるんだ」


「お、おおお……よん? よんは、たくさんと違うのか?」


「違うよ。あのね、四は数字なんだ。けど、たくさんは数字じゃない。いいかい、三の次は四。言ってみて」


「よ、よん……なのだ」


「そう。四は、この数」


 言いながら、今度は四本の指を立てて見せた。すると、ロミナの目が輝く。


「おおお……四なのか! これが、四なのだな!」


「そうだよ」


 そんなふたりを見て、ララーシュタインは得意げにウンウン頷く。


「フッ、さすがは我が召使い。人に教える能力も素晴らしい。どこぞの、娘に数のかぞえ方も教えていないチンピラとは大違いだな」


「そうかい。まあ、確かに教え方は下手ではないようだな。どこかのアホな人型ゴリラとは、大違いだ」


 言い合い、睨み合うララーシュタインとバロン。そんな両者を見て、犬のロバーツは困った表情で首を傾げていた。






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