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7.冷徹竜騎士イディオス

 

 男の髪は、雪のように白くサラサラと風に光る。瞳は海のようなサファイヤブルーだ。感情の感じ取れない顔は氷の彫像のように整っている。


 ティアはゾッとして息を呑む。この顔には見覚えがあった。逃げ出そうとしたティアの退路を断った男だ。


 この人はエリシオンの竜騎士。愛する心を失った王子――。 怖い!!


 ループ直前に襲いかかってきた男を思い出し、ティアはブルブルと震えた。


 エリシオンの竜騎士はティアを一瞥し、剣を抜いた。

 そしてティアの鼻先に切っ先を突きつける。


「お前がドラゴンを傷付けたのか」


 あまりの恐ろしさに、ティアは声も出ない。


「俺の仲間を傷付けるヤツは、女子供でも許さない」


 冷たい剣先がティアの鼻に触れた。


「ぎゅぁぁぁ!!」


 そのとき、子ドラゴンが叫び、バタバタと翼を羽ばたかせた。

 男が不機嫌そうにティアを見る。


「なに? 意地っ張りのお前が、初めて助けを呼んだと思ったら、自分が怪我したためでなく、この女のために俺を呼んだのか? しかも、お前……、この人間と契約したな?」


 つっけんどんに尋ねる声。

 同時にスコールがピタリと止んだ。しかしまだ、月は群雲に隠れている。


「弱って死にそうじゃないか。馬鹿な契約をしたな。名付けられる前に、このまま見捨てろ」


 エリシオンの竜騎士は心なく言い放った。


「キュウ! キュウ!」


 ドラゴンは訴えるようにその男に鳴いた。


「本当か? この女がお前を治した? 人間がドラゴンを癒やすなんてありえない。そんなことができるのは、紅蓮の希望を持つ大聖女だけだ」


 信じられないというように、ティアをマジマジと見る。

 感情の見えなかった顔には、好奇心が現れていた。

 ティアの左肩はドラゴンの牙の形に服が破れている。


「……しかも、噛んだのか……」

「キュァァァ……」

「助けてくれだって? ……俺が女を嫌いなのは知っているだろ?」

「キュア! キュアア!!」

「女ではなく女神か。……たしかにお前を助けてたならそうかもな」


 竜騎士はぶっきらぼうにティアを抱き上げると、左肩をはだけさせた。


「……や……め……」


 聖職者じゃない男性に触られたら汚れてしまう! 


 ティアは息も絶え絶えに抵抗する。 

 聖女であったティアは、一般の男性と話すことはおろか、目を合わせることすら禁じられていたのだ。

  

 ティアの肩は、青紫色に肌がただれている。


「このままなら、腐って死んでしまうぞ」

「キュウ!!」


 ドラゴンが鳴けば、竜騎士はドラゴンを真面目な顔で見据えた。


「よく見ろ。これがお前がやったことの結果だ。お前がこの女神を殺すんだ」

「……ぅきゅぅ……」


 ドラゴンはウルウルと瞳に涙を浮かべ、頭を地面に擦り付けた。


「わかればいい、わかればな」


 竜騎士はそういうと、ティアの左肩に触れた。

 ティアはビクリと体を強ばらす。痛みもあったが、羞恥心と恐怖が湧き上がっていた。


 しかも、この人に嫁いだら慰み者にされるって……。いったい、なにをされるのか。

 

