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家族の真相(1)

 ロミナは、目を開けた。

 いつの間にか、辺りの様子が様変わりしている。いつもの山の風景だ。父の引く荷車の上で、いつの間にか眠ってしまったらしい。街を出た後、荷車の上に乗せられていたのは覚えている。

 目をこすりながら、上体を起こした。空は、既に暗くなっている。こんな遅い時間になっていたとは、全く気づかなかった。

 ふと前を見れば、荷車を引いているのは母のライムだ。黒い布の服を着て、暗くなった山道を進んでいる。


「あれ、お母さんなのだ?」


 不思議そうに呟く。なぜ、ライムがここにいるのだろうか。

 それ以前に……ロミナは、母が外を歩く姿を初めて見た。病気なのに、大丈夫なのだろうか。


「うん。迎えに来たんだよ」


 ライムは、振り向きもせず答える。でこぼこの山道は、歩くのに不便なはずである。車輪も進みにくい。

 にもかかわらず、彼女は気にもしていない。足場の悪い中、大きな荷車を楽々と引いて進んでいた。並の女性では、有り得ない腕力だ。

 もっとも、ロミナはその異様さをわかっていない。少女は、別のことを気にしていた。


「病気は大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ」


 元気に答える。何も問題なさそうだ。だが、そこで別の疑問も浮かぶ。


「お父さんは、どこに行ったのだ?」


「お父さんは、あんたが寝てる間に仕事に行ったよ。だから、代わりにお母さんが来たの。さあ、帰るよ」


「そうか」


 少し不自然なやり取りではあるが、素直な少女はすぐに納得した。

 そんなロミナに、ライムは優しく語りかける。


「どう? 街は楽しかった?」


「うん! すっごくすっごく楽しかったのだ! 街には、いろんなものがあったのだ!」


 そう言うと、ロミナは矢継ぎ早に語りだす。ライムは、話を聞きながら荷車を引いて行った。




 家に帰り、夕飯を食べた後も、ロミナのお喋りは止まらなかった。ライム相手に、一方的に語り続けている。


「ロバーツは、犬という生き物なのだ。とっても可愛いのだ。ロミナが頭を撫でたら、尻尾を振ったのだ。それに、ロミナの手をペロッとなめたのだ。それから、ロミナの顔もペロッとなめたのだ」


 嬉しそうに語るロミナを見て、ライムの顔もほころんだ。


「そっか。ロミナは、今まで犬を見たことなかったんだね」


「うん! 初めて見たのだ! ロミナは、ロバーツと友だちになったのだ!」


 興奮した面持ちで語った。だが、直後に表情が暗くなる。


「お父さんは、ジュリアンのことが嫌いなようなのだ。それに、もうロミナを街には連れて行かないと言ったのだ。どうしてなのだ?」


 そう、バロンはジュリアンを嫌っている。これまで会ったことがなく、話したのも初めてだと言っていた。

 にもかかわらず、ジュリアンのことを話すと不機嫌になった。挙げ句、もう街には連れて行かないと言われたのだ。

 父があんなに怒る姿を、初めて見た気がする。ロミナは、悲しい気分になり何も言えなかった。


「うーん、それはね……父親だからだよ」


 苦笑しつつ答えたライムだったが、ロミナは納得いかないらしい。


「全然わからないのだ。父親だと、なぜジュリアンを嫌うのだ? ジュリアンは、とってもいい奴なのだ。優しくて、かっこいいのだ」


 熱心に訴えかけるロミナを見て、ライムは尋ねてみる。


「ねえ、ロミナはジュリアンのこと好きなの?」


「うん、好きなのだ!」


 胸を張って答えるロミナを見て、ライムはそっと呟く。


「その好きは、どっちの好きなんだろうね」


「えっ? どっちの好きとは何なのだ? 意味わかんないのだ」


「うん、まだわかんないかもしれないね。今のロミナには、ちょっと早いかな」


 そう言って、ライムは微笑んだ。一方、ロミナは嬉しそうに語り続ける。


「お母さんにも、ジュリアンやロバーツと会って欲しいのだ。お母さんなら、絶対に仲良くなれるのだ!」


「そうだね。いつかは、会ってみたいね」


 そう言うと、ライムはロミナをすっと抱き上げる。


「ほら、そろそろ寝る時間だよ」




 ロミナが眠ったのを確かめると、ライムは立ち上がる。扉を開けると、周囲を見回した。

 今のところ、ロミナの安全を脅かす存在の気配は感じられない。ライムは、そっと歩き出した。

 しばらく森を歩くと、広い草原に出た。空の満月が、辺りを照らしている。

 後ろから、ガサリという音がした。直後、巨大な狼が出現する。銀色の毛で覆われており、体は仔牛ほどの大きさがあった。口には、大きな鹿を咥えていた。鹿は死んでいるのか、ぴくりとも動かない。

