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第四章「行こう、今すぐ」1

 文化祭に参加する。

 出し物を見てるだけじゃなくて、作る側になる。


 そう決意表明したからには、もうクリーニングに出し損ねた冬服みたいなおれじゃない。

 これからのおれは、焼け付く日差しを真っ向から受け止める、カラっとした夏服に生まれ変わったんだ。

 ……なんて、気分だけは盛り上がりまくっていたけど、実際のところ、おれはまだ何もしちゃいなかった。


 何かをするのは今日、これからだ。


 おれは案内係の打ち合わせに参加するため、校内の食堂に来ていた。

 学食の利用時間は終了してるけど、くっちゃべりに来てる奴らがちらほらいる。ここには自販機があるし、何か飲みながら放課後の暇な時間をつぶすには、ちょうどいいんだろう。


 藤本とおれ以外の案内係は、まだ来ていないみたいだった。

 とりあえず席に座ってみたものの、落ち着かない。緊張度のゲージは限界まで高まってる。

 緊張するなって方が無理だろう。


 何せ、初対面の人に挨拶するっていうと、相手に一瞬引かれたり、びくっと肩をすくめられたり、最悪、後ずさりされたりすることがあるもんな。

 そこまでビビられるのはごく稀にだが、一度経験すれば、立派なトラウマが出来上がるくらいには十分だ。おれってどれだけ不審人物。

 ああ、顔合わせ怖い。今すぐ自分の部屋に逃げ帰って布団に潜り込みたい。いや逃げないけど。でもやっぱり逃げたい。


 緊張をほぐすため、おれは自分がやる案内係についての復習を始めた。

 ホラーハウスの案内係は、全部で四人いるらしい。


 そのうちの二人が、ハウス内で客にルールの説明をする、「案内役」。これがおれの役だ。

 同じ仕事をする奴はもう一人いて、そいつと交代しながら、現場を回していくらしい。終日出ずっぱり、ってのはさすがにハードだろうから、ちょっと安心した。


 あとの二人は、入り口で受付をしたり客を整列させたりする仕事、「受付役」だ。

 こっちの人間も藤本がスカウトしたのかな。

 一体、どんな奴らなんだろう。


 ふと我に返ると、自分がいつもの銅像になっていることに気づいた。しまった、適度に動かなくては。あとから来る人間に怪しい奴だと思われちゃうだろ。


 しかし、人を待ってるときの適度な動作ってどうやるんだろうな。

 いきなり「おれは緊張してる!」と言わんばかりに、熊のようにうろつき始めたら、大げさすぎるよなあ。周りの奴らはいつも意識せずに、適度な動作をしてるってのか、信じられねえ。

 とりあえず今は、膝の上で微動だにしてない、両手の握り拳を広げておくべきかな。


 手を交互にグーとパーの形にすることに専念していたとき、軽やかな足音が聞こえてきた。

 段々こっちに近づいてくる。あれ? この個性的な音は、聞き覚えがある。つい最近聞いた……


「今日から案内係のお仲間だね、よろしく、流森くん!」

 答えを弾き出すより先に、声をかけられた。元気のいいこの声も、当然聞き覚えがある。

 その正体は他の誰でもない。ステップで自己表現をしてのける創作ダンサー・佐山逸香だった。


 目を疑った。けど、確かにおれの目は佐山を映しているようだ。

 佐山が、おれと同じ案内係だって?

 おれが案内役を引き受けるかどうか相談したとき、佐山、何にも言ってなかったぞ。いつの間に決まったんだろう。もしかして、おれを驚かせようとしてたのか?

 だとしたら狙い通り、見事にびっくりだ。


 そんなおれをにこにこ笑いながら見ていた佐山は、「あのね」と口を開いた。

 案内係になったいきさつを説明してくれるつもりなんだろうか。けど間の悪いことに、ちょうど藤本達がやって来た。佐山に話を聞くのは、打ち合わせの後までお預けになりそうだ。


 藤本は他の案内係二人を引き連れ、おれと佐山の向かいに座った。

 外面モードのため、超うるさい。けど、こいつに任せとけば会合は順調に進行するだろうし、まあ、我慢してやるか。

 二クラス合同のため、あまり馴染みのない奴もいるだろうってことで、まず自己紹介をすることになった。


 おれと同じ案内役の市村は、やはり同じく、藤本からスカウトされたらしい。

 ちょっとやそっとじゃ揺らがない、そびえたつ山みたいな人物だ。身長も態度も。

 いつも周りを気にしてるおれと違って、孤高の山の頂上で、うまい空気を吸って生きてるタイプに見える。いや、見た目で判断するのは良くないな。おれだって見かけと中身は違うみたいだしな。