「おねがい……さわら、ないで……。いや……」


 いやいやと鼻声で訴えるティアの姿に、竜騎士は驚いたように瞬きした。


 竜騎士は美しい男だった。純白の髪に、空のように青い瞳。整った顔つきは神殿の彫刻に例えられた。まるで、海の泡から生まれた美の化身ではないかと言われるほどだ。

 老若男女問わず、彼の美貌に目を奪われ、まるで見世物扱いだった。

 彼はそんな無遠慮な人々を嫌い、冷たい態度を取った。しかし、彼がどんなに無礼な態度を取っても、彼を拒絶する者はこの世にいなかった。


 竜騎士は初めて拒絶されたのだ。驚き、少し胸が痛んだ。しかし、その胸の痛みの理由は彼にはわからなかった。


「……慰み者になりたくない……」


 ティアは弱々しく竜騎士を振り払う。

 竜騎士は呆れたようにため息をつく。


「俺は女が嫌いだ。そんなことはしない。安心しろ」


 ティアは竜騎士を見つめた。


 初めて聖職者以外の男性と見つめ合ったわ……。クレス様や司祭様のような優しい目とは違う。


 男の瞳は、深海のように青く冷たい。しかし、真摯な光を宿している。嘘をついているようには見えなかった。


「……ドラゴンの命の恩人よ。俺はあなたを助けたい。少しの無礼を許せ」


 竜騎士はそう言って、おもむろにドラゴンの傷口を吸い上げた。


「っ、やっ、ぁ」

「少しだけ我慢しろ」


 竜騎士は傷口に残ったドラゴンの毒を吸い上げては吐き出した。

 毒が地面に落ちるたび、大地がジュッと悲鳴を上げる。


「っう」


 ティアはきつく吸われて身じろぎする。

 痛さと恥ずかしさから、涙がホロホロと零れてくる。


 竜騎士は泣きながら身をよじるティアを見て、気の毒に思った。

 そうして、そんな感情が湧いてくることに驚いた。

 もともと女は嫌いだった。特に人を愛する心を奪われてからは、他人を可哀想だと思ったことがなかったからだ。


「傷口から血清を入れる。ドラゴンの血清はドラゴンと主従契約を結んだ者の体液からしかとれない。薬がなく緊急だから、気持ち悪いだろうが堪えろ」


 竜騎士に言われ、ティアは頷いた。

 毒を吸い取られた傷口は痛みがなくなっていた。助けようとしてくれていることはティアにもわかったからだ。

 

 女が嫌いだって言いながら、見知らぬ私になんでここまでしてくれるんだろう……。大聖女だったときでさえ、助けるのは私ばかりで助けてくれる人はいなかったのに。


 ティアは胸が苦しくなった。言葉使いは冷たいが、根は優しい人だと確信する。

 ホッとして肩の力を抜いた。もう、羞恥心も罪悪感もない。

 竜騎士はそんなティアの傷口を丹念に舐めはじめた。


「ふ」


 ティアはくすぐったさに身をよじる。痛みが引いてくすぐったさを感じるようになったのだ。

 そうでなくてもサラサラの髪が首に当たってくすぐったい。


「ふふふ」


 ティアがクスクスと笑っているうちに、すべての傷口は塞がってしまった。

 跡形もない。


「どうだ? 動くか?」


 竜騎士はペロリと自分の唇を舐めた。その仕草がいやになまめかしい。

 ティアは見てはいけないものを見たような気がして、慌てて肩を回してみる。

 何事もなかったように肩が動いている。


「動きます! ありがとうございます!!」


 ティアが礼を言うと、竜騎士はティアを地面におろした。


「いや、俺の眷属がひどいことをした」

「……あなたの眷属?」


 ティアが首をかしげると、ドラゴンがティアを見上げてキュウと鳴いた。


「俺が代わりに詫びよう。女神」


 竜騎士は深々と頭を下げた。


「っ!? め? 女神?? 私、女神じゃないです!!」


 ティアはブンブンと手を振って否定する。


「では、名前を教えろ。俺はホワイトドラゴンの主、エリシオンの竜騎士イディオスだ」


 ホワイトドラゴンといえば、ドラゴンの中でも強い力を持つものだ。


「イディオス様……?」

「イディオスでかまわない」

「私はティアです」

「……ティア。この子ドラゴンはあなたの下僕になった」

「下僕!?」

「あなたと同じ色の瞳、そして角笛がその印だ」


 ドラゴンがティアの胸の谷間に押し込んだ角笛を、顎で指して言う。


「……これが……」


 ティアは角笛を手に取った。


「その角笛を使えば、このドラゴンはいつでもどこでもあなたのもとへ駆けつける」

「っえ!?」

「さぁ、名前を付けろ」


 イディオスはドラゴンをグッとティアに押しつけた。


 どうしよう。突然こんなことになるなんて。


 ティアは正直困惑していた。ドラゴンの存在自体初めて見たのだ。しかも、この国ではドラゴンは悪の化身だ。


「あの、下僕とか言われても困ります」


 ティアはオズオズと答えた。

 するとドラゴンはポロポロと涙を零す。


「キュア……?」


 捨てないで? と言わんばかりの目を向けられて、ティアはほだされそうになる。


「たしかに、噛みつくような子ドラゴンは女神に相応しくないか」


 イディオスが言うと、ドラゴンはがっくりと項垂れた。

 ティアはブンブンと頭を振った。


「違います! 違います!! 下僕とか! そういうの、困ります!」

「下僕が困るのか?」

「困ります! 私、家もないし、ほかの人から守ってあげられない……」

「……ドラゴンを……人から守る……?」


 イディオスはおかしそうに噴きだした。

 イディオスがティアに向けた初めての笑顔だった。


 馬鹿にして! だって、ループ前にはこの子は殺されてたんだもん!


 ティアはふくれっ面をして、ジト目でイディオスを睨む。


「あ、すまない……」


 コホンとイディオスは咳払いをした。異性から睨まれたのは初めての経験だった。

 なぜか、ほんのりと頬が熱い。


「ドラゴンは俺が守る。だから心配はいらない」

「……でも」


 ティアは戸惑った。


「主従の契約をしたドラゴンが、名もつけられず主に捨てられると死ぬ。例外は、名付けられる前に主が死ねばドラゴンは自由になるが」

「主従の契約なんてしてないです!」

「ドラゴンが契約をしていたから、俺はあなたを助けた。ただの女なら俺は見捨てた」


 イディオスの言葉にティアはドラゴンを見た。


「もしかして……私を助けるために主従の契約を結んだの?」

「キュァ……」


 ドラゴンは目を逸らしたまま答える。




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