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6.怖がらないで!


 あれから数日。乙女の楽園でティアは忙しく過ごしていた。

 悪女になろうと寝坊を繰り返したせいで、罰としていつもより多くのポーション作りをさせられていたのだ。


 一日の仕事を終え、夜となった。今日はドラゴンが捕らえられる日だ。

 ティアはこっそりと乙女の楽園を抜け出した。

 制服姿にお決まりのエプロンバッグをさげている。


 空には満月がポッカリと浮かんでいる。


 乙女の楽園は白樺しらかばの木に囲まれている。白樺の外側には出てはいけないことになっているのだ。

 ティアは今までそのルールを破ったことはない。白樺の向こうは汚れた地で、その汚れを受けた子供は聖女になれないと言われていたからだ。

 事実、白樺を越えようとした子供は怪我をした。それを、司祭は「バチが当たった」と言った。


 でも、もういいの。


 ティアは白樺でできた境界線まで向かった。

 

 ……大丈夫かな? この境界を越えたら汚れるってどういうこと? 本当に聖女になれなくなる?


 ティアはブルリと震えた。森の中はいっそう肌寒い。


 ティアは頭を軽く振った。


 ううん! もう聖女にならないって決めた! 私は悪女になるんだから、こんなことにじ気づいてたらいけない。

 それにもう後悔なんかしたくないから!

 

 ティアはゴクリと唾を飲み込んだ。白樺をマジマジと見る。子供のころはわからなかったが、大聖女の目で見ると結界が張られているのがわかった。


 これが怪我の原因ね……。神様のバチなんかじゃないじゃない。


 ティアは笑う。


 でも、この程度のもの、簡単に通れちゃう。


 白樺の境界線を一歩踏み越える。


 サクリと落ち葉が鳴った。その震動で、木の葉がはらりと落ちてきた。


 何事も起こらない。

 汚れた地と呼ばれていたそこは、熱くもなく寒くもなかった。違うのは、乙女の楽園より少し木々に元気がないことくらいだ。


 ティアはホッとため息をついた。


 なんだ、こんな簡単なことだったんだ……。


 ティアはまるでなにもないかのように結界を通り抜けた。

 結界は壊れもせずそのままだ。

 きっと、ティアがすり抜けたことすら感知できないだろう。


 こんな些細なものにずっととらわれていたと気づき、おかしくてクスクスと笑いが漏れた。


 結界の一メートルほど先は、崖になっている。ティアは魔法で重力をコントロールし、崖下にフンワリと着地する。


 たしかこのあたりだって聞いてるわ。


 ルタロス王国が、隣国エリシオン王国と戦うことになった原因となったドラゴンは、この崖下の洞窟で傷ついた姿で発見され、時間がかかったが退治された。

 

 その後、エリシオンの竜騎士は子ドラゴンの復讐ふくしゅうのため、村を破壊した。森や町はドラゴンの毒によって汚染され、不毛の地となった。

 結界によって守られていた乙女の楽園のみが、その難から免れたのだ。

 ティアが大聖女として、浄化のため派遣されたことがあったが、それは無惨なものだった。


 だから、退治される前に逃がさなくっちゃ! 今の私なら紅蓮の希望と同化してるから、ドラゴンを治せるはず!


 ティアはそう思い、ドラゴンを探す。


 キュウ、キュウと獣が鳴く声が微かに聞こえた。

 声の先には、雷で打たれたのか焼け焦げたような木があった。

 ティアはそこへ駆け寄る。

 獣はその根元に横たわっていた。

 

 大きなトカゲのような体つきだ。全体が瑠璃色に輝いている。頭にはツノが一本、背中にはコウモリのような羽が一対生えている。頭から尻尾の先まで生えたたてがみはモフモフとしていた。

 本でも見たことのあるドラゴンだが、体長は六十センチほどと小さい。


「ドラゴン?」


 ティアは思わず呼びかけた。

 ドラゴンは、威嚇するようにギュアと鳴いた。

 ドラゴンは悪の化身として、人から退治されてきた生き物なのだ。

 きっと気づかず白樺の結界に触れ、墜落したのだろう。羽が破れ、体は傷ついている。


 可哀想に……。きっと、この子があのドラゴンね。


 ティアはちらりとドラゴンを見る。小さい体で一生懸命威嚇している。その姿がいじらしかった。


 ほかの人に見つかる前に、怪我を治して逃がさなくっちゃ!!