 あいさつをしてみると、市村はうん、と大きくうなずいてから、おれより短い返事をした。

 それだけで、会話は終了だ。そっけない。まあ人のことは言えないし、同類ってことで気は楽かな。


 もう一人の受付役、佐山の相方は、隣のクラスの女子だ。

 ホームルームのときに佐山と一緒に肉まんの絵を描いて盛り上がっていた、あの女子である。

 吉田翠と名乗った彼女は、おれと市村が似たタイプなのと同じように、佐山と類友のようだ。めちゃ明るい。おれが上手く返事ができないのも気にせず、気軽に話しかけてきてくれる。


 どうやら、顔合わせって奴を無事に切り抜けたようだ。後ずさりされなくて良かった。本当に良かった。


 おれ達が自己紹介を終えると、藤本がずいっと中央に身を乗り出し、自分の紹介まで始めた。

「えー、それで俺が文化祭実行委員を仰せつかりました……」

 悪い藤本。それ、この間のホームルームで聞いたから全員知ってる。

 しかしツッコミは間に合わなかった。遅れて「お前は案内係じゃないだろ」と言ってやっても、奴はすでに足のサイズから好きな歌手までこってりとアピールし始めているところだった。


 誰も聞いてねえ、と思いきや、何故か足の話に佐山と吉田が食いついたため、気がつけば、足は大きすぎても小さすぎても靴を探すのが大変だ、という話になっていた。

 ホラーハウス全然関係ねえ。


 話がひと段落すると、藤本は全員に案内役の概要を書いたプリントを配り、二種類の仕事の流れを簡単に説明してくれた。やっと本来の目的に戻ったな。

 どうして案内役と受付役は性格が正反対なんだろう、という疑問もすぐに解けた。


 ホラーハウスの内側で、陰鬱なムードを醸し出す案内役と違い、受付役はとびきり明るい人間、しかも女子を配置したほうが、客を増やせると見込んでいるらしい。

 ああ、確かにな。市村やおれが表に出て客引きしているところは、想像するだけで恐ろしい。

 佐山や吉田がいくつか質問をし、藤本がそれに答え、全員が役割をしっかり理解した、と思えたところで、今日の会合は終わった。


 次に集まるのは三日後のロングホームルーム。実際に案内役の練習を始めるそうで、今日どころではない緊張感に襲われそうだ。

 伝達を終えると、藤本は手を振りながら小走りで去っていった。今日もかなり忙しそうだ。

 おれ達以外にも、技術班とお化け役の役者班、あらゆる仕事を見て回り、指導までするっていうんだから、藤本には頭が下がる。このあとも、

 おれ達や役者班の衣装について、手芸部の人間と打ち合わせるらしい。


 もっとも、奴の動機は不純だけどな。せいぜい、万全の体制で女子の悲鳴を聞けるよう、頑張ってほしいものだ。


 これから部活に向かう市村、吉田とも別れ、おれと佐山は鞄を取りに教室に向かった。やっと佐山から話を聞くことができる。


「打ち合わせに来たら、佐山がいるからびっくりした」

 そう切り出すと、佐山はちょっと顔を赤くして、へへへ、と笑った。

「流森くんから案内役の話を聞いたとき、面白そうだなーって思ったんだ。だから次の日、藤本くんにまだ募集してるか、聞きにいってみたの」

 思い立ったら即行動か、素早い。


「そしたら藤本くん、ちょうど受付役を探してたって、むしろ他に誰か紹介してくれって。だから翠ちゃんも誘って、二人でやることにしたんだ」

「……そのとき、藤本に驚かされなかったか?」

 ちょっと心配になって訊くと、佐山は笑って首を振った。


「ううん、大丈夫だったよー。私もちょっぴり心配してたんだけどね。いつもニコニコ明るい笑顔で接客してね、って言われた以外は特に何にもなかったよ」

 あ、そうか。受付役は、案内役とは求められるキャラクターが違うもんな。冷静沈着である必要はなかったっけ。

 確かにいつも明るく振る舞う役なら、佐山に向いてそうな仕事だな。やりたくなるのも当然か。

 という風なことを呟くと、少し前を歩いていた佐山は、急にぴたりと立ち止まった。


「それだけじゃないんだよ」


 何か秘密ごとでも打ち明けるような、潜めた声。その声に合わせるように、佐山はそろりと振り向いた。


「流森くんとね、一緒に頑張れたら楽しいだろうなって、思ったからだよ」


 伏し目がちだった佐山の顔が、ゆっくりと上がっていった。まるで自分の気恥ずかしさと葛藤してるみたいに、瞳が揺れている。

 すぐには、佐山の言ってる意味が理解できなかった。おれと、一緒に頑張るって?


