表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

ふたりの出会い(1)

「ロミナ、父さんのそばを離れんじゃねえぞ。いいな」


「うん! わかったのだ!」


 元気よく答えると、ロミナは荷車を降りた。バロンが荷車を引いていき、ロミナはその隣を歩いている。




 バロンは、これから城塞都市バーレンへと向かう。巨大な鹿を荷車に乗せており、彼がひとりで引いている。ここまでは、普段と同じである。

 だが、普段とは違う点もあった。先ほどまで、荷車の上にはロミナが乗っていた。

 ロミナは日頃から、街に行きたがっていた。しかし、バロンは頑なに拒絶していたのである。お前には、まだ早い……と。

 それがどういうわけが、今朝になってみると意見が変わっていたのだ。昨夜、バロンとライムとの間で何らかの話し合いが行われたらしい。朝、まだ眠っているロミナをそっと荷車に乗せて、山を降る道を歩いていたのだ。

 ロミナは初め、何が起きたのかわからなかった。だが街に行くと聞かされるなり、大はしゃぎである。しまいには、静かにしないと家に戻すぞ……とまで言われたほどだ。それでも、少女は落ち着かない様子でキョロキョロしている。

 荷車には、きのう仕留めた巨大な鹿も乗せていた。どのような手段によるものなのか、カチンカチンに凍っており布に覆われている。これなら、街に着くまで腐ったりはしないだろう。

 ロミナは先ほどまで、その物体を不思議そうに見つめていた。


「不思議なのだ。ひゃっこいのだ」


 時おり触れたりしながら、そんなことを呟いている。見かねたバロンが、そっと声をかけた。


「あんまりべたべた触るな。手が痛くなるぞ」 


「えっ、触ると手が痛くなるのか? なぜなのだ?」


「いや、それはだな……うーん、とにかく痛くなるんだよ。火に触ると、熱くて火傷(やけど)するだろ。冷たいものに触っても、やっぱり手が痛くなるんだ。そう覚えとけ」


「うん、わかったのだ! もう、触らないのだ!」


 元気よく答えると、ロミナは周りを見渡した。

 彼女は今まで、自宅とその周辺を行き来するだけであった。ここまで来たのは初めてである。好奇心を刺激されっぱなしで、目を輝かせていた。

 

 



 昼過ぎ、ふたりはバーレンに到着した。途端に、ロミナは叫ぶ。


「な、何なのだこれは!? すっごくでっかいのだ!?」


 叫びながら、壁を指さす。

 少女が驚くのも当然だろう。バーレンを囲む壁は高さ二十メートルもあり、巨大な門が付いている。山で暮らしていたロミナからすれば、とんでもないものに映るだろう。


「おい、よそ見すんな。早く来い」


 そう言うと、バロンは門番と話を始めた。街に入るための手続きをしているのだ。彼は、既に何度もバーレンに出入りしている。通行の許可証ももらっている。ただし、入れるのは最下層の人間が住むゾッド地区だけだ。他の地区と比べると、ゾッド地区は非常に入りやすい。

 

 バロンと話していた門番が、ロミナの方を見た。


「その子は何だ?」


「俺の娘です」


「娘? ぜんぜん似てないが……まあ、いいか。よし、入っていいぞ」


 番兵の声とともに、巨大な門が開いた。その様を、ロミナはあんぐりと口を開けて見ている。


「す、凄いのだ……」


 呆然とした表情で呟いた。そんな少女を、バロンはそっと持ち上げ荷車に乗せる。


「いいか、中には悪い奴もたくさんいる。俺のそばを離れるんじゃねえぞ」


 そう言うと、荷車を引き街の中に入っていった。




 城塞都市バーレンは、ロミナがこれまで見てきた世界とはまるで違っていた。

 広い道路には、石が敷き詰められている。その道路沿いには、レンガ造りの大きな建物が並ぶ。さらには街灯らしき物さえ設置されているのだ。アルラト山の緑に覆われた風景しか知らないロミナから見れば、文明のレベルが段違いである。

 もっとも、ここはバーレンでも最下層の貧民たちが住む区域である。これでも、他の地区に比べれば劣っていた。

 特にアーセナル地区ともなれば、もはや別世界であった。美しく飾られた馬車が行き交い、交通整理の役目を果たす兵士たちは礼儀正しく丁寧な口調である。さらには、道路のゴミを始末するための清掃員までいる。

 住民たちは金持ちの商人や貴族の親戚たちばかりであり、他の地区とは空気からして違っている。街灯に照らされた大通りは、夜になっても明るい。治安も良く、犯罪などほとんど起こらなかった。


