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第二章「やっぱり師匠だ」4

 翌朝。登校すると、江見と棚橋の新たな戦いが始まっていた。


 一時間目で使う教科書を取り出しながら適当に聞いている限りでは、

「俺の方が心優しい。動物にはわかる」とか、

「自分が撫でたら動物達はみんなメロメロになるんだ」とか、相変わらず気の抜けるような言い争いをしている。

 一体どういう対決なんだろう。前にやってた「犬猫どっちが可愛い」戦争の続きかな。


 などと呑気に考えていると、江見が急にこっちに振り向き、びしりと指を突きつけた。

「なに傍観者ぶってるんだよ。お前らが審判なんだぞ」

 江見が佐山とおれを交互に見ていたので、「お前ら」にはおれと佐山が該当するんだろう。


「ええっ?」

 突然当事者にされてしまったおれたちは、驚きの声を上げた。

 と言っても、実際に声を出したのは佐山だけなんだけどさ。おれはいつも通り、銅像状態になっていた。


 この固まる癖、本当にどうにかならないかなあ。

 今朝だって、登校中に小学生とぶつかりそうになったとき、しばらく動けなかったもんな。小学生がおれを見て泣きそうになったのにはびびった。

 もしかしておれがガン飛ばしてるように見えたんだろうか。実際には、おろおろしてただけなのに。ヘコむ。


 いや、それは置いといて、審判って一体何だ。また可愛い動物達の写真判定でもすればいいのか?

「何するんだろうね?」

 佐山がこそっとおれに耳打ちしてきたけど、当然おれにもわからない。

 首をひねる佐山を見て、おれも似たようなポーズをとってみたところ、「首、寝違えたのか?」と棚橋に心配されてしまった。自然なリアクションへの道は、けわしくて長い。

 江見は察しの悪いおれたちをもどかしげに眺めつつ、口を開いた。


「だからー、二人には今日の放課後、俺らと一緒にペットショップに行ってもらいたいんだよ」

「ペットショップ?」

 即座に反応したのは、やっぱり佐山だ。

 佐山、子犬子猫の写メを見ただけで大騒ぎしてたもんな。実物を見られるなら、そりゃ嬉しいだろう。

 おれだって、動物を見るのは好きだ。けど、ペットショップに行くっていうのはなあ……


「そう。店の動物達が、俺と棚橋にどういう反応をするか見てもらいたいわけ。どっちが動物に好かれてるか、二人に判定してほしいんだ」

「おお、面白そう! 行く行く、絶対行く!」

 佐山はそう言うと同時に、勢いよく立ち上がり、


「ていうか、ついでに私も対決に参加したいよー。私だって、ペットショップで動物達と戯れたいもん」

 さらに両手を上げて振り回し、テンション高く宣言した。

 江見達はかなりびっくりしたみたいで、目を丸くしてる。多分、これまで二人の対決に乱入してくる奴なんていなかったんだろう。

 けど、すぐいつもの調子に戻ると、二人は腕組みをしてわざとらしく反り返り、挑戦者・佐山を見据えた。


「ふふ、佐山、いい度胸だな。毎日赤ん坊の子犬に追いすがられて、タックルされてるこの俺に、かなうと思ってるのか?」

「俺だって、毎日赤ちゃん子猫に、小っちゃい前足でパンチされてるんだからなー」

 江見と棚橋がプレッシャーをかける。しかし佐山も負けてはいない。


「私だって毎日、ご近所のワンちゃんたちに遊んでもらってるもんね。みんなお手とかしてくれるんだよ。通ってるとこ、三軒もあるんだから。すごいでしょ」

 三人の闘志がぶつかりあう。無駄に熱く盛り上がっているが、緊張感は一ミリもない。今日もこのクラスは平和だった。

 それにしても、毎日可愛い犬猫と触れ合ってるなんて、畜生、こいつらうらやましい。


「じゃあ、審判は流森一人に託されたわけだな」

「そうだよね。じゃあ流森、放課後よろしくな」

 揃って振り返った江見と棚橋が、やっぱり揃った動きでおれの肩をぽんと叩いた。

 三人の演劇でも見てる気分になってたから、唐突に自分の名前を呼ばれて慌てる。


 おれはまだ行くとも行かないとも言ってないのに、すでに頭数に入れられてるのか。もちろん、悪い気はしない。

 でも、駄目なんだ。この誘いは断らなきゃいけない。だっておれは……


 って、あれ? この二人、今おれのこと何て呼んだ? 「流森」って言わなかったか?

