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36.大丈夫、清めてあげます


「やっぱり、私は戻りません。除籍もされていますし」

「ああ、そうだ。来年にはティアは十六になります。孤児として戻るのではなく、私の妻として戻れば良い。聖女でなければ安全です」


 クレスはティアの手を取った。


「やめてください」


 クレスは言葉を無視するように、ティアの指先に口づける。

 キュアノスが無音で咆吼した。

 バタバタと羽を羽ばたかせ威嚇する。

 しかし、クレスは動じない。


「ティア、私のティア。大丈夫、清めてあげます。こうやって、全部綺麗にしてあげます」


 ティアはビクリと戦き、手を引こうとする。

 するとクレスはその手首を強く握った。


「エリシオンでのことは全部忘れさせてあげます。なにも怖くない。戻りましょう? 私たちの楽園へ」


 スカートの裾を踏みつけられ、ティアは立ち上がれなかった。

 ゾッとして自由な手でクレスを振り払おうとすれば、その手も取られた。


「やめて、やめてください。クレス様……おねがいです」


 懇願する瞳が、クレスを煽る。握る手に力が入る。


「ティア、よく考えて? 賢いティア。エリシオンの王子がルタロスの少女を攫ったとなればどうなります? 大きな問題になるでしょうね?」

「私がお願いしたんです!」

「あなたは未成年なんですよ? いくら本人が望んでも、保護者の同意がなくては連れていくことはできません」

「でも司祭様は」

「乙女の楽園の最高責任者は、私です」


 クレスは微笑んだ。


 ティアはヒクリと喉を震わせた。


「……でも、……でも、みんな、見て」

「ええ。でも、ドラゴンの妖術にかかっていたのなら?」

「っ!」

「みんな、ドラゴンがいたと証言しています」


 ティアは血の気が引く思いだ。

 

「私が教会に訴えればどうなるでしょう? 除籍の理由がドラゴンの妖術で悪女にされただけのなら? 王子の立場はなくなるでしょうね」


 ティアの視野が狭くなっていく。


「イディオスに迷惑がかかる……?」

「ええ、そうでしょうね?」

「私が迷惑をかける?」

「そうです。あなたのせいで彼は困る」

「どうしたら……」

「素直に戻ればいいんです。私のもとへ」

「クレス様のもとへ?」

「ええ、あの醜い司祭はもういません。私たちの楽園へ帰りましょう? ティア。そして今までどおり幸せに」

 

 そのとき、教会のドアが開かれた。

 イディオスが駆け込んで、クレスの鼻先に剣を突きつけた。


「離れろ」

「ここをどこだと思っています」

「ドロメナ教の教会だな」


 イディオスは無表情で答えた。

 剣先がクレスの鼻に当たる。クレスは渋々とティアの手を離した。


 イディオスは剣をしまって、ティアを抱きよせる。

 ティアは胸の中でカタカタと震えている。握られていた手首が赤くなり、熱を帯びていた。


 イディオスはそれを見てカッとなり、クレスを睨んだ。

 そんなイディオスを止めるように、ティアは彼の服を掴んだ。


 イディオスはハッとする。

 今すべきことは、クレスを攻撃することではない。ティアを安心させることだ。


「大丈夫ですか?」

「イディオス、こんなことしたら……」

「あなたはなにも恐れなくて良い」


 イディオスはギュッと抱きしめた。


 イディオスに続いてスピロが入ってきた。スピロの背後には騎士たちが控えている。

 スピロはクレスににこやかに微笑んでみせる。


「司教殿、座り込んでどうしましたか」

「いえ……。まさか教会内で剣を突きつけられるとは思ってもみませんでしたので」


 クレスは膝をパンパンと払いながら立ち上がった。


「弟は社交に疎くてね。失礼した」

「しかし、どうして、教会内に? ティアとふたりでとお願いしたはずですが」


 クレスは皮肉に笑った。


「司教殿に至急お伝えしたいことができたんだよ。弟があまりにも執心だから、少し気になってティア嬢について調べてみたんだ」

「孤児など王子に釣り合いがとれませんからね」


 クレスが笑い、ティアはハッとする。

 イディオスは王子で、自分はしがない孤児である。ずっとそばにはいられないのだ。


「ああ。そのとおり。それで調べてみたんだが、ティア嬢はどうやら、ポイニクス伯爵令嬢の落胤らくいんのようなんだ」


 スピロはティアに向かってウインクした。


「ポイニクス伯爵家……?」

「ああ、ポイニクス伯爵家令嬢は政略結婚を嫌がって駆け落ちしてしまったんだよ。ずっと行方を捜していたんだけれどね、見つけたときには令嬢も相手の男も殺されていてね、一人娘がいたとは聞いていたけれど見つからなかった。認知される前だったから、正式な系図には載っていない。みんな、もう生きてはいないと思っていたんだよ」

「まさか、ティアがその娘だというのですか?」


 クレスが信じられないというように尋ねる。


「ポイニクス家特有のサファイアピンクの瞳、そして年齢も近い。ピンク色の強い魔力を持っているとなればそう多くはいないだろうね」

「証拠はあるのですか? あまりにも唐突で信用できません」


 クレスが食い下がる。


「証拠はこれから見せましょう」


 スピロはポケットから透明の瓶を取り出した。

 中には透明の石が詰まっている。


「ご存知ですよね。ルタロス王国から輸入した魔力の血統を調べる魔道具です」


 クレスもティアも頷いた。


「ティア嬢、髪を一本くれないか?」


 スピロに言われ、ティアは自分の髪を一本引き抜いた。

 スピロはそれを瓶に入れ、蓋をし、カシャカシャと振る。

 すると瓶の中はピンク色のもやに染まった。


 スピロが蓋を開けると、ピンクのもやがスルスルとあふれでた。ピンクのもやの上には、炎の紋章とポイニクス家の名が浮き上がる。


「これがポイニクス家の紋章だ。ティア嬢はポイニクス家の娘だということだ。今まで、ポイニクス家の娘を保護してくれていてありがとう」


 スピロは笑った。

 クレスは唇を噛んだ。

 ここで否定すれば、子供のころにティアを拉致したのはルタロスだったのかと責められる。下手をすれば、伯爵令嬢の殺害まで問われかねない。


「いえ、こちらこそ……。ポイニクス伯爵家のお嬢様が見つかったこと、お喜び申し上げます」


 クレスは深々とお辞儀をした。


「しかし、これだけは言わせてください。私はティアを深く愛しています。幼いころから心を込めて育ててきました。しかし、ここにはティアを私ほど愛してくれる人がいますか?」


 クレスの真摯な訴えかけに、スピロは言葉を詰まらせる。


「今、ここでティアがポイニクス伯爵家に連なる者だとわかったとして、突如現れた娘をすぐさま愛すことなどできますか? ティアはまだ幼い。血縁だけではなく、愛し慈しむ者のそばで育った方が良いのではないでしょうか」


 涙目になり切々と訴える様は同情を誘う。

 しかも、クレスの言葉は間違っていないのだ。





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