 普通の人間なら、悲鳴をあげ逃げ出していただろう。だが、ライムは平然としている、

 巨狼の方も、落ち着いたものだった。鹿を軽々と運び、ライムの目の前に置く。

 その瞬間、ライムの口から鋭い犬歯が伸びた。猛獣の牙のようだ。

 彼女は、鋭い犬歯を鹿の首に突き刺す。流れる血を吸い始めたのだ── 




 ライムは、人間ではない。

 人間から、吸血鬼と呼ばれ忌み嫌われている種族である。しかも彼女は、同じ吸血鬼の者たちから追放された身の上なのだ。

 かつて、ライムは吸血鬼たちの中で生活していた。当然のように人間の血を吸い、時には吸血鬼に変えて仲間としていたのである。

 ところが、いつからか己の生き方に疑問を持つようになった。


 吸血鬼は二種類いる。生まれながらのものと、もとは人間だったが吸血鬼に変えられてしまったものだ。

 ライムは、生まれながらの吸血鬼である。しかし、吸血鬼の中にはかつては人間だったものもいる。自らの意思とは無関係に、人ではないものにされたのだ。中には、人外に変えられた悲しみゆえ、自ら命を絶つ者までいた。

 しかも、時代の変化と共に人間たちも変わっていた。数百年前までは、人間などしょせんは吸血鬼たちの餌に過ぎなかった。力は弱く、寿命も短い。魔力もない。戦えば、吸血鬼の圧勝であった。人間など、しょせん下等生物に過ぎない……そういう認識であった。

 しかし、ここ二百年ほどの間に状勢は変わった。人間たちは、どんどん強くなっている。

 人間の一番の強みは、その繁殖力と適応性だろう。数は、あらゆる種族の中で一番多い。吸血鬼との戦い方も研究し、魔法も使いこなすようになっていた。今では、ゴブリンやオークといった亜人たちは、人間の手によって辺境の地に追い払われてしまった。いずれ彼らは、人間によって絶滅させられるだろう。

 さらに、最近では吸血鬼を専門に狩る人間たちも出てきた。このままでは、吸血鬼も人間の手によって絶滅させられてしまうかもしれない。人間たちの文明の進歩を見れば、有り得ないことではないのだ。

 意を決したライムは、吸血鬼の長老に直訴した。


「人間の血を吸わずとも、獣の血を吸えば生きていける。今、我々は人間との共存の道を考えるべきではないのか?」


 人間の中には、自らの意思で吸血鬼となる者もいる。永遠の命を求め、自分から吸血鬼たちに接触し吸血鬼となるのだ。不治の病に侵された貴族が、わざわざ頼みに来ることもある。

 そうした者たちを人間と吸血鬼の橋渡し役にして、人類との同盟を結ぶ……そうすれば、お互いのためになるはずだ。ライムは、そう主張した。

 ところが、長老はライムの訴えを却下する。他の有力者たちも、彼女の言うことを聞き入れなかった。それどころか、吸血鬼の掟に異論を唱える異端者として、一族を追放されてしまったのである。

 同じ吸血鬼たちから異端者として追われ、人間たちからは怪物として忌み嫌われる。ライムは、孤独に生きてきた。




 バロンもまた、似たような身の上である。

 かつては腕利きの傭兵として、あちこちで戦ってきた。ところが、とある任務の最中に人狼に襲われる。どうにか撃退したものの、傷口から「狼憑き」を発症してしまったのだ。

 狼憑きとは、人狼に噛まれた者がごく稀に発症してしまう病である。昼間は普通に生活できるが、夜になると狼の姿に変身してしまう。もちろん、人間だった頃の知性は残っているし自制心もある。無闇に人間を襲ったりはしない。だが、他人の目から見れば怪物以外の何者でもなかった。

 しかも、生まれながらの純粋な人狼たちか見れば、ただの中途半端な出来損ないなのだ。人間からは怪物として見られ、人狼からは出来損ないとして扱われる……バロンもまた、孤独に生きていた。己の素性を隠し、森の狩人として生活していたのである。










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