7 チートスキル
「後は名前を変えて、チートスキルを選ぶだけ」
神ちゃんはスマホを操作しながら言った。
「好きな名前になれるの?」
「なれるけどキラキラネームはオススメしないわよ」
サエはしばらく考えた。この身体の元の持ち主である初恋の男性の名前はイチだ。でもイチは彼の名前で、自分が使うのはおかしいと思った。
「じゃあサラにする。関西弁で新品って意味だから。心機一転よ」
「サラね。分かった。登録しておく。それでチートスキルは『先制パンチ』ね。これが一番役に立つから」
「勝手に決めるな。そんな昔の雑誌みたいな名前の能力なんか嫌じゃあ」
「じゃあもうひとつチートアイテムは選ばせてあげる」
神ちゃんはサラに分厚いカタログを渡した。
サラはパラパラとカタログを見た。魔剣スメタナ、英雄の盾バルトーク、魔法の杖クリムトなどなど伝説のアイテムらしきものが並んでいたが、サラにはどれがすごいのかさっぱり分からなかった。
「特にこだわりがなければ魔法のランプがオススメだぞ」
ウサギが口を開いた。
「そうね。願い事がひとつだけ叶うわ」
神ちゃんも同意した。
「じゃあそれで」
「ただし生者を死なせることと死者を生き返らせることはできないからね」
「分かった」
「それじゃチートアイテムの魔法のランプを付けてあげる。これで異世界ではウハウハね」
神ちゃんがサラの肩を叩いた。
「良かったな」
ウサギも頷いた。
「ところで喋るウサギはなんなの?」
サラはウサギを指差した。
「まあ妖精みたいなものね。私の手伝いをしてくれているの」
「ふーん」
世界には自分の知らないことがたくさんあるんだなあ、とサラは少し感心した。
「質問がなければもう行くわよ」
神ちゃんが立ち上がった。
「質問はあるけど、もう聞きたくない。口で説明されてもどうせ分からない。そもそも起こる現象が想像の域を超えている。だから実際に異世界に行って自分の目で確かめてから考える」
「それがいいわね」
神ちゃんは眠そうに背伸びをした。
「でもひとつだけ教えて。この身体の元の持ち主は今どこでどうしているの?」
「そんなこと知らないわよ。魂だけになって天国でふわふわしているんじゃないの」
「その人と会うことはできる?」
「あのね。誰に会いたいなんて個人の希望をいちいち聞いていたら転生なんて成り立たないじゃない。それは完全に自然の成り行き任せよ。それに転生する時に記憶を失うから意味ないわよ」
神ちゃんはピシャリと言った。
「でも私は記憶があるよ」
「何度も言うけど、あんたは転生じゃなくて正確には留学なの。第一あんたはまだ死んでないじゃない。身体と住む世界を変えるだけよ。死んだ後に行われる転生とは根本的に違うの。地球でも先進国の人間がボランティアで発展途上国に行って活動したりするでしょ。あれと同じよ」
「分かったような分からないような…」
サラは頭を抱えた。
「ハルキゲニアに通じる鏡はあれね。いくつかあるけど、サービスで街の近くに飛ばしてあげる」
神ちゃんはハローワークの廊下に並んでいる鏡のうち、最も大きな鏡を指差した。レトロなデザインでだいぶ煤けているが、なかなか立派な鏡だった。
「それでこれが魔法のランプ。一度しか使えないからよく考えて使うように」
神ちゃんがサラに手渡したのは遊戯王カードみたいなおもちゃのカードだった。魔法のランプと思われる古びたランプの絵が描かれている。
「何これ?」
「カードよ。ハルキゲニアはカード社会だから」
「カード社会ってなんだ?」
「行ったら分かるわよ」
神ちゃんは素っ気なく言った。ウサギが魔法の杖でコンコンと鏡を叩いた。鏡の表面は銀色に波打った。
「いってらっしゃい」
神ちゃんとウサギがひらひらと手を振る。
サラはまだ疑問に思っていることがあったが、仕方なく鏡に向かい合った。不思議と恐怖はなかった。むしろワクワクドキドキしていた。新しい自分になれるんだ。何よりもイチと一心同体で生きられるんだ。
「いってきます」
サラは神ちゃんとウサギに手を振った。
「開けステータスって唱えたら、ステータスが見られるからねー」
神ちゃんが鏡に向かうサラの背中に声をかけた。
「はーい」
サラは生返事をして鏡に足を突っ込んだ。ひんやりとした感触が足から伝わる。サラは目をつぶって速足で鏡を通り抜けた。