 確かこの間までは「くん」付けだったのに、今は呼び捨てにされている。おおお、何だろう。嬉しさがじわじわ湧き上がって来た。流森、か。いいな。


 名前の呼び方ひとつ。こんなちょっとしたことで、おれはかなり浮かれてしまった。

 その浮かれ気分のまま、おれは断ろうとしていたことも忘れて、「うん」とうなずいてしまったのだった。


 さて、どうしようか。

 本来なら、クラスの奴に誘われて遊びに行くというのは、おれにとって貴重な体験だ。

 昨日は腐れ縁の一樹がセッティングしてくれたけど、今日のは純粋にお誘いがあったんだもんな。この機会をできれば逃さず、しっかり対人関係というやつを体験学習したい。


 佐山だって言ってくれた。

 人と過ごす時間を増やせば、自分らしい、自然な振舞いかたがわかるようになるって。だから本音としては皆に付き合いたい。

 けど……残念なことに、毛のふわふわな動物がいる場所には、どうしても行けないんだ。

 理由は一つしかない。それは、おれが動物アレルギーだから。


 あれは小学生の頃。親戚が飼っていた大型犬の背中をちょっと撫でていただけで、どえらいことになってしまった。……救急車とか入院とか、思い出したくないレベルの「どえらいこと」だ。

 さすがにそんな体験をした後は、動物に近寄る勇気は持てなかった。

 可愛い犬猫を見かけてもぐっと我慢をして、遠巻きに見るだけにした。


 気をつけた甲斐があってか、それからは一度も大変なことにはなっていない。もしかしたら今は、アレルギーが軽減してるのかもしれない。

 ペットを飼っている江見や棚橋の近くにいても、くしゃみ一つ出ないもんな。


 けど、大丈夫かどうか、実際動物に触れてみて試すなんてことは、怖くてとてもできない。

 症状が出て困るのは、おれじゃなくて周りの人と動物だしな。もし異変があったら、皆をびっくりさせてしまうだろうし。

 佐山なんか、ものすごく心配するんじゃないかな。本当に人がいいから。


 考えれば考えるほど、きっぱり断る以外に選択肢がみつからない。

 だけど、三人にどう切り出せばいいんだろうな。これは難題だ。

 言うなら早い方がいいと思ったものの、江見と棚橋、それに佐山は、対決の話で盛り上がっていて、とても口を挟めそうにない。


 ああもう。何でさっき、うんって言っちゃったんだろうな、おれ。余計断りにくいじゃないか。

 これから断るにしても、「さっきはオッケーしたくせに、いい加減だな」って返事が来たらどうすればいいんだ?

 嫌ーな空気になっちゃったりするんじゃないか? 江見達の呼び方が「くん」付けに戻るんじゃないか? 想像しただけで泣きたくなるだろ、そんなの。


 自分ひとりの水槽を抜け出ても、結局気にしてるのは、身のまわりの波風が立たないようにってことだけか。我ながら、小心者にも程がある。


 悩んでばかりで言い出せないうちに、昼休みになってしまった。

 メシもそこそこに、いい断り文句を考えるため学校内をうろついてみたけど、思いつかない。

 いや、思いつかないってのは言い訳かな。ただ単に、嫌なことを先延ばしにしたいだけなのかもしれない。

 とは言え、いつまでも逃げてるわけにはいかない。

 放課後、いざ行こうってときになってキャンセルするのは、ひどい気がするもんな。


 江見と棚橋はもう、食堂から戻ってきてるだろうか。

 気合いを入れて教室に踏み出そうとしたとき、誰かに名前を呼ばれたような気がした。


「えっ、逸香、ラーメンって流森くん達と食べに行ってたの」

「うん、おいしかったよー」

 どうやら教室の中、窓近くの席で、佐山と友達が話しているみたいだ。廊下側の窓は擦りガラスになっているため、すぐ近くにおれがいるとはバレてないらしく、佐山たちは普通に話を続けている。


「ふうん、流森くんってさ、何かちょっと怖い感じしない?」

「え? そんなことないと思うけど」

 佐山以外の女子は、まだほとんど顔と名前が一致しないんだけど、このサキと呼ばれる友人の声には聞き覚えがある。

 昨日佐山がラーメンの歌をうたってたとき、先生にみつかるよ、と教えてあげていた子だ。

 そしてそのとき、おれのことを睨んできた子でもあった。


「だってさ、逸香が話しかけてもむすっとしたままだし。感じ悪いよあの人」

 おお、ストレートに言い放った。

 想像通り、おれのこと良く思ってなかったんだなあ。彼女の言葉に落ち込むというよりは、感心してしまう。

 他人が気持ちを読み取れるくらい表情がはっきりしてるなんて、うらやましいぞ、佐山の友人。

 おれなんか気持ちを誤解されっぱなしだぞ。今日なんて、小学生に泣かれそうになったしさ。


 これ以上話を聞いていては、ただの立ち聞きになってしまう。

 もやもやした思いを抱えつつ、まわれ右をしようとしたとき、佐山のきっぱりとした声が聞こえた。

「違うよ、サキちゃん」

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