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34.そういうな。可愛い弟よ


 翌朝、宿のドアがノックされた。

 先に目覚めていたイディオスが対応する。


「イディオス殿下、お客様がいらっしゃいました」

「居ないと伝えろ」

「いえ、それが……」

 

 口ごもる。


「そういうな。可愛い弟よ」


 そう言って無理矢理ドアを開けたのは、イディオスの兄、エリシオンの王太子スピロである。

 イディオスとは違い、柔らかなクリーム色の髪は長く、瞳はエメラルドグリーンだ。少しふくよかで、優しげな顔をしていた。

 イディオスを氷山に例えるなら、スピロは若葉が萌える春の丘のようだ。


 イディオスは黙って招き入れた。


「久々に島に帰ってきたくせに、城には顔を出さないで、女の子とデートしてる弟を見に来たよ」


 スピロは笑う。

 イディオスは無表情でなにも答えない。兄弟仲が悪いわけではない。イディオスは、ティア以外に対しては無愛想だ。


「呪いが解けたのかい? 解き方の手がかりは手紙でもらっていたけれど」

「いや。ティアが特別なんだ」


 そう言って、イディオスは喉を押さえた。

 

「そうか、あの赤い髪の子は特別なんだね」


 スピロは嬉しそうに微笑んだ。


「しかし、人を愛せない呪いが解けたなら城に戻って結婚をという話が出始めてね」

「バカバカしい。呪いさえ解ければだれでも彼でも愛せると思うのか」


 イディオスは呪いを理由に城から距離を取り、社交も断ってきた。人を愛せない自分が家庭を持つなどあり得ないと、結婚も断ってきた。

 それでも良いから結婚を望む令嬢たちは多くいたが、呪いのおかげで、無理を通そうとする者はいなかった。


「さすがにそこまで馬鹿ではないでしょう。でも、女嫌いが治ったとなれば、話は別だよ。可能性を夢見る人もいる。貴族の結婚は愛だけではないのだから。王族の責任と無縁な話ではないよ」


 スピロは肩をすくめた。

 イディオスはムッとして、昨日書いた手紙を兄に押しつけた。ティアへの思いを綴った物だ。


 そのとき、ティアがドアを開けた。肩では寝ぼけまなこのキュアノスがあくびをしている。


 ティアは先ほどの話を耳にして、呆然としていた。

 イディオスが王子だとは知っていたが、意味を理解していなかったのだ。いつか貴族の令嬢と結婚するのだと知り、ショックを受ける。


 ティアに気がついたスピロが笑いかける。


「あ、君がティア嬢だね。こっちおいで」


 気さくにティアを手招きする。

 ティアは言われるがままにポテポテと歩いて行った。


「ティアはこちらに」


 イディオスは自分の隣をポンポンと叩く。


「……あの……?」


 寝起きで衝撃的な話を聞いたティアは、頭が混乱し上手く働かない。寝癖もついている。


「ああ、私はイディオスの兄、スピロ・ソーテリアだ」


 名乗られ、ティアは一気に目が覚めた。エリシオンの王太子スピロである。


 慌ててカーテシーのポーズを取る。大聖女だったころに覚えたマナーが役立った。


「ティアと申します」


 その優雅な仕草にスピロは目を見開いた。


「おや、まぁ、これは……。それにその独特な紅玉の瞳は……」


 なにか言いかけて、イディオスを見た。


「彼女が攫ってきた娘かい?」


 スピロは笑った。


「攫ってきたわけではないです」


 イディオスは無表情に答える。

 ティアも事情を説明する。


「あの、私、悪女で、孤児院を除籍されて、そこをイディオスが助けてくれたんです。だから、イディオスを責めないでください」


 ティアは両手を祈るように組合わせて縮こまる。心細そうな彼女を、イディオスがもう一度呼ぶ。


「ティア、ここに座ってください」


 自分の隣を指し示すイディオスに、ティアは大人しく従う。


「顎をあげて」

「?」


 ティアは不思議に思いながら素直に従った。

 すると、イディオスの指が首元に伸びてきた。そこでようやく、ティアは自分が乱れた格好をしていたことに気がついた。


「っあ、自分でできます!」

「いいから、やらせてください」


 イディオスは座ったティアの服装を整えてやる。

 ティアの顔は真っ赤だ。乱れた姿で居たことも、それをイディオスに直されていることも、王太子に現状を見られていることも、なにもかもが恥ずかしい。


 スピロは微笑ましいものでも見るように、ニマニマとした顔をしていた。なにしろ兄で王太子である自分にすらつっけんどんに話すのに、この少女には敬語混じりなのだから面白い。


