8 盗賊って物語の序盤によく現れるよね
強めの風が頬に吹きつけ、サラは思わず目を開けた。そこは見渡す限りの大平原だった。どこが街の近くだ、とサラは心の中でつっこんだ。
風が冷たいのもあって、少し寒い。気候は東京よりは寒冷なのかもしれない。そもそもハルキゲニアのことがよく分からない。幸福度がどうとか言っていたから人間が住んでいるとは思われる。
それでも見た限りは地球とそれほど変わらない景色が広がっているように思えた。空は突き抜けるように青く、たなびく雲は白い。天候が晴れで良かったとサラは思った。いきなり土砂降りでは大変だからな。
それにしても空気が綺麗で美味しい。肺が浄化されるようだ。サラは思い切り深呼吸をした。地平線の彼方まで広がる平原にしても、とても自然豊かな世界なのかもしれない。
サラは平原にわずかに人が通った道のようなものが続いているのに気付いた。少しだけ草がはげている。サラはその道に沿ってあてもなく歩いた。
「歩ける距離に街があると思うんだけど…」
サラは独り言を呟いた。
異世界に来たというのに、サラは意外と冷静で、男性の身体だから男性らしく振舞わないとおかしいだろうな、などとどうでもいいことを考えていた。
もう死ぬつもりだったから、その時に腹を括っていたから、大抵のことは小さなことに思える。異世界がなんだってんだ。かかってこいっての。
その時はるか遠くの空に人影が見えた気がした。おそらく鳥ではない。
そしてそれはグングンとサラの方に近付いてきた。あまりにも速く飛ぶことにサラは驚いていた。あっという間にその人影はサラの目の前にどすんと着地した。
サラの前に現れたのは狡猾そうな男性だった。痩せていて、あまり強そうには見えない。しかし神経質そうな顔と、いかにも盗賊っぽい衣装が警戒すべき感じを醸し出していた。そして何よりも男の隣には古びた本が宙に浮かんでいる。怪し過ぎる。
「こんにちは」
サラは軽やかに挨拶した。あまり緊張しているのがバレるとマズイ気がした。
「こんにちは。サラさんだね」
男は少し口元を緩めた。
「俺のこと知っているの?」
サラは出来るだけ落ち着いた口調で話した。
「今知ったばかりさ」
「何の用?」
「別に用はないさ。ただ挨拶をしておこうと思っただけさ」
男は本を見ながら少し考え込んでいた。サラはその本が気になった。
「その本には何が書いてあるの?」
「なるほど。ハルキゲニアは初めてか。やっぱり異世界転生者だな」
男はにんまりと笑った。
サラはしまったと思った。思い切りバレた。なにか自分の知らない弱点を突かれたらひとたまりもない。
「しかしポイントが低いな。これほど低い転生者も珍しいな。職業も冒険者だし放っておいても大丈夫かな」
男がさらりと失礼なことを言った。
「あなたの職業は?」
サラは職業までバレたことに驚きながらも、冷静に聞き返した。
「それは秘密だ」
「いや、別に俺もそこまであなたに興味はないんだけど」
サラは冷ややかに言った。そしてそれは嘘ではなかった。しかし相手を敵に回したくないのもまた事実だった。高速で空を飛んできた時点で危険過ぎる。魔法が発達した社会とは聞いていたが、せめて箒か絨毯くらいは乗るものだと思っていた。
「欲しいのは魔法のランプくらいだな。それを大人しく渡せば見逃してやる」
男がサラに迫った。
「そんなの持ってないよ」
サラはウソをついた。正確に言えば、持っているけど使い方が分からないのだ。もし使い方が分かればこの男を吹き飛ばしてもいい。
「ウソは良くないね。持っているのはバレバレだぜ」
サラはマズイ状況になったと思った。異世界に転生した途端にピンチだ。ひとつしかないチートアイテムを奪われそうになっている。
その時にもうひとつのチートスキルのことを思い出した。確か先制パンチだったはずだ。この能力もよく分からないけど、たぶん先制攻撃できるんだろう。
サラは右手で握りこぶしを作って、思い切り男の顔面を殴り飛ばした。ふいをつかれた男は吹き飛び、倒れて気絶してしまった。
男性の力って強いんだな、とサラは思わず感心した。今までずっと女性で生きてきたから知らなかった。今はサラの身体は男性なのだ。そう言えば歩くペースも今までより速い気がする。
サラは慌ててその場を離れた。いかにも盗賊っぽい人物と関わる気はなかった。しばらく草原を小走りで駆け抜けた。