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倉木の事情(1)

 お互いのプロジェクトが佳境に入って休みが合わない。

 芽唯に会えない日が続いて、辛い。

 佐藤が、時々ちくちくと嫌味を言ってくるのも、訳がわからない。

 俺が芽唯を悲しませているとか、一体なんのことだ?


 出向は、ようやく終わりに近づいている。

 運用テストも無事に終わり、本稼働まであと1カ月。

 稼働に向けたテストや手順の見直しを行っている最中だが、この日曜日は、休んでも良いと言われた。


 何と、今日は土曜日だよ。

 休日出勤が続いていたが、ようやく休めそうだ。

 出向組で、どこかに遊びに行こうとか言われたが、断った。

 出張中の芽唯から、トラブルは解決の見込みがついたので帰れるかも。と連絡がきたので、明日は朝から東京に出かけることにした。


 「悪いけど、明日は東京に帰るよ。彼女も帰れるかも知れないって」

 「私も東京に遊びに行くつもりだったんです。途中だけ一緒に行きませんか?何時の新幹線に乗ります?」

 いきなり白川さんが話に入ってきたのでびっくりした。

 「10時ころかな。指定は取らないので、来たのに乗るつもり」

 「だったら、駅で待ち合わせしません?」

 特に断る理由が見つからなかったので、次の日は、同じ新幹線で東京に向かう。

 2人掛けの席が空いていたので隣合わせに座った。


 新幹線が出る頃に、トラブルが片付いたのでこれから帰る。とメールが届いた。

 白川さんが遊びに行く予定の美術館やデパートの話をしているのを、なんとなく聞いているうちに、終点に着いた。


 東京駅で別れて部屋まで来たときに、駅に着いたと芽唯からチャットが届いた。

 迎えに行こうか?というと、買い物があるので家で待ってて。と返事があった。

 芽唯がいない部屋は、少し寂しいけれど、部屋には芽唯の気配が残っているので、ほっとした。


 「ピンポーン」

 チャイムが鳴ったので、確かめもせずに思わずドアを開けたのは、気が緩んでいたからだろうか。

 荷物が多いとき、僕が家にいるがわかっていれば、チャイムを鳴らすこともあるから、てっきり芽唯だと思った。


 ドアを開けたとたん、何が起こったのかわからなかった。

 白川さんが、そこに立っていた。

 何で?


 彼女は扉を閉めて、部屋に上がってきた。

 「白川さん。何でここに?」

 「倉木さんにご相談したいことがあって、後をつけてきました。すみません」

 「えーっと。それは、緊急を要すること?」

 さっきまで一緒にいたのに?

 今、ここで相談って、どういうことだよ?


 そのときだった。

 携帯に電話がかかってきた。

 僕と彼女の両方に。

 トラブルの電話だった。

 運用切り替えテスト中に問題が見つかった。

 システム変更の可能性もあるので、すぐに出社して対応が必要だとのこと。

 白川さんにも、彼女の上司から、トラブル対応の呼び出しがかかっていたようだ。

 「とりあえず、帰りましょう。何でここに来たのかは、後で」

 自分の荷物をまとめて、芽唯にメールしようと思ったとき、ドアの鍵が一旦かかって、次に解錠された。


 ああ。芽唯が帰ってきたんだな。と思った、そのときだった。

 白川さんが、僕に抱き着いてきた。


 「あーっと、ごめん」

 芽唯の顔が真っ白だった。

 徹夜明けで疲れた顔だったが、眼付は冷ややかで圧が強い。


 「陸」

 まずい。怒っている。

 訳を話そうとしたけれど、白川さんがなぜここにいるのかは、僕にも説明できない。


 「いいから出てって。」

 芽唯はもう、疲れて立っているのもつらそうだ。

 「帰りましょう。トラブル対応が先よ」

 白川さんが僕の手を引いて出ていくことを促す。

 芽唯も疲れ切っていて、話すのもつらそうだ。

 「後で連絡するよ。とりあえず休んで」

 そう言い残して、外に出た。

 その後は、彼女とは一言も話しをせずに、新幹線で戻った。

 新幹線の中で、何度もチャットを送ったが、既読がつくことはなかった。


 トラブルは、運用テストの最中だというのに、システムで使っているOSSをアップデートしてしまったことが原因だった。緊急レベルの脆弱性対応版が公開されたため、上の判断でアップデートを行い、テスト環境で動作確認をしたところ、動作が変わってしまったというところ。

 数人のメンバで解析したところ、システムの設定変更で対応できることがわかった。再度テストをし直せば、スケジュール変更はぎりぎり回避できることを確認し、急遽集まったメンバーでテストを行い、横展開で関連バグがないことを検証していたら、夜が明けた。


 徹夜明けなので家に帰るようにと、上司から指示があったが、芽唯の出社まではと、わざと残りの作業を引き延ばして、会社に居座っていた。出社時間になって、芽唯が会社に居ることは確認できたけれど、メールに返事がなく、チャットも無視された。


 同期の原田妻にチャットできいてみると、芽唯は自分の席で仕事をしているらしい。階が違うのに、わざわざ覗きにいってくれたようだ。


 「だけど、リーダと報告書をまとめているみたいで、忙しそうだよ」

 と山本。

 「時間ができたら、こちらに連絡してくれって、伝えてくれない?」

 「何かあった?」

 「ちょっとしたディスコミュニケーション」

 「努力してみるよ。じゃね」


 努力って何だよ。

 そのまま連絡がないまま昼になった。

 原田妻が頼れないのなら、原田夫と佐藤と石田。

 同期全員に、芽唯への連絡をお願いした。

 佐藤からは、案の定何かあったな。と言われたが、何も言い返せない。


 昼過ぎに、原田妻から、『芽唯は午後休みを取ったよー。ゲキおこ』

 というチャットが来た。


 俺は即座に退社して、東京に向かった。



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