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31.私、やっぱり来て良かった!


 クロエの店での騒ぎを知らない、イディオスとティアはメソン島を楽しんでいた。


 聖女だったティアは、ループ前の人生では自由に旅行などできなかった。そのため、見るものすべてが新鮮だ。


「わー! あっち、あっちへ行っても良いですか!」


 まるでイディオスのことなど目に入らないというように、手を離して階段を駆け上がっていく。

 イディオスはそれを見て、微笑ましく思った。

 今までの人々は、どこへ行ってもイディオスばかり見ていた。そして、なによりもイディオスが美しいと媚びるのだ。

 そんな彼らを気持ち悪いと思っていた。


 階段を上りきり、ティアは逆光の中振り向いた。ブーゲンビリアのような髪が、海風になぶられる。


 ティアは太陽みたいに眩しい。


 イディオスはそう思い、目をすがめた。


「早く来てください!! 海も空も真っ青です! イディオスの瞳みたい!!」


 ティアは屈託なく叫んだ。


 イディオスは嬉々として階段を駆け上がる。

 そして、そんな自分がおかしいと思う。

 今までだって、なんども海や空に例えられてきた瞳だ。嬉しくもなんともなかった陳腐な言葉。それなのにティアに言われると嬉しいのだ。


 ティアの横に並び、海を見る。

 幼いころから親しんできた風景。イディオスにすれば当たり前の風景。

 でも、ティアは心底嬉しそうに両手を広げた。


「気持ちいい~!!」


 そして、神聖力をためるように瞼を閉じて大きく息を吸う。


「まるで海と空に抱きしめられているみたい」

「キュキュキュ!」


 キュアノスがティアの肩で、同じように深呼吸をする。

 イディオスも真似をして深呼吸をする。


 温かい空気が胸を満たしていく。


「イディオスはこんなに素敵なところで生まれたんですね。私、やっぱり来て良かった!」


 ティアが微笑んで、イディオスはギュッと胸が痛くなる。


 息苦しくて、逃げ出してきたメソン島。イディオスにとっては嫌な記憶ばかりで、できれば帰りたくない場所だった。

 それが、ティアと一緒にいるだけで、輝かしいものに塗り変えられていく。


「……ティア」


 意味もなく名前を呼べば、ティアは小首をかしげてイディオスを見た。

 イディオスはハッとする。

 ただ名前が呼びたかっただけだと気がついたのだ。


「あ、……いや、……ほかにどこに行ってみたい?」

「うーん、あんまり人がいないほうが良いですよね?」


 ティアは思う。

 イディオスが歩くだけで歓声が上がる。こんな状態は人嫌いのイディオスには辛いだろう。


「いや、あなたとだったら、どこにでもいける」


 イディオスは微笑んだ。

 ティアは恋物語のようなセリフにクラリと目眩を感じた。バクバクと心臓が高鳴る。


 だめよ! 好きになっちゃいけないの! 好きになったら嫌われるから!!


 ティアは自分自身を鼓舞する。


「ぅえ、あ、……う、でも、人に囲まれるのは嫌でしょう?」

「ああ、嫌だった。しかし、ティアと一緒にいるとうるさい雑音が聞こえてこない。視線も半減して感じる。だから、いつもだったら楽しめない町も、今日なら楽しめるかもしれない」


 イディオスの本心だった。


「しかし、あなたにも迷惑がかかってしまいますね」


 イディオスがシュンとして、ティアはブンブンと頭を振った。

 ティアはもともと大聖女で、大勢の目にさらされているのは慣れている。なんなら大衆に囲まれて十二回も入水したのだ。

 今さら人目を気にすることはなかった。


 それに、イディオスが女性に慣れるチャンスだもの。協力しなきゃ!


「イディオスさえ良かったら、今日はいっぱい楽しみましょう!」

「ああ!」

 

 町中に散らばっている嫌な記憶も、ティアと一緒だったら塗りかえることができそうだった。

 

 ふたりは手を繋いで町の中を歩く。

 クロエのくれた地図を頼りに、流行りの店で食事をすることにした。


 

 カジュアルなスタイルでも楽しめるオープンカフェだ。裕福な商人や、貴族たちもお忍びで来るようなカフェだった。

 海の見えるオープンテラスに通される。こちらの席を案内されるのは、お洒落だと認められた者だけだ。


 小麦と古代麦の混ざった薄い皮に、たっぷりの肉と野菜が詰まっているものが運ばれてくる。

 ティアが食べてみたいと注文したのだ。

 手づかみで簡単に食べる軽食だが、美しく食べることができないため、令嬢はあまり食べたがらないものだ。


 ティアはためらいなく手で掴み、あーんと大きく口を開ける。

 ガブリとかぶりつき、唇の端には肉汁が漏れた。


 その食べっぷりに、イディオスは気持ちよくなる。

 

