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第三章「こんなモテ期はいやだ」2

「相変わらず、言葉以外で意志疎通してるんだなー。流森親子は」


 部屋に入ると、一樹が感心したように言った。言葉以外か。確かに、今日はまだかーちゃんと会話してないな。


「ああ、しゃべんないよな。その代わり、一日に何回もメッセージ送ってくるけど。かーちゃんって、おれから見ても無口すぎると思う」

「慎に言われたらおしまいだな。まあ、通じ合ってんならいいじゃん。俺は羨ましいけど」


 羨ましい? どの辺が? という疑問の言葉は、一樹の顔を見たら引っ込んだ。

 いつもみたいにからかってるのかと思えばそうじゃなく、本気で言ってるような気がしたからだ。

 一樹みたいに思うまま喋れて、人好きのする笑顔を浮かべるのが得意な奴なら、誰とでも通じ合いまくりだと思うんだけどな。どうして羨ましいなんて思うんだろう。


 いい天気だな、とか、相変わらず部屋ちゃんと掃除してんな、とか、どうでもいいことをつらつら並べ立ててる一樹を見てると、どことなくおかしい感じがした。

 今日はいつもより、よく喋ってる気がする。

 その違和感のせいか、一樹が家に来た目的をまだ聞いてなかったことを思い出した。

 ただ遊びに来たにしたって、普段なら昼に来るのに。何かあったんだろうか。


「何か用だっけか?」

 訊ねると、一樹は微妙に気まずそうな顔になった。

「いや、えーとほら、おばさんに会いに来たっていうか」

 あらぬ方向を見つつ、無理にひねり出したような言いかただった。

 ものすごく嘘っぽい。けど一樹は、その理由で押し通すことにしたらしい。


「しっかし、本当可愛いよな、お前のかーちゃん」

 さっきの表情を瞬時に消し去り、一樹はいつもの余裕な表情に戻った。

「俺の話に真剣にうなずいてるとこなんかさ、和むわあ」


 そうかい。おれは見てて恥ずかしかったけどな。

 大体、同意を求められても困る。

 聞きたくもないのに聞かされた一樹の話では、無口を補うために相槌過剰になってるところと、背が小さいところがいいんだそうだ。なるほど。

 確かにかーちゃん、ねじ巻きのおもちゃみたいな動き方してることあるかもなあ。ああいうのが可愛いって言うのか。


 納得してから、ふと気付いた。これまで女子に対して、「可愛い」とか思ったことないかもしれない。

 もちろん自分の親には萌えられないけどさ、同学年の子に対しても、あんまり萌えたことはなかったんだよな。そもそも、女子に近づく機会が少なかったんだから当然か。


「面白い」とか「優しい」とかなら思ったことあるんだけど。おれにとっては見た目より、そういう中身のほうが大事なのかもしれない。

 ……あれ? 大事って、何のことだ? 自分で考えといて、よくわからない。


 自分の思考に混乱していたとき、一樹はまだにやけながら、かーちゃんの話を続けていた。

「同じ無口キャラでも、慎は可愛くないけど、おばさんは萌えるよなー」

 何だと。可愛くないのは余計なお世話だ。ムカついたので、さっきのよくわからん思考は後回しにして、一樹にそれなりの対応をしてやることにした。


「用がないなら帰れよもう。おれは疲れてるんだからな」

 こんなくだらない談義をするために、わざわざ布団とおれとの体暖まる時間を邪魔したってのか。許しがたいな。

 おれがそっぽを向いたりして、へそを曲げているところを必死に表してみても、一樹にはやっぱり全然効いてない。組んだあぐらの面積を広げ、ますますくつろぐばかりだ。


「疲れてるって何でだよ。お前、部活もしてないし、原因としては、俺らと遊んでるくらいのもんだろ? 遊ぶのが疲れるってのかよー」

 痛いところをつかれた、と思った。

 一樹はあくまで冗談のつもりで言ったんだろうが、それは本当のことだった。


 もちろん、遊ぶのが楽しくないわけじゃない。

 そうじゃないんだけど、寄り道をしてから家に帰ると、まるでテスト勉強を十時間ぶっつづけでやったってくらい、ぐったりしちまうんだよな。

 いや、勉強って言ったのは例えで、実際にはそこまでやってないんだけどさ。


 この疲れは、体力的なものではないみたいだ。

 前は喋り慣れないせいであごが痛くなることもあったけど、今はそんなことないしな。あくまで気分的、精神的に消耗してるみたいだ。おれにも理由がよくわかんないんだけど。


 一樹に指摘されてしまったことで、自分が身勝手な奴に思えてきた。

 これまで孤立してたおれが、皆に遊んでもらえるのは感謝するところなのに、疲れるっておかしくないか?


