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目覚めた少年

 その頃バロンとライムは、密かに反対側より潜入していた。城の左側に設置されている巨大な塔に入り込む。

 巨狼が、慎重に匂いを嗅ぎつつ進んでいく。ライムは、辺りを見回しながら後に続いていく。しんがりを務めるのはザビーネだ。

 外からは、大声が聞こえてくる。ララーシュタインは今頃、派手に暴れているはずだ。この隙に乗じて、ロミナを救い出す。

 バロンの鼻は、既にロミナの匂いを嗅ぎつけていた。この塔の最上階にいるはずだ。城には、得てして重要人物を囚えておくための場所がある。ロクスリー伯爵もまた、かつてはこの塔に重要人物を囚えていたのだろう。

 三人は、静かに階段を上っていった。


 不意に、バロンは足を止めた。同時に、階段の上から傭兵たちが姿を現す。さらに、後ろからも傭兵が現れた。それも、ひとりやふたりではない。かなりの数だ。

 彼らは、ニヤリと笑い武器を構えた。


「この城に、正面から乗り込んできたとんでもねえバカがいると聞いてたが……やっぱり陽動だったか。そんなことだろうと思ったぜ」


「さっさとどきな! でないと、お前ら皆殺しだよ!」


 怒鳴るライムの顔を見て、傭兵たちも訝しげな表情になる。


「ほう、吸血鬼に狼か。おかしな組み合わせだな。お前ら、あの小娘を助けに来たのか?」


「だったらどうだって言うんだ! 邪魔するなら殺すよ!」


 ライムが吠え、バロンも唸る。その時、ザビーネが口を開いた。


「お前たちは、前にいる連中を倒して突き進め。後ろの連中は、私が引き受ける」


 低い声で言うと、腰のレイピアを抜く。右手でブンと振り、刃先を敵に向け構えた。


「久しぶりに、このパーティーを楽しませてもらうとしよう。さあ、臆さぬならば、かかって来い」


 冷静な声で言ってのけた。寸分の隙もない構えで、敵を見回す。

 傭兵たちはというと、武器を構えたままザビーネを睨みつけている。だが、襲いかかっていく者はいない。ダークエルフの女性ひとりに、傭兵たちが足を止められているのだ。

 通常なら、数にものを言わせ全員で一気に飛びかかっていただろう。だが、この通路は広くはない。一度に行けるのは、せいぜい三人までだ。下手に長柄の武器を振るえば、同士討ちの可能性も高い。

 それに、彼らとて素人ではない。ザビーネの構えや立ち姿を見れば、強いか弱いかくらいはわかる。ましてや、相手はダークエルフである。漆黒の肌に銀色の髪で佇む姿は、伝説の死を司る神のようだ。

 一方、ザビーネは落ち着きはらった態度であった。傭兵の集団を前に、余裕すら感じさせる。

 次の瞬間、彼女の口から意味不明な言葉が飛び出る──


「やはり、剣で戦うのは面倒だ。時間には限りがある。まとめて片付けさせてもらおう」


 言ったかと思うと、ザビーネの持つレイピアの切っ先が、ゆっくりと動き始めた。

 宙に円を描くように、切っ先は動いていく。傭兵たちは、なぜかその動きに釘付けになっていた。憑かれたような表情で、刃の動きを注視している。

 ザビーネのレイピアは、なおも動き続けている。その場で止まったまま、宙に円を描き続けていた。

 やがて、変化が起きた。傭兵のひとりが、ばたりと倒れたのだ。

 それが合図だったかのように、居並ぶ傭兵たちが次々と倒れていく。もっとも、死んだわけではない。

 皆、寝息を立てて眠ってしまったのだ──




 一方、バロンとライムは階段を駆け上がっていった。

 先頭を走る巨狼の勢いに押され、傭兵たちは次々と倒れていく。巨狼の皮は厚く頑丈なため、軽い攻撃では傷つけられないのだ。多少の傷が付けられたとしても、人狼の特殊能力により瞬時に癒えていってしまう。


「こ、こいつら化け物だ!」


 傭兵のひとりが叫んだ。と、巨狼の後に続くライムが怒鳴り返す。


「そうだよ! あたしら化け物だ! 死にたくなきゃ、さっさと消えな!」


 その言葉に、傭兵たちは慌てて逃げていく。もはや、戦意など残されていない。己の役目も忘れ、窓から外に飛び出した。さらに、屋根を伝って逃げていったのだ。

 バロンとライムは、そんな連中を無視して階段を上がっていく。この塔の頂上に、ロミナが囚われているのだ。

 ひょっとしたら、まだ少女を守っている者がいるのかもしれない。だが、何がいようとも打ち倒す。

 そして、必ずやロミナを助け出す──


 ・・・


 魔術師同士の戦いは、ようやく勝敗が決した。

 ララーシュタインは片膝を着き、荒い息を吐きながら、ギルガメスを睨みつける。一方、ギルガメスは涼しい表情で彼を見下ろしていた。

 ここに来るまでに、ララーシュタインは数々の魔法を使っていた。その分、魔力を消耗している。しかも、魔術師同士の戦いは久しぶりである。細かい部分のテクニックは、帝国魔術師団にいた頃よりも衰えていた。

