4 異世界転生ハローワーク
意外なことにサエはだんだんワクワクしてきた。自分が思っていたよりも好奇心は強い方なのかもしれない。常識では考えられない不思議な現象や異世界というファンタジーなキーワードに胸がときめき始めていた。それにあまりにも訳が分からないことが起こるのでもういっそのこと開き直った方がいいとも思った。
しかし鏡をくぐった先は荒れ果てた大地だった。赤茶けた大きな岩が転がり、草木は枯れていた。さっきと違って辺りは薄暗く、冷え冷えとしていた。どう好意的に言ってもお洒落な空間とは言えなかった。まるで月に来たみたいだ、とサエは思った。
ゴツゴツとした岩肌が素足には痛かった。ローファーを履いている神様とぴょんぴょん跳ねられるウサギはともかく、素足で来てしまったサエには足が痛すぎた。
「あれがハローワークよ」
神様が指差す先には古びた灰色の低層ビルが見えた。周囲には他に建物はなく、ポツンと一軒だけ建っていた。鉄筋コンクリート造りと思われるそのビルは、窓ガラスにはクモの巣が張り、正面玄関の前に立てられた看板はすっかり傾いていた。まるで倒産しかけの会社のように見えた。
そして看板にはやたらレトロな字体で「異世界転生ハローワーク」と書かれてあった。
サエは足の痛みに耐えながらなんとか入り口まで辿り着いた。靴が必要なら先に言って欲しかったと思った。
そして建物の中に入ったが、客はほとんどいなかった。職員と思われる人は少しだけいたが、みんなヒマそうに談笑していた。地方の寂れた町役場みたいな雰囲気だとサエは思った。
「いらっしゃいませ。私はタンホイザーと申します」
サエたちに気付いた職員が近付いてきて挨拶をした。スマートに黒色のスーツを着こなした紳士的な風貌の男性だった。
「この子を異世界留学させるわ」
神様がサエの肩を叩いた。
「それでは地球からハルキゲニアへの転生ですね」
タンホイザーがにこやかな顔で言った。
「ポイントはほとんどないからあまり期待できないけどね」
神様が苦笑いをした。
「ただいま特別キャンペーン実施中でしてハルキゲニアへの転生者限定で1000ポイント付与されます」
タンホイザーがにっこりと営業スマイルを作った。
「あら。良かったじゃない。どれに配分する?」
神様がサエに聞いた。サエは勝手に話が進むので困惑していた。ハルキゲニアなど聞いたことがない単語が出てきて少し参っていた。
「スキルの配分をするんだ」
ウサギが口を挟んだ。
「攻撃力・守備力・魔法力のみっつです。どれに配分するかは自由です。でもその前に職業を決めた方がいいかもしれませんね」
タンホイザーが営業スマイルを崩さずに言った。
「なんの取り柄もなさそうだな」
ウサギがサエを見て溜息をついた。失礼なウサギだとサエは思った。
これといった取り柄がないことはサエ自身が気にしていることだった。仕事はスーパーの倉庫整理と工場のライン作業しかしたことがない。
特に人に誇れるような学歴も職歴も資格もない。だからハローワークは嫌いなんだ、とサエは思った。自分に価値がないことを思い知らされるから。
「とりあえ冒険者でいいんじゃない」
神様があまり興味なさそうな口調で言った。
「ベタですな」
ウサギも頷いた。
「スキルのバランスが取れた冒険者は転生初心者にオススメです」
タンホイザーも賛成した。
サエは頷くしかなかった。なんだかよく分からない展開になっていることだけは自覚していた。でもだからといって流れに任せる他に何か打つ手があるわけではなかった。
「それではポイントは均等に配分します。職業は冒険者で登録します。次は新しい身体を決めましょう」
タンホイザーが張り切ってサエを隣の部屋に案内した。