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家族の真相(2)

 ライムとバロン。

 片や、同族の者たちから追放された吸血鬼。片や、人間ではなく人狼とも言えない中途半端な存在。

 最初のうちは、同じ山に住む単なる顔見知りでしかなかった。人間からは怪物扱いされる者同士、共感するものがあったが、それでも接触することはなかった。

 だが、ある出来事をきっかけに、その状況は一変する。


 ロミナとの出会いは、偶然だった。

 ある日、森を通りかかった旅人の親子がいた。母と子のふたり連れである。何の用事があるのか、この物騒なアルラト山を歩いていたのだ。あまりにも無謀である。

 そんな親子は、夜中に緑色の肌をしたゴブリンの群れの襲撃を受けてしまった。女は、幼い少女を逃がそうとしてゴブリンの群れに立ち向かう。だが、あっさりと殺されてしまった。そのゴブリンに惨殺されてしまった女こそが、ロミナの本当の母親なのであろう。

 惨劇を目の当たりにしたショックで、少女は意識を失ってしまった。そのままだったら、ロミナも母親の後を追っていただろう。

 ところが、その場にひとりの吸血鬼が現れる。偶然、近くを通りかかっていたライムだ。

 人間など、放っておいても良かった。しかし、気を失った少女の姿はあまりにも痛々しかった。彼女は疾風のごとき勢いで、ゴブリンたちの中を突破する。ロミナをかばい、ゴブリンの群れの前に立ちはだかったのだ。

 さらに、血の匂いを嗅ぎ付けた巨狼ことバロンも乱入してきた。こうなると、戦いにすらならない。ゴブリンの群れは、一瞬で蹴散らされてしまった。

 その後、ロミナは意識を取り戻した。見れば、上等な服を着ており、首からはペンダントをぶら下げている。おそらくは、名のある家の娘なのだろう。

 だが彼女は、自身の名前以外の記憶を失っているようだった。襲われたショックによるものだろう。

 家の壁にかけられているペンダントは、襲われた時に彼女が身につけていたものである。しかし、本人は何も覚えていない。それが何なのかすら、わかっていなかった。

 それだけでも充分な難事ではある。しかし、さらなる厄介事が起きたのは、それからだった。

 意識を取り戻した直後は、ボーッとした表情でライムの顔を見つめていた。だが、みるみるうちに表情が変わる。

 やがて、とんでもないことが起きた──


「お母さん! 怖かったのだ!」


 叫びながら抱きついてきたのど。どうやら、襲われたショックで目の前にいる女性を母親と思い込んでしまったらしいのだ。

 その場で突き放していれば、話は終わっていたかもしれない。だが、泣きじゃくり抱きついてくる少女を、ライムは拒絶できなかった。小さな体を震わせながら、必死でしがみついてくるロミナを、ライムは優しい表情で受け止める。

 これまでに味わったことのない、不思議なものを感じていた。


 以来、三人は家族として暮らしている。昼間に活動できないライムの代わりに、バロンがロミナの面倒を見る。そして夜、巨狼に変身するバロンの代わりに、ライムが少女の面倒を見る。

 今のように、吸血鬼の本能を剥き出しにした姿を、ロミナに見られるわけにはいかなかった。だからこそ、家から離れた場所で血を吸っているのだ。

 三人の家に獣や亜人たちが近寄らないのも、バロンとライムの正体に気づいているからだった。人狼と吸血鬼……この山の中でも、恐れられているコンビであろう。ゴブリンやオークごときでは、百人がかりでも歯が立たない。




「聞いたよ、ジュリアンくんのこと」


 ライムが言うと、巨狼はこちらを向く。


「ジュリアン? アア、アノガキカ」


 その口から、人間の言葉が出た。かなり聞き取りづらいが、意味は通じる。狼の姿になっている時のバロンは、滑舌が悪く発音も変である、人間とは口の構造が違うため、言葉が喋りづらいのだろう。


