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2 不思議の国のウサギ

 ところかわってこちらはフラスコの中。


 木村サエは自宅の縁側でのんびりと太宰治の「人間失格」を読んでいた。この本を読むのはもう十回目である。


 三十八歳のサエは思わず溜息をついた。ついに太宰が死んだ年に並んでしまったのである。


「一緒に入水してくれるイケメンをマッチングアプリで探してみるか」


 サエはポツリと呟いた。


「なあんてね。どうせ私なんかと死んでくれるイケメンなんていないだろうけどね」


 サエは自虐気味に独り言ちるとゴロンと横になった。


 サエの額にはアザがある。母親にフライパンで叩かれた時のものだ。おかげで死にたくなるほど暗い人生を歩んでいる。


「はー。いよいよ自殺でもするかなあ」


 サエは溜息をついて寝返りを打った。


 サエの住むアパートは一階で小さな庭がある。


 そこにチョッキを着た小さなウサギが突然現れた。まるで「不思議の国のアリス」みたいだ。


 サエはしばらくウサギを見つめていた。なにか常識では考えられない楽しいことが始まる予感がした。


 でもすぐに「こんなふうにうまくいきっこないよね」という「耳をすませば」の月島雫のようなセリフが思い浮かんだ。


「あーあ」


 サエは思い切り退屈そうなあくびをした。


 するとウサギはこれ見よがしにポケットから時計を取り出した。


 夢でも見てるのか、ちょっと疲れたのか、実はもう死んだのか、何にしても少し休もうと思ってサエは布団に潜り込んだ。


「おい」


 ウサギが腹を立てて怒鳴った。


「はい?」


 サエは驚いて振り返った。


「目の前にチョッキを着て時計を持ったかわいいウサギさんが現れたら普通は後を追いかけるだろ。それが人間界の常識というものだぞ」


 ウサギは偉そうにふんぞり返って言った。


 サエは夢なら夢で面白そうだからウサギに付き合ってやるかと思った。


「分かりましたよ。そんなに言うなら後を追いかけますよ。どうせこの後はウサギの掘った穴に潜り込むんですよね」


 サエは「不思議の国のアリス」のストーリーを思い出しながら言った。


「いや。穴は掘ってない。掘るのが面倒だったからな。それに爪が汚れる」


 ウサギは真面目な顔で言った。


「ウサギのくせに穴を掘るのが面倒なんですか?」


 サエは思わず腹を抱えて笑ってしまった。


「ウサギのくせにとはなんだ! それと私のことはウサギさんと呼べ!」


 ウサギは腹を立てて怒鳴った。


「ごめんなさい」


 サエは素直に謝った。


「分かればいいんだよ」


 ウサギはそう言ったが、まだ腹を立てている様子だった。


「それで私にどうしろというのですか?」


 サエはできるだけ丁寧な口調で言った。


「鏡はあるか?」


「鏡?」


「異世界への入り口といえば鏡だろ」


 ウサギはなぜか胸を張った。


「異世界?」


「それも後で説明する」


 質問したいことが山ほどあったが、仕方なくサエは化粧箱から丸い手鏡を持ってきた。


「小さいな。それじゃくぐれないだろ」


 ウサギはあきれたように言った。


「これしか持ってないです」


「じゃあそれでいいや。引き伸ばしてやる」


 ウサギはセーラームーンが持っていそうなゴテゴテした魔法の杖をポケットから取り出した。そしてそれで鏡をコンコンと二回叩いた。


 すると鏡がするすると広がった。サエは驚いて鏡を落としてしまった


 鏡は床の上で池のようになった。銀色の美しい表面に静かな波が立っていた。


「さあ飛び込むぞ」


 ウサギはサエの手を握って鏡に飛び込んだ。サエはもう流れに任せようと思った。良くも悪くもその場の状況に流されやすい性格なのである。サエは思い切って鏡の中に飛び込んだ。

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