出張から帰ったら
「あーっと、ごめん」
ドアを明けたら、抱き合う男女が眼に入り、思わず謝った。
謝ってから、気がついた。
なんで、謝る?
ここは、私の家だ。
アパートだけど。
「陸」
抱き合ってた2人が慌てて離れるのを、醒めた眼で眺めながら、ドアを閉めて、鞄を降ろす。
「タイミングが悪くて、ごめんなさいね」
でも、ここ、私の家だからね。
いつ帰ってきても、いい筈だよね。
そりゃ、合鍵は渡してたけど。
『出張から帰ってきたら、彼氏が、女の人を連れ込んでました。』
ネットのお悩み相談のタイトルが頭に浮かんで、眼が裏返った。
北陸の大学に納入したシステムが動作しなかった。
私がリードエンジニアとして加わったプロジェクトで開発、納品したシステムだ。
トラブル対応のために、2泊3日でプロジェクトのメンバーと出張に出かけ、ホテルにはシャワーと着替えにしか戻れない状態で原因解明と修正適用、顧客への謝罪と報告を済ませて帰ってきたばかり。社内への報告はメールと電話で今日は勘弁してもらって、死ぬ思いで自宅に辿りついたのだ。
留守の間に、陸が来るとは聞いていたが、まさか彼女さんまで付いて来るとは思ってもいなかった。
「芽唯。勘違いしないで。白川さんとは。。。」
「徹夜明けで疲れてるの。出てって。2人とも」
寝不足でガンガンの頭に、浮気現場の対応は、きつすぎる。
私の剣幕に、彼らも驚いたのだろう。
陸は、何か言っていたが、彼女に手を引かれて、玄関から出ていった。
出て行くんかい。
いや、出ていけと言ったのは、私だけれども。
言われた通りに出ていくとは、思わなかった。
いや、今は出て行って欲しかったかも。
顔も見たくない。
それも、嘘。
本当は、やさしく慰めて欲しかった。
たぶん。
何がしたいのか、何をして欲しいのか、自分でもわからなくなった。
とりあえず、鍵とチェーンをかけた。
今は誰にもわずらわされたくない。
ベッドに倒れ込んで、枕に顔を押し付けていたけれど、陸と女性が抱き合っている光景がいつまでも頭から離れなかった。