「遊んでて疲れるとか、やっぱ皆に失礼かな」

 ぼそりと呟くと、一樹はきょとんとした顔でおれを見た。

 それから、ビーチボールの空気が抜けたみたいな声を出して、笑った。何がそんなにおかしいんだ?


「そんな真面目に受け止めるなよ。疲れるのはあれだよ、単に遊び慣れてないからじゃない?」

 ひとしきり笑ったあと、一樹は、あっさりと答えを出した。

「慎、おれと遊ぶときも、ほとんど家ん中だったじゃん? ずーっとインドア生活だった奴が、毎日のようにどっか行ってたら、そりゃ疲れもするだろ」

「体が疲れてるって感じじゃないんだけどな」


「なら、あれじゃないか? コミュニケーション筋肉の、筋肉痛」

 コミュニケーション筋肉? 何だ、それ?

「変に足とか腕に力入れてると、筋肉痛になるだろ。それと一緒でさ、遊ぶときも全力でおれらの相手しなきゃ、なんて力入れすぎてんじゃないの」

 なるほどなあ、気持ち面での、力の入れすぎってことか。


「気の抜き方も覚えないと、しんどいぞ。つまんねーなーと思ったら遊ぶの断るくらいでいいんだよ」

 上手いこと言うなあ。

 へえーと感心してると、一樹は「いやいや、今、適当に考えたことだから、あんまり鵜呑みにすんなよ」と手を振って見せた。


 でも、やっぱりすごいと思った。

 一樹っていつも、人の輪の中心から離れたとこから笑って見てるイメージだけど、実は結構人のこと見てるのかもな。

 そういや、佐山も前に似たようなこと言ってなかったっけか。

 確か、おれが食事中にリアクションできないで悩んでるときだったな。「緊張してるだけだから、自然にしてたらいい」ってアドバイスをくれた。


 今でも「自然」のやり方はピンとこないし、コミュニケーション筋のほぐし方も良くわからない。

 けど、助言をもらうのはそんなに嫌じゃない。自分のことを考えてくれてるってだけで、結構嬉しいもんな。

 とりあえず、肩の力を抜くことを頑張ろう。そう心に誓った。


「うん。わかった。筋肉痛にならないように努める」

 おれは一樹に向き直り、うなずいて返事をした。

「だからカタいって、力入ってるって!」


 一樹は再び笑い出し、おれの足をつま先で蹴った。何だって、そんな馬鹿な。

 ふと目を落とすと、無意識に正座をしてるじゃないか。肩の力を抜いたつもりが、足に力が入っていたとは盲点だった。


「本当に面白いよなー、慎」

 くそ、また人を笑いものにしてやがる。しかもさりげなく話を逸らすし。おれが一樹のことを聞こうと思ってたのに、気がついたら何か励まされてるし。何かムカつく。

 とりあえず足を崩し、ついでに一樹の足を蹴り返しておいた。


 そのあとゲーム機を引っ張り出し、二人で格闘ゲームの対戦を始めたけど、足の蹴り合いはまだ続いていた。

 ゲームをしている隙に、いかにお互いを蹴るかに気を取られたため、おれ達が操作するキャラの繰り出す技は、そりゃもうしょぼいものだった。


 格闘ゲームの次は何をしようか、とゲームソフトを二人して漁っているとき、携帯の震える音がした。

 呼び出されてるのは一樹のようだ。奴はすぐにポケットから携帯を取り出した。メッセージが来たらしい。

 携帯画面をスクロールするたびに、一樹の顔は浮かないものになっていった。


「俺、あと三十分くらいで帰るわ」

 そう告げる声も、心なしか沈んでいる。

「用事か?」

「うん、何か、母親が友達に紹介したいんだと。向こうも子供連れてくるからって。でかい子供見せびらかしても、楽しくなんてないだろうになあ。……外出してりゃ、諦めると思ったのに」


 携帯を畳む音に紛れるように、「見せもんじゃないんだけどな」という呟きが聞こえてきた。

 一樹が家に来た理由がわかった。母親から逃げるためだったんだな。で、逃亡はあっさり失敗に終わったと。


 長いつきあいだけど、一樹が家族のことでぼやくのを初めて聞いた気がする。

 詳しい事情はわからない。けど、ぜいたくな悩みのような気もするな。子供を他人に見せびらかすってことは、母親は一樹を自慢に思ってるってことだろ?