「とても可愛らしい悪女さんだ」


 思わずスピロが笑えば、イディオスとキュアノスがギンと睨んだ。


「これで呪いが解けていないのかい?」


 スピロは首をかしげる。

 そう考えても弟はティアに好意を持っているようにしか見えない。


「俺は――」


 イディオスは答えようとして、喉を押さえる。

 ティアが心配して「無理しないで」と囁く。

 そんなふたりのやりとりを見て、スピロは確信した。


「呪いが解ける兆しだね。あなたが呪いを解く手がかりを見つけてくれたのでしょう?」


 スピロはティアを見た。


「手がかりだけですけど……」

「ドラコーン産のポーションは王宮の竜騎士団でも好評だよ。それに、その服もすでに話題だ」

「これは、クロエ様が……」


 ティアはモゴモゴと答え、イディオスに助けを求めた。


「ティアは素晴らしい人だ」


 イディオスが真顔で言い切って、ティアは顔を覆った。恥ずかしくて、居た堪れないのだ。


「私も同じ靴が欲しいな、イディオス」

「伝えておく」


 素っ気ない弟の答えに、兄は満足げだ。


「さて、本題だ。私のところにね、『エリシオンの竜騎士が、ルタロスの聖女見習いの少女を拉致した』と訴えがきていてね。君たちのことだろう?」

「そんなの嘘です! ルタロスに確認すれば、私が悪女として除籍されていることはわかります!」


 誤解を解こうと必死なティアを見て、スピロはニッコリと微笑んだ。


「ああ、今確認しているところだけれど、面会したいという申し出を無視するわけにはいかなくてね。なにしろ、相手はドロメナ教の司教だから。ティア嬢、司教に会って誤解を解いてくれないかい?」


 スピロはティアに提案した。


「駄目だ」


 即答したのはイディオスである。


「あんな気味の悪い男にティアを会わせるわけには行かない」

「気味の悪い男って……。あの方はドロメナ教でも十二人しかいない司教様だよ。ドロメナ教は我が国の国教ではないけれど、なおざりにはできない。それに断れば、拉致したと認めるようなものだ。間違っていないのなら正々堂々としていたら良い」


 諭され、イディオスは反論できない。


 ティアは頷いた。


「そうですよね! クレス様ならきっと話せばわかってくれるはずです。クレス様は孤児院のみんなの兄のような人でしたから!」


 ティアは乙女の楽園にいたころのクレスを思い出す。

 どんな話もじっくりと耳を傾けてくれた人だ。きっときちんと話をすればわかってくれると信じていた。


「では、明日の昼、ドロメナ教の教会で面会するかたちでかまわないかい?」

「はい」


 話を進めるふたりにイディオスは嫌な予感がしてしかたがない。


「俺も行く」


 イディオスが言えば、スピロは困ったように眉を下げる。


「ふたりで会いたいという申し出だ。たぶん、お前にティア嬢が脅されていると思っている。だからこそ、お前は行ってはいけないよ。それに、教会内で司教に会うんだ。心配するようなことはなにもない。イディオスも心配性になったなぁ」


 スピロは弟の情緒が成長したことを喜び微笑む。


「ギュキュ」


 キュアノスが自分はついていくと主張するように、ティアの肩を強く掴んだ。


「キュアノスがついていくと行っている」


 イディオスが通訳する。

 スピロは目をしばたたかせた。


「キュアノスが一緒なら安心ね」


 ティアが撫でれば、「きゅぅん」とキュアノスは頬を擦り付けた。


「ドロメナ教ではドラゴンをよく思っていないから、嫌な思いをするかもしれない。それでも、我慢できるかい? 攻撃など以ての外だよ?」

「ギュギュギュ!」

「我慢すると言っている」

「では、その旨を伝えておこう。ティア嬢、よろしく頼むよ」


 スピロに言われ、ティアは自信満々に請け負った。


「任せてください!」

 

 根拠なく自信満々に答えるティアに、イディオスは不安しかなかった。




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