 テロリと光る唇の端にイディオスが指を伸ばすと、キュアノスがパシリと指先を払って、見せつけるようになめ取った。


「!」


 イディオスとキュアノスのあいだで火花が散る。


「美味しい~!!」


 ティアはふたりの争いに気づかず満足げに微笑む。


「こっちはなんですか?」

「これは卵とレモンのループ、こっちは葡萄ぶどうの葉で包んだものを煮たものだ」

「こっちも美味しそう! ドラコーンに比べて食材が多いんですね」

「こちらは温かいし、商業も盛んだからな」

 

 幸せそうに食事を楽しむカップルに、町ゆく人々が目を奪われていく。

 

 ティアは運ばれてきたパイにフォークを入れた。木の実がたっぷり入ったパイは、サクサクとして木の実の甘みが口の中に広がる。

 地味な見た目だが美味しいケーキだ。


「こっちも美味しい! パイがサクサク!! 中身が木の実だから、ドラコーンでも作れるかしら?」

「さぁ、俺にはわからないが、あとでレシピを聞いてみよう。ティア、こっちも食べてみるか?」


 イディオスはチーズを焼いたものをフォークに差し、当たり前のようにティアに差し出した。

 

 もう! イディオスはすっかり私を仔ドラゴン扱いね!


 ティアは思いつつ、アーンと口を開ける。食欲と楽しさに負けたのだ。


 イディオスは自分の意外な行動に驚いた。

 今までは人目を気にしてできなかったことが、ティアとなら気にならない。


 食事を終えて町の中を歩く。

 白い町並みの中に、煌めくルビーピンクの乙女。太陽のように笑って、周りを温かくする。


 このままずっと一緒にいたい。


 イディオスは思ってハッとする。

 

 いままで誰かひとりにこんなふうに思ったことなどなかったな。


 喉の奥がなぜかヒリつく。

 

 イディオスの向かいから花売りの少年が歩いてくる。その子から、白いブーゲンビリアを買い、ティアのポニーテールに差し込んだ。

 なんとなく、そうしたかった。


 ティアは驚いて目を丸くした。


「ありがとうございます!」


 こんな些細なもので花咲くように笑うから、イディオスは胸が苦しくなった。


「たいしたものじゃない」

「イディオスの好きな花でしょう? 嬉しいです」


 ティアはウフフと満足げに笑い、ブーゲンビリアに花が長持する魔法をかけた。


「では、これは私から!」


 ティアはピンクのブーゲンビリアを買い、イディオスの胸ポケットに差す。そして、同じく長持する魔法をかける。

 イディオスの胸にポッと赤い灯がともったようだった。


 なんとも言えない衝動が、イディオスを突き動かす。

 

 言葉にしなければいけないとわかっていても、その言葉は呪いによって凍らされている。


「すまない」


 イディオスはそういって、ティアをギュッと抱きしめた。

 ティアは驚き、それでもイディオスを受け入れる。

 きっとなにか理由があるのだと、そう思ったからだ。


「ティア」

「はい」

「ティア」

「なんですか?」

「……ティア、……言葉にできないなにかが喉につかえて苦しい……」


 喉が焼け付くように痛い。呪いが喉でつかえているのだ。


 ティアもイディオスの呪いの気配が伝わってくる。禍々まがまがしく冷たい魔力が、イディオスを蝕んでいる。

 イディオスの抱擁の意味がわからなくても、必要とされていることはわかるのだ。

 ティアは目を瞑って、子供をあやすようにイディオスの背を撫でた。


 きっと今、この人が欲しがっているのは聖女の癒やしなのだろうから……。


 十二回の人生で病める人々にずっと施してきたように、ティアはイディオスを慰めた。


 イディオスは静かに顔を上げた。

 その顔は苦悩に満ちている。


「違う、ティア、俺は」


 言いかけた言葉はやはり言葉にならない。イディオスは慰めが欲しいのではなかった。ティアからの特別が欲しかった。しかし、それは声にならないのだ。


 ティアはせかすことなく、ジッと続きの言葉を待った。

 

 そのときである。


「ティア! やっと見つけました! 私のティア!!」





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