「うん。流森くん、案内役になることを決めたとき、すっごく真剣な顔してたでしょ」

「そうだったかな」

「そうだよー。私は今まで、文化祭って言ったら楽しむ! って感じでさ。面白そうなことに、ふらふら引き寄せられてばっかりだったんだ。だけど今年は、流森くんみたいに真剣に取り組むのもいいなあって、思ったんだよ」


 おれみたいにって、冗談か? いや、まさか。佐山の様子は、とても冗談で言ってるようには見えない。

 瞬きを忘れた目や、必死に握った両手、踏ん張った足。佐山の全部が、今言ったことは本心なんだとおれに伝えてきた。


 一気に照れくささがこみ上げる。あのときの自分の顔なんて覚えちゃいない。

 確かに、本気で頑張りたいと思ってはいた。今も思ってる。けど、真剣って言うよりは、必死にやる気を奮い立たせてただけなんだ。

 そうしなきゃ、案内役を引き受ける勇気がくじけそうだったんだ。

 なのに佐山は、そんな情けないおれの態度を、真剣だと受け止めてくれてたのか。


「私もホラーハウスが成功するように、精一杯協力するよ。一緒に頑張ろうね、流森くん!」

「……一緒に」

「うん! 一緒に!」


 何でだろう。佐山につられて「一緒に」と言った途端、口元がこそばゆくなった。気恥ずかしさが天井知らずに上がってる。これって、「秘密」に次いでこっ恥ずかしい言葉なんじゃないだろうか。

 けど、こそばゆさに負けてる場合じゃない。佐山にしっかり返事をしなければ。そうしなきゃいけない気がするんだ。


「ああ。一緒に、頑張ろう」

 おれはうなずき、自分に出来る限りの、きっぱりとした口調で言った。

 佐山も笑って大きくうなずく。その笑顔がはち切れそうで、喜びや期待、その他諸々の幸せそうな気持ちが今にも飛び出しそうだった。

 おれも、そんな風に笑えてたらいいのにな。ちょっと頬に触ってみたけど、やっぱり師匠みたいにはいかなさそうだ。ただ、この期待感は本物だった。


 笑ってようと、気持ち悪い顔をしてようと、このわくわくする気持ちは誰も変えることができない。

 おれと佐山は怪しげな笑い声を出しながら、廊下をのんびりと歩いていた。


 文化祭を頑張ろう、とやる気になっていたのは、おれ達だけじゃなかったらしい。おれの知らないところで、一樹も動き始めていた。


 奴はホラーハウスの建物を造る、技術班の大道具係に立候補していた。

 本日めでたく本決まりになったらしい。裏方の仕事は、表面を取り繕いたがる母親には反対されそうだけど、と一樹は笑っていた。


 だからあえて、「自分は母親の思うとおりにはならない」って言いたくて、大道具係を選んだのかな。

 どんな理由があるにしろ、自分からやろうとするのはすごいことだ。おれなんかスカウトされてからもまだ悩んでたし。


「なーんか、妙に必死になってやってる奴もいるしな」

 やる気になった理由について、一樹はそんなコメントを漏らした。おれをちらりと見て、にやりと笑っている。何だよ、おれが必死な奴だってことか?


 佐山に続いて、一樹もそんなこと言うのかよ。案内役を決心したときの自分、そんなに必死の形相してたかなあ。


 こっちこそ、声を大にして言いたい。

 おれがやる気になったのは、佐山に一樹、お前らのせいなんだからな。お前らがけしかけるから。

 不安ばっかりのおれに、「みんなでやるんだから、怖くはないのかも」なんて、うっかり思わせるからだ。

 とりあえず一樹には、「人のせいにすんな」って言ってやった。軽い蹴り付きで。

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