「ロミナは、ジュリアンくんのこと気に入ってるみたいだよ」


「ソンナコトハ、シラン」


「愛娘に好きな子が出来たのが、気に入らないっての?」


「ソンナノシルカ。タダ、アイツハキニイラン」


 バロンは、不機嫌そうな口調で答える。その時だった。


「お母さん! どこ行った!」


 不意に、家の中から声が聞こえてきた。普通の人間ならば、これだけ距離があれば聞き取れないだろう。だが、吸血鬼であるライムの耳には聞こえたのだ。

 直後、ライムは異様な速さで動く。人間にはありえないスピードで家に戻り、ロミナの寝室へと入った。


「ロミナ! どうしたの!」


 駆け込んだライムの前で、ロミナは上体を起こした。その顔は、恐怖のあまり蒼白になっている。


「お母さん! 凄く怖い夢を見たのだ! 一緒に寝て欲しいのだ!」


「もう、しょうがない子ね」


 ライムは、ベッドに横たわる。すると、ロミナはしがみついてきた。小さな体は震えている。

 少女の頭を撫でつつ、優しく尋ねる。


「どんな夢を見たの?」


「緑色の怖いお化けが出たのだ。いっぱいいたのだ。お父さんもお母さんも、お化けに食べられてしまったのだ」


 それは、ゴブリンの群れに襲われた時の記憶だろう。今のロミナは、あれを現実ではなく悪夢として認識している。本人にとって、それがいいことかどうかはわからない。

 ライムにわかっていることはひとつ。今の自分が、どんな言葉をかけてあげればいいか……それだけだ。


「大丈夫だよ。お母さんは、とっても強いんだから。お化けなんか、すぐにやっつけちゃうよ」


「ほ、本当か?」


「本当だよ。ロミナを怖がらせるような奴は、お母さんがみんなやっつけてやるから」


「おおお! それは凄いのだ!」




 しばらくして、ロミナの寝息が聞こえてきた。ライムは、優しい表情で少女の寝顔を見守る。

 できることなら、ずっとこうしていたい。だが、それはロミナにとって幸せではない。

 この娘は、いずれ人間社会に帰って行かねばならないのだ。街に行かせたのも、その第一歩である。


 その時、外で物音がした。ライムは、そっと部屋を出ていく。

 外には、バロンがいた。巨狼の姿で、じっとこちらを見ている。その横には、仕留めてきた鹿が置かれていた。

 

「大丈夫だよ。悪い夢を見ただけだから」


「ソウカ。ヨカッタ」


「さっきの話の続きだけどさ、ロミナから聞いたよ。あんた、あの子を街に連れていかないことにしたんだって?」


「アア、ソウダ」


「何でだい?」


「マチハ、キケンガオオイ。コドモハ、ツレテイケナイ」


「違うでしょ。その、ジュリアンとかいう男の子と会わせたくないだけでしょ」


「ソウイウワケデハ、ナイ』


「あんたの気持ちはわかるよ。でもね、あたしらは人間じゃない。いつまでも、一緒には暮らせないんんだよ」


 その言葉に、巨狼はプイッと横を向いた。痛いところを突かれ、機嫌が悪くなったのだろう。しかし、ライムはなおも訴える。


「いつかは、あの子とお別れしなきゃならないんだよ。だったらさ、ジュリアンくんにロミナを任せるしかないんじゃない?」


「ダメダ。アイツハ、マダコドモダ。タヨリナイ」


「まあ、今は無理かもしれない。でもさ、ジュリアンくんが大きくなって、ロミナと本気で付き合いたいって言ってきたら? それでも、駄目だって言うの?」


「ダメダ。マダ、キョカハダセナイ。モウスコシ、ヨウスヲミテカラダ」


「まったく、それじゃ頑固親父そのものじゃない。ロミナは、ジュリアンくんのこと好きだって言ってたよ」


「ンナコト、ドウデモイイ。ハヤク、イツモ丿ヤツヲヤレ」


「わかったよ」


 ライムは答えると、鋭い目で鹿を見つめる。

 次の瞬間、その口から冷気が放たれた。水を一瞬にして凍りつかせ、大半の生き物の生命活動を停止させてしまうほどのものだ。

 鹿は、あっと言う間に氷漬けとなる。内部までもが完全に凍っており、簡単には溶けないであろう。

 これもまた、ライムの魔力であった。ロミナには、決して見せてはならないもの。吸血鬼の能力である。

 もし、吸血鬼と人狼が、自身の両親の代わりを務めていたと知ったら……それは、考えるまでもないことだった。人間から見れば、ふたりは怪物なのである。自身が怪物に育てられていた、などと知れば……ロミナは、どれだけ傷つくことだろう。

 いつか少女は、ふたりの正体を知らぬまま、ここを去ることになる。その方が、ロミナのためなのだ。

 だが……そうなった時、ライムはどうやって生きていけばいいのだろう。

 この先、新たな幸せを見い出だせるのだろうか。




 物思いにふけるライムをよそに、バロンは凍りついた鹿をくわえて運んでいく。行き先は、この近くにある洞窟だ。そこは温度が低く、氷も溶けづらい。

 ロミナが人間社会に帰った時、このふたりも元の孤独な生活に戻る。今の暮らしは、しょせん仮初(かりそめ)のものである。ロミナを育てるため、家族の真似事をしているだけだ。

 その後のことは、考えたくはない。だが、いつかはやってくるものなのだ。

  




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