 さらに、グランドレイガーとの戦いでかなりの傷を負わされていた。もはや、自身の肉体には魔力も体力もほとんど残されてはいないのだ。

 そんなララーシュタインを、ギルガメスは勝ち誇った表情で見下ろしていた。


「それで終わりですか。あなたも、ずいぶんと弱くなったものですね。これまで、何をしていたのですか?」


「お前には関係ない」


「フッ、そうですか。僕と並び天才と言われてはいたが、結局のところはただの凡才でしかなかったのですね。まあ、いい。このまま醜態を晒すくらいなら、一思いに殺して……」


 ギルガメスは、そこで口を閉じる。顔には、驚愕の表情が浮かんでいた。

 それも仕方ないだろう。いきなり窓ガラスをぶち破り、彼の目の前に降り立った者がいるのだ。身長は低く、少年といっても差し支えない見た目である。しかし、体からは異様な光を放っているのだ。青と赤の光が全身を覆っており、金色の髪の毛も逆立っている……。


「だ、誰だ貴様は?」


「ジュリアン……」


 ララーシュタインは、思わず呟いていた。

 そう、現れたのはジュリアンだった。ただし、いつもとはまるで違う姿だ。金色の髪は逆立ち、全身は青と赤の光に包まれている。

 何より、全身から発している魔力が凄まじい。今にも、この広間ごと全てを破壊してしまいそうだ。ララーシュタインも、ギルガメスも、その事実をひしひしと感じていた──


 そんなジュリアンは、静かな表情で口を開く。


「僕は、ずっと普通に生きたいと思っていた。こんな能力(ちから)なんか、僕は欲しくなかった」


「何を言っているのです?」


 唖然としながら尋ねるギルガメスだったが、ジュリアンは無視して語り続ける。


「でも、やっとわかったよ。世の中には、とんでもなく悪い奴がいる。想像もつかないくらい、大勢いるんだね。そういった連中は、放っておいても僕の周りの人たちに害をなそうとする。こちらが普通に生きようとしていても、そいつらは放っておいてくれないんだ」


 そこで、ジュリアンは悲しげな笑みを浮かべる。


「僕はもう、普通に生きることなんか望まない。最強の生物兵器となることにしたよ。僕の愛する者たちを、お前らみたいな連中から守るためにね」


「ジュリアン、すまない……」


 ララーシュタインは、思わず呟いた。己がもっと強ければ、こんなことにはならなかったかもしれない。

 しかし、ギルガメスは違う思いを抱いたようだ。


「ふざけるな!」


 叫ぶと同時に、攻撃魔法を放つ。炎、氷結、雷撃、真空……様々な属性の魔法を、矢継ぎ早に叩き込む。

 だが無駄だった。放たれた攻撃魔法は、ジュリアンの体に当たる前に消滅させられてしまった。グランドレイガーの鎧と同じく、魔法を無効化してしまう力……それが、ジュリアンの全身から発せられているのだ。

 やがて、ギルガメスは崩れ落ちた。彼もまた、魔力が尽きたのだ。

 そんなギルガメスに、ジュリアンは言い放った。


「悪いけど、無駄だよ。そんな魔法じゃ、僕にはかすり傷ひとつ与えられない」


「あ、有り得ない……お前のような者が、存在するはずがない!」


 両膝を着きながらも、喚き散らすギルガメス……だが、ジュリアンはそれを無視しララーシュタインの方を向く。


「ララーシュタインさま、この男をどうしますか?」


「放っておけ。この男も、魔力ほ尽きた。今となっては、ただの人間……いや、それ以下だ。それよりも、ロミナを助け出せ。そのために来たのだろう?」


「わかりました」


 答えると同時に、ジュリアンは窓から飛び出していく。

 その時、ギルガメスが笑った。


「助け出せるとでも思っているのですか? あの娘の番をしているのは、僕が作り上げた最強のアイアンゴーレムです。千人の軍隊でも、あれを倒すことは出来ない」


「ほう、そんなものがいたのか。だがな、ゴーレムごときとウチのジュリアンを同列に考えられては困るな。今のあいつは、神にも止められん」









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