 ティアはドラゴンに向かって手を伸ばした。

 ドラゴンは逃げようとしたが、翼を怪我していて逃げられない。


「大丈夫! 怖がらないで! 治してあげるから」


 ティアはそう言うとドラゴンを抱き上げた。

 桃色の光にドラゴンが包まれる。ティアの神聖力だ。


「キュアァァァ」


 ドラゴンは驚き叫び、ジタバタと暴れた。

 ティアは離すまいと腕に力を込める。

 ドラゴンはさらに暴れ、ティアの肩に噛みついた。


「っ!」


 ドラゴンの牙には毒がある。

 強烈な痛みがティアを襲う。

 それでもティアは歯を食いしばって耐えた。


「大丈夫、私はあなたをいじめたりしないよ」


 脂汗をかきながら、ティアはドラゴンの背中を撫でた。


 怒りで興奮していたドラゴンが段々と落ち着いてくる。

 ドラゴンの口元からは、ティアの血が零れていた。

 ドラゴンの青い毒と、ティアの鮮血が混じり合い黒くなる。

 ボタリと血が落ちる音。落ちた場所の草がジュッと悲鳴を上げて焼けた。

 緑の土地にドラゴンの毒が広がって、そこから荒れていく。


 ドラゴンはハッとしてティアを見る。

 ティアは無抵抗で微笑んでいる。

 ハァハァと荒い息を吐きながら、ただひたすら、大丈夫、大丈夫、それだけを呟いていた。


 ドラゴンは自分の怪我が治っていることに気がついた。傷は塞がれ、羽も新しくなっている。もとの体と新しく治った場所は少しだけ色が違っていたが、痛くはない。


 そして自分は命の恩人を傷付けていたのだと知り、胸が痛くなった。


 ドラゴンはゆっくりと口を開いた。

 鋭利な牙にはティアの血が混じっている。


「キュァァ」


 ドラゴンはそう言って、すまなそうに頭をさげた。

 ティアは笑う。


「大丈夫よ、ビックリしただけだよね」


 そしてまた、大丈夫大丈夫とドラゴンを撫でる。

 しかし、ティアの腕からはまだ血が流れている。

 ティアは自分の怪我や病気は治せないのだ。


「キュゥゥゥン」


 ドラゴンは鳴いた。

 そしてベロリとティアの傷口を舐める。血はすべて舐めとられ、破れた服のあいだから牙の傷口だけがぽっかりと開いて見える。


「血が止まった……?」


 ティアはドラゴンを見た。

 ドラゴンはキュァと鳴いて小首をかしげる。


 か、かわいい……。


 ティアはあまりの可愛さに悶絶もんぜつする。


「あなたが治してくれたの?」

「キュア」


 ドラゴンが頷いた。


「ありがとう!」


 ティアはその頭をヨシヨシと撫でる。


「っ!」


 そのとたん、激痛が走る。

 肩は完全に治ったわけではない。ただ血が止まっただけだ。しかも、毒のせいか熱を帯び始めている。


「……失敗した。神聖力では自分のことは治せないのに。ポーションは持ち出してないし……」


 せっかくやり直したのに、今回はここで死ぬのかな……。


 ティアはボンヤリと思う。毒のせいか意識がもうろうとしてくる。


「キュアア?」


 ドラゴンが不思議そうにティアを見た。

 ティアはドラゴンに心配をかけまいと笑う。


「キュウウン?」


 ドラゴンが心配してティアを舐める。


「……良くなったら急いで家族のところに帰るのよ。白い木の周辺は結界があるからね。ぶつからないように気をつけて。人間に見つからないように……、たかい……と、ころ……」


 ティアはズルリと倒れ込んだ。


「キュア? キュウ! キュウウ!!」


 ドラゴンはティアに呼びかける。


「……おお、きい、こえ、だしちゃ、だめ……みつかったら、ころされ……る……から……」


 ティアの言葉はそこで途切れた。


 せめて、あなたは無事に家族のもとに帰れると良いね。


 ティアは思う。


 私には心配してくれる家族はいない……。

 

 ティアの目尻からホロリと一粒涙が零れた。


 ドラゴンはティアの涙をペロリとなめる。

 悲しくて、淋しくて、しょっぱい味がした。


 その瞬間、ドラゴンが桃色に発光した。

 ティアは驚く。


 桃色の光の中で、ドラゴンは変貌する。

 額の中央から、ツノが抜け落ちる。瞳は桃色に変わり、鱗は光の加減でところどころピンクに光って見える。


「え、えええ……?」


 ティアは動揺した。自分の腕の中でドラゴンが変化したのだ。

 ドラゴンは、ティアの腕から出ると、落ちたツノを拾いティアに押しつける。

 そして、大きく羽ばたいた。

 大きく口を広げ、咆吼する。しかし、音は聞こえない。


 すると突然月が陰った。

 雷鳴がとどろき、突然のスコールが降り出す。

 ティアは呆然と雨に濡れている。

 そしてスコールの中から、真っ白なドラゴンに乗って美青年が現れた。 

 




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