 しかし、ふたりが今いるのは城塞都市バーレンのゾッド地区だ。最下層の貧民たちが住んでおり、人相の悪い者も多い。衛兵たちはやる気がないらしく、詰め所に入ったきり出てくる気配がない。

 はっきり言えば、このゾッド地区は無法地帯に近い状態である。もっとも、アルラト山で暮らすよりはまだ安全と言えた。




 そんな街の中を、バロンはずんずん進んで行く。街角にたむろしているゴロツキやチンピラも、彼に手出しはしない。かつて、軽い気持ちでバロンにちょっかいを出した者たちがいたが、次の瞬間に全員が叩きのめされた話は知れ渡っている。

 やがて、バロンはとある店の前で立ち止まった。


「よし、降りろ」


 声をかけ、ロミナを降ろす。彼女はというと、見たこともない風景に目を奪われていた。


「お父さん、不思議なものがいっぱいなのだ。ロミナは、わけがわからないのだ」


 そんなことを言って、頭を抱えた。バロンは、思わずくすりと笑う。


「心配するな。慣れりゃ、なんてことねえからよ。それよりも、だ。今からこの店に入るぞ。いい子にして俺のそばを離れるな」


 言った直後、鹿を覆っていた布を剥がす。

 次の瞬間、巨大な鹿を一気に担ぎ上げてしまったのだ。確実に、人間ふたり分くらいはある重さだが、バロンは軽々と担ぎ肩に乗せている。ロミナは、思わず叫んでいた。


「お父さん凄いのだ!」


「へっ、大したことねえよ。これくらい、いつもやってることだ」


 軽い口調で言うと、店の裏口から中に入って行く。

 そこには、大量の肉が保管されていた。そう、ここは肉屋である。バロンは、この店に仕留めた鹿を売っているのだ。

 肉屋のアンジェラは、にこやかな顔で出迎える。


「あれ、バロンじゃないか。今日はまた、いやに遅かったねえ」


「ああ、今日は娘と一緒でな。急ぐわけにも行かなかったんだよ。ほらロミナ、アンジェラさんにご挨拶しろ」


 言われたロミナは、首を傾げ尋ねる。


「ご挨拶とは、何なのだ?」


「バカ野郎。いいか、挨拶ってのは──」


「いいよ、そんな堅苦しいことしなくても」


 アンジェラが口を挟んだ。次いで彼女は、ロミナの方を向く。


「かわいいお嬢ちゃんだね。お名前は?」


「ロミナなのだ!」


 胸を張って答えるロミナに、アンジェラは微笑みかける。


「元気があってよろしい」


 言った後、アンジェラは不思議そうな表情で尋ねる。


「でも、本当にあんたの娘なのかい? 全然似てないけど」


「何言ってるんだ。俺の娘に決まってるだろう」


「へえ。じゃあ、お母さんに似たんだ。良かったねロミナちゃん、お父さんみたいな怖い目つきの悪党面にならなくて」


「余計なお世話だ。それより、こいつ頼むぜ」


「はいよ。しかし、こりゃまたデカい鹿だね。こんなの、よくひとりで持って来れるよ」


 アンジェラが呆れたような口調で言ったが、それも当然だった。なにせ、人ひとりで持って来られるような大きさではないのだ。


「へっ、こんなの軽いもんだぜ。それよりも、幾らになるんだ?」


 バロンがアンジェラと商売の話をしている時、ロミナはあっちこっちを物珍しそうに見回っている。

 やがて、店の表側へと出た。ふと窓から外を見てみると、不思議なものを見つける。

 ひとりの少年が、こちらに向かい歩いて来たのだ。白いシャツを着て黒いズボンを履いており、髪は金色で肌は白い。きれいな顔立ちをしており、年齢はロミナと同じか少し上だろうか。

 ロミナは、自分と同じくらいの年格好の子供を初めて見た。不思議な気分だ。考えてみれば、これまでのロミナの世界には、父と母しかいなかった。

 しかも、その少年は片手に紐を持っていた。その紐は、小さな生き物の首に繋がっている。ロミナが、これまで見たこともない生き物だ。

 少年は、肉屋の前で立ち止まった。生き物と繋がっている紐を、どこかに結びつけている。

 窓から見ていたロミナは、我慢できなくなった。彼女の旺盛な好奇心は、もはや止まらない。扉を開け、少年に尋ねる。


「これは、何という生き物なのだ?」


 




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