 おれと違って、一樹は見てくれも頭もいい。もしこんな息子がいたら、普通の親なら自慢したくなるんじゃないだろうか。


 どこにも見せびらかす要素のないおれとしては、想像を遥かに越えている世界だ。そんな奴にいっぺんでいいからなってみたい。

 むっつりとした顔でゲームを選んでいる一樹を見てたら、とてもそんなことは言えなかったんだけどさ。


 さらに「親なんだから、嫌なことは嫌って言えばいいのに」って言葉も、一緒に引っ込めた。

 当たり前のことだけど、おれと一樹の家庭環境は違う。

 これは全くの想像だけど、一樹の家は、気軽に口答えできるような親子関係じゃないのかもしれない。


 想像ばかりで、何も言えないでいたとき、机のほうから着信音が鳴り響いた。今度はおれの携帯にメッセージが届いたようだ。

 送信者を見なくても、かーちゃんからだとわかる。内容はやっぱり、「あれ」が出来たというお達しだ。

 一樹が帰る前に、あれを食わせてやろう。おれは一樹に断りを入れて、キッチンに向かった。


「あれ」ってのは大層なものじゃない。単なるホットケーキのことだ。

 かーちゃんは毎週土曜日、必ずホットケーキを焼いてくれる。普段、弁当を作れないことを気にして、休日におれの好物を作ってくれているみたいだ。


 仕事が忙しいんだから、弁当のことなんて気にしなくていいのになあと思いつつ、土曜日には、キッチンから甘い匂いが漂ってくるのを楽しみにしている自分がいた。

 ホットケーキで一樹を元気にできるとは思えないけど、これを作ったのは奴がファンだという、かーちゃんだ。多少の効き目は期待したい。


 そんなことを考えつつキッチンに入ると、おかしな光景を目撃した。

 かーちゃんが片手を高く上げ、食器棚に向かってぴょんぴょん飛び跳ねている。

 何やってんだ? 我が母親ながら、ちょっと心配になる。時々ダイエットと称して怪しげな動きをすることがあるけど、これもその一種なんだろうか。


 おれが来たことに気づいたかーちゃんは、無念そうに唇を引き結び、食器棚を指さした。

 指さす先には、いつも棚の上段に置いてある、来客用の食器があった。

 ああ、皿を出したいのか。一樹が来てるから、とっておきの食器を使いたいってわけなんだな。


 それにしても、ジャンプして食器を取ろうとするなんて、危なすぎるだろ。せめて椅子を使ってほしい。

 かーちゃんって時々、母親じゃなくて年下の子供みたいに見えるから困る。そういや、おれが小学五年生になったころには、もうかーちゃんの身長超えてたしな。


 食器棚に手を伸ばし、いくつかの皿を指さしてみる。シンプルな小花柄の皿をさしたとき、かーちゃんの首が激しく縦に振れたのを見ると、どうやら目的の食器はこれらしい。

 かーちゃん、あんまり振りすぎると、前みたいに首の筋を痛めるぞ。

 たまには声に出して「そう、それそれ」とか言えばいいのにな。かーちゃんのあまりの喋らなさに呆れてしまう。


 けど、親のことは言えないか。そのままそっくり、自分にも当てはまることだ。

 おれだって今日、親に話しかけてない。ジュースを入れてもらったときも、今、ホットケーキを皿に乗せてもらってるときも。

 親が自分と同じような無口族だからって、つい、気を抜いちまうんだろう。

 だけどたまには、ちゃんと言葉でコミュニケーションをとってみてもいいかもしれない。

 熱々のホットケーキを受け取るとき、おれは思い切ってお礼を言ってみた。


「いつもうまいの作ってくれて、ありがとな」


 今、おれが口に出したのは礼の言葉じゃなくて、人を石化する呪文だったんだろうか。

 そう勘違いしそうなくらい、かーちゃんは見事に固まってしまっていた。口をぱかりと開けたまま。予期せぬ出来事が起こったときにフリーズするのは、遺伝だったのか。


「……本当に、おいしい?」


 しばらく待ったのち、かーちゃんは首を傾げ、小声で言った。

 もしかして、味に自信がなかったんだろうか。毎週のおれの食べっぷりを見てれば、うまいってわかりそうなもんなのに。伝わってなかったのか。

 やっぱり、言わなきゃ伝わらないこともあるんだ。


「うん。おいしい」

「そう。じゃあ、お母さん、嬉しい」


 駄目押しで同意してみせると、かーちゃんは大きくうなずいて、目を細めた。

 予想外に喜ばれてしまい、もうどうしたらいいかわからない。

 おれは口の中でもう一度礼らしきことを言いつつ、かーちゃんの微笑み攻撃から逃げ出した。


 何だこれ。気恥ずかしすぎるだろ。今日はおれを恥ずかしがらせる日なのか。恥ずかしさを表すなんて、そんな高レベルなリアクションはまだ習得してないぞ。


 けど、かーちゃんを喋らせることに成功したな。

 声聞いたの、久しぶりかもしれない。時々は、親と会話するってのもいいもんだな。


 毎日は無理だけどな。おれのコミュニケーション筋がもたない。

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